森末流

2017年

11月

15日

勉強もできるいい奴への道〜その2〜

Yeah Man!

 

 

 

 

聡明舎は「勉強もできるいい奴」を育てることに挑戦しています。

「いい奴」ってどんな奴でしょう?

非常に抽象的な言葉です。

 

 

 

 

これも「勉強ができる」と同様、言葉の額面通り受け止めれば、

気のいい奴、優しい奴、礼儀正しい奴、道義的なことを身につけている奴

といったことをイメージする人が多いのではないでしょうか。

もちろん、聡明舎の考える「いい奴」もそれらを備えている人物です。

ですから、聡明舎ではおそらく他塾以上に挨拶や礼儀にもうるさい塾です。

約束を守れるようになってもらうために

家庭学習を手段として指導しています。

また、人の話をきちんと目と心で聴けるようにと伝えています。

そのほかにも細かい指導を挙げればきりがありません。

 

聡明舎は小3から高3までお預かりしていますが、

特に低学年に関してはこれらをやる理屈を納得させるよりも

形から入る方がいい場合も多いかと思います。

「とにかく挨拶は元気よく大きな声でしなさい」とか

「何か言われたときはハイッとしっかり返事をしなさい」とかって感じです。

理屈や理由はやってるうちに気づくはずですし、

その気づきの経験は大切です。

しかし、これと同じ指導を高2や高3にするのはどうでしょう?

きっと当人たちからしたら違和感ではないかと思います。

年齢と勉強を重ね、本当の意味で「勉強もできる」状態になってきていれば

そういったことは言われるまでもなく、

そうした方がいいことに気づいているからです。

たとえ、損得勘定で考えたとしても、

(それだけを人生の判断基準にするのはやめてほしいですが)

絶対にやった方が自分にとって得だという考えに行き着くはずです。

 

まあ、少し厄介なのはその間の年齢層ですかね(笑)

ちょっと大人、半分以上子供な生徒たちです。

言い換えれば、

都合のいいときはもう大人として放っておいて欲しく、

都合の悪いときはまだ子供なんだからと保護してほしい年齢層(笑)

早い子だと、小学校高学年くらい、

遅くとも中2か中3くらいにはそういった時期が訪れるように思います。

自分も通って来た道なので偉そうなことなど全く言えません(笑)

いわゆる反抗期。最近の言い方で言えば中2病?もう古いのかな?

まあ、順調かつ正常な成長段階と言えるでしょう(笑)

 

とにかく反発したい時期でもあるので

頭ではわかってくれても、反応は素直になれないなんてことはよくあります。

ですから、時には形から入らせる指導、

時には理屈をきちんと話してあげる指導と、

ケースバイケースになることが多くなります。

生徒から見たらこのケースバイケースがひいきに見えたり、

ブレてるように見えることもあるのかもしれません。

いずれにせよ、

その反応を見て伝わっているとかいないとかを判断するのではなく、

それこそ、いつ芽を出すかわからないけれど、

種を撒き続けるということが大切になります。

経験でようやく少しわかってきたことです(笑)。

 

話がだいぶそれましたが、こういったことが身につき、続けていけると

続けている本人に溜まっていくものがあります。

それは信頼。あるいは信頼感です。

信頼は1日ではたまりません。

一つづつ積み重ねる以外に貯める方法はありません。

貯めるのは難しいくせに、失う時にはバッと失います。

聡明舎の子達には周りの信頼を集める子になって欲しいと考えています。

ですから、最初に書いたようなことを身につけている

「いい奴」になって欲しいのは間違いありません。

ただ、途中にも書いたように、

本当の意味で「勉強ができる」ようになってきたら

絶対にそうなっていくはずなのです。

 

なので、

聡明舎ではもう一歩踏み込んだ「いい奴」というのを子供達に話をして

一緒に目指そうとしています。

 

 

 

 

それについて書こうと思うのですが、

まただいぶ長くなっていますので、この続きはまた書きたいと思います。

なんだかもったいぶってる感じになってしまって申し訳ありません。

次はズバッと本題に入りますのでよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

もりすえ

2017年

11月

08日

勉強もできるいい奴への道〜その1〜

 

Yeah Man!

 

 

 

 

ここ最近、

某大学で学生さんに話をさせて頂いたり、

某高校の学生さんが修学旅行の企業訪問で訪れてくれたり、

聡明舎という塾、会社の紹介をさせてもらう機会が続きました。

 

改めて話してみて、

聡明舎がどのような塾かということを再認識しています。

なので、改めて生徒たちに聡明舎ってこんな塾だよねって話をしています。

 

 

 

 

 

聡明舎は「勉強もできるいい奴」を育てることに挑戦しています。

 

勉強ができるとはどのような状態でしょうか?

言葉の額面通り受け止めれば、

学校の試験や受験で結果の出せる状態をイメージする人が多いかと思います。

誤解を恐れず言えば、これらで点数を取ったり合格するためには

必要な知識をかたっぱしからすべて暗記すれば、

あるいは解法すらも徹底的に暗記してしまえば、

結果を出すことは可能です。

そうだとすると、勉強ができるとは記憶力の強い状態ということになります。

聡明舎の考える「勉強もできる」はこのような状態を指すのではありません。

 

本当に勉強ができるとは、知識をいくつ溜め込めるかだけでなく

蓄えた知識を活用できるかどうかも非常に重要です。

例えば、身につけた知識を通して自然現象を見たときに

その理を説明できたり、現象を通してものを考えることができることです。

身につけた知識を使って、新たな知識や技術を生み出すことです。

あるいは、実生活や仕事の中で活用し、問題解決に活かせることです。

 

また、教わる人ではありません。

自ら学ぶ人、学問する人です。

問題を与えられるだけでなく、問題を発見できる人です。

その解決のためにアイディアを出したり、アプローチできる人です。

取り入れた知識を頭の中で整理したり、分類できます。

それらを周りの人に共有したり伝えたりできる人です。

総じて考える力やコミュニケーション能力を持っている人です。

 

当然、考えだけの頭デッカチではありません。

行動に結びつけます。

一人の力でできることには限界があることも知っているので

周りの人に協力してもらうこともできます。

また、同じように行動している人に協力することもできます。

 

失敗を恐れません。

とはいえ、単なる無謀でもありません。

最悪の事態を想定し、そうなったときの備えを十分に準備します。

その上で、やってみないとできるかどうかわからないことに挑戦します。

だから、実際に失敗することも少なくありません。

でも、備えがあるので問題ありません。

失敗と正面から向き合います。

なぜ失敗したのか、どうすればよかったのか…

しっかり検証し、チャンスを待ってリトライできます。

 

 

具体的なことを挙げていけば、きっとまだまだいろいろ出てきますが、

いずれにせよ、このような状態で試験に必要なことを身につけていけば、

学校の試験や受験でも結果を出すことができます。

でもそれは、

暗記力に物を言わせてかたっぱしから丸暗記したのとは一線を画します。

 

これらの能力を身につけるのに、勉強は非常に役に立つ手段の一つです。

そして、これらを勉強より大切なことというのなら、

聡明舎は勉強を通じて勉強よりも大切なことを伝え、育てる塾です。

 

どうせ試験勉強・受験勉強するのなら、

これらを意識して勉強する方がいいに決まってます。

合格に必要な知識だけでなく、

人生を豊かに生きる知識の活用法や思考法が鍛えられるじゃないですか。

 

聡明舎の考える「勉強もできる」少しは伝わったでしょうか?

 

 

 

 

長くなってきたので、今回はここまでにします。

次回、あるいはまたいつか、今度は「勉強もできるいい奴」の

「いい奴」の部分について書いてみようと思います。

 

 

 

 

 

もりすえ

2017年

11月

01日

出会い

Yeah Man!

 

 

 

聡明舎のスタッフ同士はまずまず仲が良いです。

、、、と自分は思っています笑

まあ仲が良いと言っても友達ではなく仲間ですから、

休日まで一緒に過ごしたりっていうことはありません。

けど、仕事中もくだらなすぎてここには書けない内容とか、

冗談を言い合ってなかなか楽しくやらせてもらっています。

そういった意味では、僕にとっては当たり前になってしまった環境ですが

それが当たり前になっていない職場で働く人には

非常に羨ましく見えると思います。

周りのスタッフに感謝です。

この仕事はスタッフとして顔をあわせるメンバーが

一年を通してほとんど変わることはありません。

だから、その関係性が上質に保たれていることは非常にありがたいです。

 

一方でというか、その分だけというか、

時々外の世界に出て、

普段会わない人と話したり、新しい出会いに遭遇したりすると

普段は得られないような大きな衝撃とか刺激を受けます。

それはときに、

翌日の仕事を楽しみにさせたり、希望ややる気を与えてくれます。

当然、それによって行動や使う手段に影響が出ることもあるわけで、

それにより人生が思わぬ方向に転じていくというのも頷けます。

 

違う世界ばかりが気になって、

自分の足元がぐらついてしまうのは考えものですが

普段とは違う世界に飛び込むストレスを受け入れて行動すれば

人や出来事との出会いが待っていて、それは大きな勉強になります。

 

まとまりないですが、先日そんなことを強く感じました。

なんだかワクワクしてます。

 

 

 

 

森末

2017年

10月

26日

アーマンド・ガララーラとジム・ジョイス

Yeah Man!

 

 

 

 

アーマンド・ガララーラという元MLBの投手と

ジム・ジョイスというこれまた元MLBの審判がいます。

つい先日、たまたま見ていたテレビで知った二人です。

 

 

 

 

今から7年前、

ある試合でガララーラは快投を演じます。

1回から8回までヒット1本はおろか、

1塁ベースも踏ませないパーフェクトピッチング。

このまま9回を終えればMLB史上21人目の快挙になります。

その9回も打者二人をアウトにし、

球場は一気にパーフェクトへの期待で盛り上がります。

最後の打者を一塁ゴロに打ち取り、

ベースカバーに入ったガララーラが1塁を踏んでパーフェクト完成!

…と思ったその瞬間、

塁審をしていたジム・ジョイスが両手を広げセーフの判定。

肉眼で見てもガララーラのベースカバーの方が明らかに速く、

当然、ビデオで見れば誤審であることがはっきりわかる判定でした。

しかし、当時はビデオ判定に持ち込むチャレンジの制度もなく、

結局ガララーラはそのあとの打者をしっかり打ち取り完封勝利。

しかし、パーフェクトゲームとの価値の差は明らかで、

この出来事はメディアを通じて全米中に広まります。

そしてメディアからあらゆる罵詈雑言でジム・ジョイスが叩かれます。

 

 

 

 

試合終了後、ビデオを見たジム・ジョイスは自分の誤審を認めガララーラに謝罪。

翌日、連戦の試合で審判をする予定であったジム・ジョイスは

前日と同じ球場で主審をすることになります。

「この試合から逃げたら、自分は一生審判ができなくなる。」

ジム・ジョイスはそう思って仕事をしに行ったそうです。

試合開始直前、

互いのチームのメンバー表を交換しに主審の元に互いの監督が集まります。

ガララーラのチームからは監督ではなく、

ガララーラ本人がやってきてメンバー表の交換をし、

ジム・ジョイスの肩に手を当て気遣います。

それを受けたジムは思わず溢れた涙を拭いガララーラの肩をたたき返します。

ブーイング一色だった場内が拍手に変わった瞬間でした。

 

数年後、引退したガララーラのもとに訪れたインタビュアーにガララーラが応えます。

パーフェクトゲームにならなかった悔しさよりも、

すごく調子良くあの日のピッチングができたことへの満足の方が大きい。

たった一回のジムの誤審に目を向けるよりも、

それまで数え切れないほど積み重ねてきた彼の正しい判定に目を向けるべきだ。

 

ちょっとガララーラ、あんたカッコよすぎやしませんか?

パーフェクトピッチングよりパーフェクトっす。

 

美談を紹介するのは説教臭くなるのでちょっとな~と思ったのですが、

不覚にも、あまりに感情が揺り動かされてしまったので書いています。

 

 

 

 

ガララーラの言葉を聞いた瞬間、思い出したのは

自分の人生で何度も経験してきたジムのような失敗と

その度に目の前に現れた何人ものガララーラ。

そのガララーラたちに救われて、チャンスをもらって、ここまで来ました。

だから翌日、

仕事に向かうジム・ジョイスの気持ちも僭越ながらわかる気がします。

そんなジム・ジョイスである自分にできることは

少しでも誰かのガララーラになることでしょうか。

今日も、聡明舎にはきっと大小たくさんのジム・ジョイスがやってきます笑

柔和な笑顔で彼らの積み上げてきた素晴らしい行為に目を向けようと思います。

 

 

 

 

もりすえ

2017年

10月

18日

中学3年生がんばってます!

Yeah Man!

 

 

 

 

中学3年生にとって非常に大切な時期になっています。

 

 

神奈川県の公立高校の受検は入試だけでなく、

内申(成績)と面接をあわせた3要素によって合否が決まります。

(もちろん、例外の高校もあります)

 

 

内申は9教科で各5段階、合計45点満点。

内申が使われるのは2年の三学期と3年の二学期です。

3年生の内申は2倍する決まりになっていて90点満点となり、

2年の三学期と合わせて135点満点となります。

また、2年の三学期は一学期~三学期までの内申の平均でつけられるので

三学期だけ頑張っても良い評定はつきません。

まあ逆に三学期だけ試験を失敗しても平均化されるので

極端に成績が下がることもないのですけどね。

同様に、3年の二学期も一学期、二学期の平均がつきます。

つまり、高校受検は2年生の春から始まっていることになります。

 

 

面接は100点満点で採点されます。

各高校で採点基準があり、特に公表はされません。

正直、ブラックボックスな印象が強いです。

 

 

入試は5教科で各100点、合計500点満点です。

内容は基礎的な知識を問うだけでなく、

知識の使い方が問われる応用問題。

そして最近では単元をまたいで知識を使いこなさなければ解けないような

真の理解が求められる問題も出題される傾向にあります。

知識の暗記に偏重しても本当の意味での能力が問えないことを考えれば

良い傾向ではあります。

しかし、当然子供たちの意識が伴って向上していなければ

単に点数が取れない生徒が増えるだけになってしまいます。

 

 

これら、満点が異なるそれぞれの点数の価値をそろえる割合計算をして、

各学校が決めた点数配分によって3要素合計を1000点満点にします。

その点数の順位で合格者が決まっていくのです。

 

 

高校受検とはいえ、子供達はなかなか大変なことを頑張っています。

しかも3年の夏までは部活と並行しながらです。

友達との付き合いもあるし、

テレビや音楽やゲームにも興味があるし、

恋愛もするのです。

中学生はなかなかすごいです。

ストレスも多いでしょうが乗り越えた先にある成長を楽しんで欲しいです。

その先にはきっとキャパが広がってより楽しい人生が待ってます。

応援し、サポートしていこうと考えています。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

10月

11日

汲み取る力、表す力

Yeah Man!

 

 

 

 

かなりうろ覚えで申し訳ないのですが、

現代文の問題で使われている論説文の内容が印象的だったので紹介します。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

昨日、会社を早退した同僚に「昨日なんで帰ったの?」と尋ねると

「電車で帰ったよ」という返事があった。

帰宅した理由を尋ねている質問だった場合、

これは深刻なコミュニケーションにおける問題である…

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

雑な抜粋で申し訳ないのですが、

言ってることわかりますよね。

以下、要約するとこんな感じでした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

コミュニケーションにはメタ・メッセージが存在します。

「そうしたのはなぜか?理由が聞きたい」

「本当はこれが伝えたい」

など…我々はこういったメタ・メッセージを瞬時に、

しかも自然に解釈してコミュニケーションをとっています。

つまり、解釈がコンマ数秒でも遅れて、そのリアクションすることは

それが別のメタ・メッセージを伝えてしまうリスクを抱えているのです。

そして、子供のうちから当たり前のように日常的に厳しい訓練を受けて

それを瞬間的に自然に解釈する能力を身につけます。

そうでないと良好な社会生活を営むのが困難だからです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

読んでいて、納得する部分の多い内容でした。

特に、仕事に照らし合わせると思い当たる節が多すぎる笑

 

子供、特に低学年はメタ・メッセージを言語化する能力が高くありません。

また、生きてる年数を考えれば語彙量も大人に比べて少ない。

(そうでない子供や大人がいるのも事実ですがそれは深掘りしません)

ですから、メタ・メッセージを汲み取ってあげる必要があります。

わからなくなっているところ、質問内容、相談内容、

不安を感じているところ、不満、怒り、悩み、などなど、、、

また、汲み取るだけでなく、

メタ・メッセージを言語化する能力を上げるように導くことも大切です。

そうでなければ、将来、子供本人が困ることになります。

 

う~ん、どうしたらいいんでしょう?

まずは、導く大人や先生と呼ばれる人が

自分の感情、考え、気持ちや願望、そしてそれらの本質を

普段から言語化する習慣を持つことが大切ですかね。

それは自分自身のメタ・メッセージを汲み取る能力の向上や、

子供の表現能力向上の方法を考えるのに非常に役に立つ気がします。

 

感情に任せる方がよっぽど楽なんですよね~

まあ、でも頑張ります。

 

 

 

 

もりすえ

2017年

10月

03日

希望ではなく決断

Yeah Man!

 

 

 

 

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

 

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

 

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

 

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

 

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

 

                  マザーテレサ

 

 

 

 

聡明舎に通う生徒の多くはたくさん努力しています。

もちろん個人差はありますが、

忙しい生活の合間を縫って努力の時間を作っています。

特に高校生は小中学生よりも現実が見える年齢ですから

より忙しい生活の中で、より多くの時間を使って頑張っています。

 

しかし、

毎年見ているとみんな一様に努力はしていても

結果は異なります。

おそらく、日々の過ごし方の違いは微々たる違いです。

(もちろんハッキリわかるような違いならすぐ直すべきです)

しかし、その微々たる違いが半年、一年、二年、、、と積み重なり

結果に大きな違いをもたらせているのです。

 

ほんの少しの違いを見つけてはなおし、また見つけてはなおし、、、

そんな修正の仕方も決して間違ってません。

しかし、それは終わりのない修正になるはずです。

相当な根気が必要です。なかなかしんどい。

ひょっとしたら、

違いを生み出している根本を変えたほうが楽かもしれません。

 

違いを生み出す根本の一つは思考だと思います。

結果につなげる努力をする人の多くは思考の段階で

「こうなったらいいな~」という希望的な思考はあまりしないようです。

希望的な思考ではなく「自分はこうなる」と決めています。

そして常に、

そのためにはどうすればいい?いつまでに何をすればいい?と考えています。

そして、その思考に端を発して、

日々の生活、あるいは努力の仕方の微細な違いをたくさん生み出すのです。

その微細な違いとは、

言葉であり、行動であり、習慣であり、性格であり、運命です。

 

どうやら運命は振り回されるものではなく、

自分の思考を起点として生み出していくもののようです。

今日も、「勉強もできるいいやつを育てる塾になる」と決めて

子供達やスタッフと接します。

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

9月

20日

インテルはいってる

Ciao!(Yeah Man!イタリア語)

 

 

 

 

先週に引き続き、卒業生の話です。

このブログにもなんども登場している一期生の鬼木です。

確か二ヶ月くらい前だったと思いますが、

久しぶりに顔を出しますといった連絡が入りました。

まあ、同じ誕生日なので

一年に一度はだいたい顔を合わせて近況報告を受けるのですが、

今回は誕生日なわけでもなかったので何かあったかな?と思いました。

しかも、「ちょっと報告があるので、、、」と書いてありました。

一期生といえば今年34歳。こりゃ結婚かな?

 

 

で、迎えた約束の日、

入ってくるなり開口一番『あの、結婚じゃないですからね』と。

「あらそう、じゃあなんなの?仕事のこと?」

『はい、仕事です。どうも来年、海外に住むことになりそうです。』

「海外?」

ここ数年、彼が仕事をしているクラブチームに帯同して

何度かスペインに行ってる話は聞いていました。

仕事で海外に行けるようになるなんてすごいよな~なんて話していました。

なので、当然その関係でスペインに行くのかな?と。

 

「すごいじゃん!スペイン?」

『いえ、イタリアです。』

 

「イタリア???なんで?今までそんな話あったっけ?」

『いえ、最近の話なんですよ。

  とある選手が僕の理論を気に入ってくれて、

  パーソナルでトレーナーやらないかみたいな話をいただきまして、、、』

 

「、、、、、ん???なんだかそれってすごい話じゃない?

  だって、パーソナルでって、それ国内の仕事を辞めてってことだよね?

  そうなるとそれなりのお金だって支払う必要があるし、、、

  つまりプロの選手ってことだよね?」

『はい』

「え?イタリア?プロの選手?それなりのお金が支払える?

  しかも、鬼木とつながる可能性のある?それってそんなにいなくない?

  俺の知ってる選手だよね?俺二人浮かんでるんだけど、、、」

『はい、知ってる選手だと思います。』

頭に浮かんだ二人は、金髪とアモーレです。

金髪は現在はメキシコのチームに移籍していますがこの時はまだミラニスタ。

アモーレとは最近タレントの方とご結婚されて、

新婦の方をアモーレと呼んで話題になった選手です。

『昨年から、明治大学でフィジカルトレーナーやってるじゃないですか。

  そのつながりで、、、」

「あっ!アモーレ!ヨガトモ!インテル!はいってる!」

と、僕の頭の中も繋がりました。

 

そうです。

来年1シーズン、

インテルミラノの長友佑都選手のパーソナルトレーナーになるというのです。

聞けば、この報告も成田から直接聡明舎に来たと。

前日まで長友選手に招待されてミラノに行っていて

寝食を共にし色々話してきたとのこと。

もちろんアモーレとも会ってきたと。

長友選手は昨シーズン試練の年で、

シーズン前半、なかなかレギュラーに定着できず苦しんでいたそうです。

それが、明治大学出身の関係で、鬼木のサッカー理論を耳にし、

試してみたところ急に調子を取り戻し、再度レギュラーに定着。

シーズン後半は活躍できたというのです。

調子を取り戻した頃から鬼木とメールのやり取りが始まり、

シーズンを終え来シーズンを迎えるにあたり、

鬼木にそんな話を切り出したそうです。

そして、一週間ほど一緒に過ごした最終日、

本当は夏のW杯予選の代表戦のために日本に帰った時に話すつもりだったが、

鬼木と直接話してみて、それを待たずに鬼木さえよければ来シーズン一緒にやりたい

という話をいただいたというのです!

 

「マジ?半端なくね?」

『はい、半端ないっす。自分もよくわかんないっす』

「お前来年ミラニスタってこと?」

『いや、まだそれはわかんないっす。移籍もあるかもなので』

「え?みんなに言ってもいい?」

『まだダメっす!完璧に決まってないんで

  決まったら報告します。来月には決まると思うんで』

 

なんてやり取りがあり、

つい先日、長友選手のインテル残留が決まり、

鬼木のトレーナー就任も決まり、その報告を受け、このブログに至ります。

 

Auguri!(おめでとう!イタリア語)鬼木!

半端ねーぞ!

長友選手、昨日まではただの日本代表の選手だったのに

僕の中で勝手に、

聡明舎に関係のある日本代表選手にかわっちゃったよ(笑)

日本代表で一番応援する選手になっちゃったよ(笑)!

 

 

 

 

というわけで、先週に引き続き元気をもらった卒業生の話、第二弾でした。

俺もがんばろーっと!

 

 

Ciao!(イタリア語ではサヨナラの意味でもある)

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2017年

9月

13日

夢の実現

Yeah Man!

 

 

 

 

今年の4月26日にブログである卒業生の話を書きました。

小学生の頃からの夢が高じてニッポン放送のアナウンス部に内定をもらい、

次の春から就職する卒業生です。

 

 

 

 

中3の頃に彼と約束した「いつか一緒に横浜・巨人戦を見に行こう」を、

先日、ようやく8年越しに横浜スタジアムにて実現してきました。

9月頭は突然始まった秋の空気と長雨でしたが、

その日はよく晴れてカラッとした気持ちいい天気でナイター観戦です。

 

 

中学の頃に話していたラジオを聴きながらの観戦かと思いきや、

最近はその観戦法はやってないとのこと。

代わりに取り出したのは当時持っていなかったスマートフォン。

とあるアプリと立ち上げると、

今まさに目の前でやっている試合の情報が一球一球流れてきます。

それだけでなく、打者のここ数試合の打率や投手との対戦成績、

他にも僕にはよくわからないデータがいろいろ出てきます。

そのデータを片手に「初球変化球から入るはずなのでこの一球勝負です」

などと一球一球、耳元で囁いてきます。

野村監督が現役時代、

ささやき戦術とかって打者に囁いていたのはこんな感じか、、、

結構やりにくいw

聞いてるとデータと予測が出てくる出てくるw

さすがの変態ぶりです。

試合途中、「ここからしばらく実況しましょうか?」と言うので頼んでみると、

まさに車の中で聞くニッポン放送ショウアップナイターが

そのまんま隣から聞こえてきます。

ラジオでは試合中、他球場の途中経過が流れてくるのですが、

それもバッチリ流れてきます。

「ピンポ~ン、それでは他球場の途中経過です、、、」

もちろんジングルは口で言ってますw

こうやって書くと安い感じがして笑っちゃいますが、

実際に聞いてみるとかなりの高レベルw

本当にショウアップナイターを聞いてる感じです。

自分も目の前で見ている試合なのですが、

隣の実況を聞いて初めて視界に飛び込んでくる情報がたくさんあり、

見ているようで全然見えていないことを気付かされます。

好きもここまで高じれば大したものです。

 

 

面接のときにこれと同じことをやったのかどうかは知りませんが、

ここまで出来ればそりゃ採用されるのも頷けます。

今年の新卒採用は彼一人だというのだからものすごいことです。

 

 

 

 

試合は0対0が続く締まった感じの投手戦。

テンポよく進み8回に1点取ったベイスターズが1対0で勝利を収めました。

18時に始まった試合が20時30分に終わるというテンポの良さ。

 

 

卒業生とはその後居酒屋にて延長戦に突入。

延長戦では野球の話は一切なく、恋愛のお悩み相談。

野球で駆使したデータ分析は恋愛においてはデータ不足で防戦一方。

こちらも人生の先輩ですので、なんとかルーキーをリードしようと必死です。

年の割生きてきた年数に比例しないデータ量で

なんとか相談に乗るも解決の光はなかなか見えず

先ほどの試合のテンポとはうって変わって泥試合にもつれこむ気配が濃厚。

テッペン(夜12時)も見えてきた時間帯、

規定により引き分けということで楽しい集いを終焉にすることにしました。

 

またいつか必ず一緒に行こうと思います。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

9月

06日

オチのない話

Yeah Man!

 

 

 

 

瀬谷のマックでアイスコーヒーを買って、

高校部に向かおうとした道すがら、

しっかりとしたヘルメットをかぶり、

ワイシャツをパンツにしっかりINし、ネクタイを締め、

あたかもNYでオフィスワークに勤しんでいそうな異国の方が、

自転車にまたがり、僕に近づいてきました。

しかも満面の笑み。

 

「あれ?ひょっとしてオレ話しかけられる?」

「知り合いだっけ?…いや知らない…知り合いだったらヤバイ、全然わかんね」

「っていうか、道聞かれる?英語しゃべれないー」

 

様々な思考が頭を巡ります。

なぜかどれもネガティブ思考。

どうする?オレ。

 

 

 

 

「その髪形すごくナイスだね~!」

その異国の方は口を開くなり

満面の笑みでロン毛を束ねた僕のお団子を指して話しかけてきました。

超流暢な日本語。

「何年くらい伸ばしたの?」

 

「ああ、これ?1年半くらいかな~?いい?まあ、ありがと」

 

「いや、すごくナイスだよ~」

 

そんなやり取りをして別れました。

異国の方は終始笑顔。

女性がナンパされる時ってこんな感じ?

男性からはもちろん、女性からの通称逆ナンも経験のない僕としては

かなり貴重な経験でした笑

ひょっとして僕だけかもしれませんし、

ナンパ慣れしてないからかもしれませんが、

笑顔で褒められるって初対面の方からでも決して悪い気はしません。

 

 

一緒に授業をやってる子供達であればなおのこと、

笑顔で褒められれば悪い気はしないだろうな~と思うわけです。

 

大事なことを教わったこの話に多少尾ひれをつけて

子供たちを笑顔にする話にしようと思ったわけです。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

8月

23日

夏が終わります

Yeah Man!

 

 

 

 

始まる前は長い夏期講習が始まるぞ~と思っていましたが、

あっという間に夏期講習も終わりを迎えました。

 

このあとちょっとした休みを挟んで二学期が始まります。

9月。秋です。

受験生は夏が勝負となんども話してきました。

その夏が終わり、秋が始まります。

 

現実的に考えて、

残された時間では「それをするには時間的に厳しい」いうことも出てきます。

一方で、「今やればまだ間に合う」ということもたくさんあります。

できないことではなく、できることに目を向けて、

時間を大切に使っていく必要があります。

 

より生産的な時間を過ごすように呼びかけたり、

自ら生産的な時間を過ごそうとしている生徒を

しっかりサポートしていこうと考えています。

 

 

 

 

本年度もいよいよ後半戦に突入です。

もちろん全力で、楽しんでいこうと思います。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

8月

16日

KODONA

Yeah Man!

 

 

 

 

この4日間、聡明舎はお盆のお休みでした。

少し体調を崩して、外出もほとんどしませんでした。

休みの間は体を動かしたかったのですが、

体調を崩していたこともあり、体を動かすこともなく休んでいました。

久しぶりに授業もしないし、体も動かさないし、と

何もしないでいるとなんだかソワソワした気持ちになります(笑)。

早く体調を戻して体を動かしたい。

 

 

 

 

休みの最終日、

テレビをつけると「クレージージャーニー」と言う番組が

特番でゴールデンタイムに放送していました。

その番組に、

世界中を希少な爬虫類の捕獲目的で旅に回る

加藤さんという方が出ていました。

普段は静岡大学で教鞭をとる加藤さん。

休みを見つけては珍しい爬虫類を求めて世界に旅に出ます。

今回は、カエルとカメレオンとワニを求めてカメルーンへ。

絶滅危惧種を含む希少なその三種を見事に捕獲します。

番組でダウンタウンの松本さんも言ってましたが、

カエルもカメレオンもワニも確かにすごいのですが、

どの爬虫類よりも加藤さんが一番すごい。

爬虫類を探す集中力と見つけた時の目的まっしぐらな動きは

野生動物…というよりは小学生そのもの。

何より捕獲した時の笑顔は見ているだけでこちらが爆笑してしまいます。

 

 

 

 

二十代・三十代の頃、レゲエをよく聞いていました。

その日本人アーティストが歌う歌詞の中に

「こどな」という造語が使われていたのを覚えています。

子供のような部分を失ってない大人という意味だったと思います。

もちろん、とらえ方は要注意で、

悪い意味での子供じみた大人だったらただの困ったチャンです。

一方で、子供の頃は誰もが持っていたはずなのに、

年齢を重ねるなかで多くの人が失っていく、

そんな大切な何かを失わずに大人になった人が存在するのも事実です。

そういうのを失っていない人を「こどな」というのなら、

聡明舎の生徒たちには立派な「こどな」になってほしいと思います。

先ほどの加藤さんには久しぶりに素晴らしい「こどな」を見た気がします。

まさに加藤さんこそが絶滅危惧種です。

 

 

 

 

明日から夏期後半です。

勉強を通じて素敵な「こどな」へと導いていきたいです。

自分が「こどな」でいることが鍵っすね。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

8月

09日

ノンバーバルコミュニケーション

Yeah Man!

 

 

 

 

目は口ほどに物を言う

という諺があります。

人間は言葉を使って会話をしているようで、

実はコミュニケーションには非言語情報がふんだんに使われています。

アメリカの心理学者アルバート・メラビアンが

1970年代初頭に報告した『メラビアンの法則』では、

話し手が聴き手に与える印象の大きさは

『言語情報:7%, 視覚情報:55%, 聴覚情報:38%』の割合だとされます。

心理学的な詳しいことはわかりませんが、

確かにあるよね~ってことだけはわかります。

 

 

 

 

心理学を学んでいる知人の話では、

この情報をより鋭くキャッチする人たちがいるそうです。

それは、精神疾患を抱えた方々なのだそうです。

この方たちは論理的な意思疎通が苦手な一方、

非言語情報をキャッチする力がとても強いのだとか。

 

 

 

 

僕は塾講師という職業柄、

同じように非言語情報を鋭くキャッチする人たちを知っています。

それは子供です。

彼らは非言語情報により多くの情報をキャッチしています。

特に大人との会話において

論理的あるいは表面上の言語による会話からよりも

非言語情報から自分の味方や仲間を判断しているように見えます。

褒めても、怒っても、甘えさせても、ときにつきなはしても…

本当に愛情を持って接しているのかどうかは

非言語情報を通じて伝わっているように見えます。

 

 

 

 

夏期後半も、

子供達を褒めることも、

叱ることも、

諭すことも、

甘えさせることも、

そしてときに突き放すこともあると思います。

その時々で一番いいと思うことをやっていくことになるでしょう。

しかし、いついかなるときも

心根に常に同じものを持ってやっていこうと思います。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

8月

02日

やったほうがいい

Yeah Man!

 

 

 

 

先日、夏期講習の1日で授業参観を実施しました。

毎回の講習ごとに実施するイベントです。

聡明舎では授業見学は随時受け付けていますが、

「いつでもどうぞ」と言われると

逆にいつ行っていいのかわからないかもしれないと、

ある年から、この日は授業参観と決めて実施してきました。

 

授業参観というイベントを行う塾は多くないと思います。

(調べてないからわからないけど…)

なぜ?聡明舎は授業参観を行うの?と聞かれたら、

『やったほうがいい』と考えているからです。

 

塾というのはお金を払う人とサービスを直接受ける人が違うという

ちょっと特殊な業種です。

保護者の方々、授業見たいよな~と思うのです。

子供達も、特に低学年の子達は

できるようになっている自分を見せたいよな~と思います。

そして聡明舎も、授業そのものが売りですから、

やっぱり見てほしいよな~と考えています。

だったらやったほうがいいよねってことで始めました。

 

 

 

先日このブログで書いた挨拶も同じ。

『やったほうがいい』と考えたからそうしてます。

最初、戸惑う体験生も次第に慣れていく名前をつけての挨拶。

見る人が見れば、なんか変な挨拶やってるな~と感じるかもしれませんが、

聡明舎と同じように良いと感じてくれる人もたくさんいます。

聡明舎によく修理に来てくれるコピーメンテナンスの方や宅配の方は

この塾は気持ちが良い。仕事がしやすいと言ってくれます。

理由を聞くと、

生徒と講師がしっかり挨拶していて気持ちが良い、

しかも、講師ではない自分(メンテナンスの方)にも子供が挨拶してくれる、

とのことでした。

聞いていた僕たちの鼻の穴は全開に広がっていたことでしょう。

 

 

 

イベントや挨拶だけでなく、授業でもいろんな試みをしていますが、

すべて『やったほうが良い』と考えているからそうしています。

 

 

 

そうそう、夏期講習の中期5日間は中3と高3の授業なのですが、

数年前から朝6時30分から授業をスタートしています。

やる前は、結構ブーブー言う子供たち(特に中3)も5日目が終わる時には

「やってよかった」「眠かったけど気持ちよかった」「1日を有効に使えた」

などほとんどの生徒がやってよかったと言ってくれます。

さて、今年の子たちはどんな感想を言うのか楽しみです。

 

もちろん、これも『やったほうが良い』と考えてやっています。

今年も楽しみです。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

7月

26日

選択する

Yeah Man!

 

 

 

 

どの本か忘れましたが、

マーケティングだかの本だったと思います。

セット販売、パッケージ販売の利点について書かれていました。

例えば、某ハンバーガーショップのバリューセット。

好きなハンバーガーを選んでセットにしてしまえば、

自動的にポテトやドリンクが付いてくるというもの。

あるいは飲食店で行われるランチメニュー。

すでにメニューが決まっていて、

ドリンクや軽いデザートなどがパッケージになっているもの。

こういったセットやパッケージを用意しておくと

それらの売り上げは伸びるそうなのです。

 

これらは、いちいち選ぶのが面倒臭いという人の心理をついているそうです。

 

そのような人の心理があるのかどうかは知りませんが、

第一に、人生は選択の連続であることは経験上、間違いありません。

そして第二に、

それを一つ一つ選択していくことは確かに面倒であり、

つい避けようとする、逃げようとする自分がいることも事実です。

 

選択をするためには、それなりに考える必要が出てきます。

場合によってはそれなりに調べる必要もあります。

そういった行為が面倒になったとき、

「普通」とか「みんな」が気になります。

人の言いなりになります。

あるいは、興味を失って関係ないふりをします。

でもそれは、選択を「他人」や「流れ」に委ねているだけです。

もちろん、人間ですから間違った選択をすることもあります。

ですが、自分で選択すれば間違いにも学びがあります。

他人や流れに選択を委ねたら、

選択の根拠もよくわからず学びもありません。

 

 

子供達に伝えたいのは、

自分の人生を

きちんと自分で選択できるようになってほしいということです。

決して、

必ずいい学校に行けということでも、

必ず大学に行けということでも、

必ず特定の職業を目指せということでもありません。

 

 

目の前の面倒を避けず、

自分で考え、自分で選択する。

子供達と一緒にそれができることを目指します。

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

7月

19日

なんのため?

Yeah Man!

 

 

 

 

聡明舎では一人一人の先生に名前をつけて挨拶をしてもらってます。

講師も生徒一人一人の名前をつけて挨拶します。

いつからかは忘れましたが、いつの間にか伝統になってるこの挨拶。

初めて聡明舎に体験に来た生徒がちょっと驚く挨拶ですが、

通っているうちになんだかそれが自然になっていきます。

 

聡明舎には現在、三つ子の子たちが通っているのですが、

今日もいつものように三つ子一人一人に名前をつけて挨拶です。

三つ子のうちの二人は見た目が非常によく似ています。

今日はその二人がメガネを交換して入ってきました。

もちろん、僕に対する問題提起です。

難なく見抜きそれぞれの名前を呼んで挨拶すると、

「あ、ばれた!」と悔し嬉しそう。かわいいです。

 

 

 

 

さて、つい数ヶ月前に受験を終えた高校1年生たちは

各学校で文系・理系の選択を迫られている時期です。

聡明舎でも高1対象に説明会を開き、

文理選択に関するアドバイスをしています。

やりたいことや得意教科がはっきりしている生徒はいいのですが、

決め手のない生徒も結構います。

就職難や、不景気が続くと文系離れの理系人気になると言われています。

確かに、多くの企業にしてみれば、

仕事に必要になる専門知識や技術を身につけてきた即戦力から採用していく

というのも当たり前のことなのでしょうし、

それを起点に受験生の潮流が作られるのも当然と言えば当然です。

とはいえ、文系教科が本当に好きな生徒が、

この潮流だけを理由に文系を切って理系を選択するというのは…

なんだかちょっと残念な気がします。

 

そんな中、ネットで少し話題になっているニュースが目に留まりました。

阪大の文学部の文学学部長・文学研究科長の金水敏先生が

卒業生に贈った式辞です。

とても素敵な式辞なので一部抜粋して紹介します。

 

 

みなさま、本日はご卒業・修了まことにおめでとうございます。

 

 ……

 

ここ数年間の文学部・文学研究科をめぐる社会の動向をふり返ってみますと、人文学への風当たりが一段と厳しさを増した時期であったとみることが出来るでしょう。

 

 ……

 

「なんで文学部に行くの」「文学部って何の役に立つの」等々と言った問いを、友人、親戚、場合によってはご両親というような身近な人々から受けた経験を持つ方は、ここにいらっしゃる皆さんの中にも決して少なくないのではないでしょうか。

 

 ……

 

この問題について、私は今のところ次のように考えています。文学部で学んだことがらは、皆さんお一人お一人の生活の質と直接関係している、ということです。私たちは、生きている限り、なぜ、何のために生きているのかという問いに直面する時間がかならずやってきます。

 

 ……

 

文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったときではないか、と私は考えます。今のこのおめでたい席ではふさわしくない話題かもしれませんが、人生には様々な苦難が必ずやってきます。恋人にふられたとき、仕事に行き詰まったとき、親と意見が合わなかったとき、配偶者と不和になったとき、自分の子供が言うことを聞かなかったとき、親しい人々と死別したとき、長く単調な老後を迎えたとき、自らの死に直面したとき、等々です。その時、文学部で学んだ事柄が、その問題に考える手がかりをきっと与えてくれます。しかも簡単な答えは与えてくれません。ただ、これらの問題を考えている間は、その問題を対象化し、客観的に捉えることができる。それは、その問題から自由でいられる、ということでもあるのです。これは、人間に与えられた究極の自由である、という言い方もできるでしょう。人間が人間として自由であるためには、直面した問題について考え抜くしかない。その考える手がかりを与えてくれるのが、文学部で学ぶさまざまな学問であったというわけです。

 

 ……

 

文学部の学問は、例え企業に就職しても、家庭に入ったとしても、一生続けることができます。お金はあまり要りません。エネルギーもさほど使わないので、エコであるとも言えます。少しの書籍と、考える頭さえあれば、たいてい間に合います。皆様どうぞ、大阪大学文学部・文学研究科で学んだことに誇りを持ち、今後ともすばらしい人生をお過ごしいただきますよう、心からお祈り申し上げます。

 

うん、ご自身の学部・学科に対する愛情が伝わってくる素敵な式辞です。

全文を印刷して高校部の教室に貼ろうと思います。

全文のリンクもこちらに貼っておきます。

 

 

 

 

現在、聡明舎高校部で日本史を指導しているのは赤間という講師です。

文学部の史学科を卒業し、政治学の大学院にも進学しました。

その赤間がいつだかこんなことを言っていたのを思い出しました。

 

歴史を勉強すると現在の社会を見渡したり、

国際問題などに対する自分の考えを持つことができる。

歴史を勉強するとは暗記することを指すのではなく、

手に入れた知識を使って、現在を考えることなんです。

日本史を通じてそんなことを伝えたいです。

 

うん、聡明舎にもなかなか素敵な講師がいるもんです。

 

 

 

大人になった今、

仕事においては理系・文系では割り切れないことばかりです。

どちらの能力も、考え方も必要です。

高1の生徒たちが文系・理系を決めるとき

就職率とまったく絡めずに考えることはできないにしても、

なるべくフラットな目線で自分の心と対話しながら

決められるといいと思います。

 

 

もりすえ

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2017年

7月

12日

ルーズヴェルト・ゲーム

Yeah Man!

 

 

 

 

野球の試合には面白いスコアというのがあるのだそうです。

 

「点を取られたら取り返し、8対7で決着する試合」

 

野球を愛した第32代アメリカ合衆国大統領のフランクリン・ルーズベルトが

1937年1月に、ニューヨーク・タイムズの記者に宛てた

野球記者協会から招待されたディナーを欠席することを詫びた

手紙の末尾に記された「一番おもしろいゲームスコアは、8対7だ」

という言葉に由来するのだとか。

その名もルーズヴェルトゲーム。

「半沢直樹」「下町ロケット」の作者である池井戸潤さんの小説

「ルーズヴェルト・ゲーム」で初めて知りました。

上記2作品ですっかりファンになってしまったことを

瀬谷校室長の山崎に話したところ紹介してもらった作品です。

 

 

 

 

七対ゼロの劣勢なら、八点とればいいじゃないか。

……その先にある勝利の歓喜を信じて------

 

 

 

 

まだまだ小説の中盤に出てきた一説なのに

目頭が熱くなります。

入浴というわずかな時間の楽しみです。

こういったものに心が熱くなることに少しほっとします。

 

 

 

 

池井戸潤の小説って熱いよね。

山崎先生に言うと、「熱いっすよね~~」と山崎先生らしいリアクション。

同じ小説の同じような箇所に共感できるのも嬉しいです。

 

 

 

 

小説は娯楽かもしれません。

熱くなったような気がする心は翌日には萎んでいることも少なくありません。

誰かがしてくれる良い話を聞いたときと同じように

実際の生産的な行動に反映できることは極めて少ないことも否定できません。

 

でも、やっぱりたまにはいいよな~と思います。

少年ジャンプで育ってきた幼き頃のなりきり心に

フッと熱いものが灯るのを感じます。

それで育った部分もたくさんあるし、

それに支えられたこともたくさんあります。

 

 

 

 

ルーズヴェルト・ゲーム。

3点取られたら4点取ればいい。

7点取られたら8点取ればいい。

その先にある勝利の歓喜を信じて。

 

「半沢直樹」「下町ロケット」と併せ

なかなかのおすすめっす。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

7月

05日

試練は突然降ってくる

Yeah Man!

 

 

 

 

試練は乗り越えられる者にしか訪れない。

ま、この言葉の真偽はともかく、試練は訪れます。

 

 

 

 

先日、瀬谷校のカウンターで授業の準備をしていました。

立方体の展開図を使い、

生徒たちに実際に立方体が組み上がる姿を見せたくて、

画用紙を使って様々な立方体の展開図をカットしていたんです。

 

授業前の中1の生徒たちが集まってきます。

「何やってんですか~~?」

「あ~私これ知ってる~~」

「私も見たことある~~~」

梅雨を越してやってきた夏と、

部活後の子供の熱気で周辺の気温が一気に上がります。

 

『あ~~そうそう、立方体の展開図だよ。

   っていうかお前らさ、近い!暑い!』

 

そんなやり取りをしてると

「あーこれ展開図っすね。なんか懐かしい」

と高3の男子も近寄ってきて人が多くて暑い暑い!

 

『っていうか、授業のネタバレになっちゃうからあんまり見ないで~』

なんて話していたら、頭にフッとなにか落ちてきたような感じがしたんです。

すると高3男子が

「あれ、なにか落ちてきましたよ」

と言いながら、パッと頭を払ってくれました。

次の瞬間、目の前の立方体の展開図の上にパサっと落ちてきたんです。

 

…すべて瞬間瞬間の出来事だったのですが、

この時にはすでになんか嫌な予感もしていました…

 

目に飛び込んできたのはなんとヒュージコックロゥチ!

うん、巨大なゴキ○リです。

永遠とも感じる一瞬の間をおいてウワーっ!と思わず体が仰け反ります。

理科の神経の試験で、「この仰け反りは反射である」という選択肢があったら

おそらく丸をつけて誤答してしまうくらい反射的に動く身体。

そして、すぐ近くにいた中一たちはそれこそ蜘蛛の子を散らすように

黄色い声を上げて一旦いなくなります。

しかし、気持ち悪さと怖さよりも怖いもの見たさのほうが勝るお年頃、

一旦散らした蜘蛛の子は瞬く間に同じ定位置に集合します。

すごかったのはその中の一人の女の子。

「私けっこうゴキ○リ大丈夫なんだよね~」と

裏書き用のミスプリ用紙を片手にズンズン追い詰めていきます。

最後は中1が追い詰め、高3が討ち取るという素晴らしい戦術で

巨大ゴキ○リは葬られることになります。

完全に息絶えた亡骸をミスプリ用紙で器用に拾い上げ

僕の目の前に差し出し

「こいつどうしますか?」と嬉しそうに報告する中1女子。

大将級の首を差し出す戦国武将さながらです。

結局トイレットペーパーに包まれ、トイレに流される水葬に決定。

瀬谷校の夕暮れに起こったちょっとした騒動も一件落着です。

 

 

 

 

それにしてもたまたまとはいえ、

僕の頭にピンポイントで落ちるかね~と思っていると、

ある中1女子は「いや~森末先生すごいわ。私だったら死んでる~」

おいおい、俺だってなかなかきついよ。そして本人目の前で聞いてるよ。

また別の子は「もし私だったら、きっともう塾来れない~」

まてまて、来れる来れる。っていうか本人目の前にいるって!

それとも何かい?俺に変なあだ名でもつける気かな?

さらに話に入ってきた高1女子は

「っていうか、ゴキ○リって人が思っているほど汚くないみたいですね」

うん。すごい優しいよね。ナイスフォローっす。

でも、なんでだろう?このナイスタイミングでは、なんか刺さる。痛い。

 

数日後の業後に、ある女性講師と掃除をしていると

その女性講師が一目散に部屋を出て行きます。

走ってきた方向を見ると小指の爪ほどの蛾が舞っていました。

「虫本当にキモい~~!もうやだ!」

そう言いながら逃げていく女性講師を見ながら

生徒でも、女性講師でもなく、

僕の頭で本当に良かったんだなと感じたのでした。

うん、あの中で乗り越えられるのは僕だったってことです。きっと…

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

6月

28日

ほんの少しの違い

Yeah Man!

 

 

 

 

聡明舎の生徒には

僕たちの話を正面から受け止めてくれる子たちがいます。

 

勉強ができるようになる過程には学べることがたくさんある。

塾に来る日をなるべく増やしたほうがいい。

目標を持って、持つだけでなく達成に向けて動こう。

 

こういった呼びかけに素直に答えてくれます。

結果、塾のない日であっても、

自習という形で塾に来る生徒がいるのです。

 

 

 

 

そういった生徒たちを19年間見てくる中で、

自習のやり方がうまい生徒、うまくない生徒というのが見えてきます。

つまり、結果として伸びる生徒、

滞在時間の割に伸びない生徒に分かれるということです。

 

 

 

 

伸びる生徒はだいたい時間の使い方が上手です。

見ていて安心感があるし、効率が良い。

では、そうでない生徒との違いは何か?

それはやることが決まっているか、いないか。

つまり、時間の使い方がうまい生徒は

自習に来た時点ですでにやることが決まっているのです。

だから、あとはそれを一つ一つやっていくだけ。

すべて終わったらさっさと帰宅します。

 

一方、時間の使い方が上手くない生徒は

見ていて心配になります。おそらく効率も悪い。

来て、荷物を置いて、そこで初めて何をしようかと考え始めます。

決まるまでがまた長い。笑

決まって始めても、何時までやるか、

何時までに終わらすかとかは考えていないので

本人の疲れが来るまで続けます。もちろんペースは本人なり。

ある程度疲れがきたところで「これだけ頑張ったんだから」と休憩に入ります。

休憩後にやることも決まっていないので、

休憩もなんとなく休憩に飽きるまで続きます。

「休憩長くない?」と講師が声をかけると

返ってくるのは決まって「今まで超やってたんすよ!」

自習の終わりは決まっていないので、結構長い時間滞在します。

本人は相当やった気持ちになってると思いますが

実際の勉強時間は滞在時間の半分も行けばいいほう、

なんてこともあります。

 

 

 

 

いずれにせよ、僕たちの話を正面から受け止めてくれて、

やる気になっている生徒たちなのです。

だからこそ、きちんと能力向上につなげてあげたい。

そんな生徒たちにアドバイスするのはやることを決めて自習に来いということ。

できれば、前日の就寝前に翌日の使える時間をチェックして、

その時間のどこで何をするか決めておくこと。

そして当日は、起床して前日に決めておいたことを実行するのみ。

もちろん、当日予期せぬハプニングに見舞われることもありますが、

なるべく計画通り実行するように努めます。

 

これは仕事をしている社会人にとっては当たり前のことではないでしょうか?

会社についてから「さて何しよう?」なんて考える

余裕のある人はほとんどいないでしょう。

普通に仕事ができる人は段取りは会社に着く前に済ませているはずです。

それでも、当日予期せぬハプニングに見舞われるのが常であり、

そのハプニングに一つか二つくらいは対応できることも大切です。

 

勉強ができるようになることを通じて

時間の使い方、仕事の仕方も学ぶことができる。

勉強とは結構いろんな可能性を秘めています。

 

 

 

 

さて、明日何をするかちゃんと決めて就寝しようと思います。

言うは易しですから。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

6月

21日

みんな同じです

Yeah Man!

 

 

 

 

やる気のある生徒とか、やる気のない生徒とかって

言い方があります。

やる気のある生徒はともかく、

やる気のない生徒って本当にいるんでしょうか?

もちろん、なんらかの原因要因があって、

無気力、あるいは覇気のない人も存在はします。

ただ、見ている限り、

聡明舎に通う生徒の中にはそのような生徒はいません。たぶん。

 

 

 

 

いま瀬谷校に通う小学生たちと計算特訓をしています。

授業外の時間や日取りを使って

「やろう」と呼びかけて

「やる」と決めた生徒と共に実施しています。

もちろん、毎回毎回やる気が向いてる日ばかりではありません。

ある日はすごく乗っていたかと思えば、

翌日はその真逆なんてことはよくあります。

そして、そういう真逆の日の生徒を見て

「今日はやる気がない」と言います。

 

 

そういう日の生徒は、

みんな大抵不機嫌な表情です。

本当に機嫌が悪いのかどうかは別として笑顔は極端に少ない。

そして、いちいち出す音が大きい。

ペンを置く音、ページをめくる音、テキストを落としたり拾ったりする音…。

また間違えた箇所を消しゴムで消す時の動作が雑で、よくノートを破く。

ため息、舌打ち、恨みつらみの独り言…。

姿勢が悪く、アドバイスにも耳を貸す様子は伺えません。

他にもいろいろ症状はあるのですが、これくらいにしておきます。

 

これって本当にやる気がないんでしょうか?

あるとき気付いたんです。これ「半端ないやる気だわ」って思ったんです。

ただ、彼らの湧き出すやる気はすべて、

何とかして計算特訓をやらない方向、

あるいはやりたくないということを伝える方向に向いているんです。

その実現に向けて、あらゆるアイディアを総動員し、

それらを実践しているんです。

なんたるやる気と意志の強さ!付け加えれば豊富なアイディア!笑

 

 

そのことに気付いたときから、

そういう日には「わかった。今日は帰ろう」と言います。

終わるまで帰れないと思っていた生徒の多くは少し驚きます。

中には、見捨てられたような顔をする生徒もいます。

 

計算特訓の目的は「計算をできるようになること」

もっと言えば

「計算ができるようになり

 算数を好きになったり、授業を楽しく受けること」

そのためにはやる気が計算に向いていることが絶対条件。

だから、やる気が明らかに向いてない日にやることは百害あって一利なし。

やる気が向いてる日もあるのだから、そういう日にやって目的に近づこう。

そんな話を伝えます。

 

さっきまであらゆるやる気を反抗的態度の実践に注いでいた生徒は

緊張が緩み、中には眼に涙をためる生徒もいます。

 

 

そのときに伝えます。

毎回気分が向かないから帰るというのではいつまでたっても成長できない。

つまりいつまでたっても目的が達成できない。

小学生で居られる期間にも限りがある。

だから、次に来るとき、あるいは週の中で来ようと決めてるときは

家を出るときに腹を決めてくるようにして気持ちを向けて取り組もう。

一番大事なのは持っているやる気をきちんと目的に向けること。

できそうか?

 

多くの生徒はうなずいてくれます。

そして、次の約束の日には、きちんとやる気を向けると決めてきます。

高学年になる程その約束はしばらく持続します。

 

 

 

 

やる気を向ける方向をハッキリさせれば

年齢にかかわらず目的達成のために力を注げます。

それがハッキリしてないときは気分と感情に流されます。

多くの場合そうなります。

だれだって、大人だって同じです。

少なくとも僕はそういう意味で子供となんら変わりありません。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

6月

14日

いろんな自分

Yeah Man!

 

 

 

 

子供たちはみんな優しいです。

 

先日、中3の生徒が修学旅行で京都に行ってきて、

お土産を買ってきてくれたりしました。

お土産を買ってくれたから優しいとかってことではありませんが、

修学旅行に行ってる時にまで聡明舎のことを思い出してくれてるのは

とても嬉しいことです。

 

 

 

 

そんな中、とある生徒が個人的にお土産をくれました。

それがこちら

 

 

 

 

 

班でお寺めぐりをしていると、

多くの外国の方がこれを巻いて歩いていたらしいのです。

それを見て僕のことを思い出したのだそうです。

いったい彼から僕はどんな講師に見えているんでしょう?笑

しかも、「合格」とか「必勝」とか色々な種類がある中で

僕にはやっぱりこれでしょう!と思ったそうです。

繰り返しになりますが、いったいどんな講師に見えているのか?

 

 

もちろんですが、もらった日はこちらを巻いて授業をしました。

愛する生徒が僕のために選んでくれたお土産ですから

仕方がな……いえ当然です。

どの生徒も微笑んでくれるのと、

意外と違和感なく受け入れてくれるのを見て、

改めて彼らからいったいどんな講師に…大丈夫かな?

 

 

 

 

人は自己認識している自分と他者から認識されている自分で違う

ということを聞いたことはあります。

全く違うとは言いませんが、それなりに隔たりがあるように感じます笑。

 

 

 

 

それにしても、聡明舎の目の前はビデオレンタルなのですが、

そこから出てきたお客さんの目に入るこれを巻いてる僕は

いったいどんな人に映るのでしょう?

そして、どんな塾だと思うんでしょう?

少なくとも今日はスーツじゃなくてまだマシだったと

よくわからない安心感で自分を無理矢理納得させつつ

たまには他者からの認識を意識してみる大切さも再確認です。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

6月

07日

学びのツアーガイド

Yeah Man!

 

 

 

 

先日、クレージージャーニーというテレビ番組に

脱サラ探検家という肩書きの高橋大輔さんが紹介されていました。

幼い頃にロビンソン・クルーソーに衝撃を受け、

近所の探検から探検人生を始めたんだとか。

大学在学中にはアルバイトで資金を貯めては世界を旅し、

25歳の時には会社にも理解してもらって南極大陸を含む旅も完結。

その後も、会社の理解を得て長期休暇を取得。

単身チリへ行きます。

自身を探検へと導いたロンビンソン・クルーソーのモデルで

実在するセルカークの住居跡地を発見するのが目的です。

しかし、その時は可能性の高い遺跡まで辿り着くが、

さらなる発掘には学術調査の申請が必要とのことで一旦断念。

帰国後、覚悟を決め会社を辞め、

資金を集め学術調査団を結成。

ついにセルカークの遺跡の決定的証拠となるわずか16ミリの針先を発掘。

世界的な発掘ニュースとなりました。

 

 

その高橋さんがとても印象的なことをおっしゃっていました。

 

世界には「観光地」と呼ばれる場所が数多ある。

「観光地」は毎年、何千、何万もの人を集め、人々を感動させている。

僕は、その感動は発見した探検家・冒険家の追体験なのだと思う。

探検家・冒険家の一番面白いところは、その感動の最初の一人になれること。

そして、おそらく最も大きな感動をする人になれること。

 

たしかこのような感じでした。

 

 

 

 

これを聞き、職業柄思ってしまったことは、

勉強も全く同じだよな~ということです。

(一緒にするな!と言われてしまいそうですが笑)

数学の公式にせよ、化学、物理の公式や理論にせよ、

歴史的事実から見た法則にせよ、

それらを学ぶことは発見者の追体験です。

学校で習う時にはわずか数分で教わるその公式は

ある学者の一生を費やしたもの、

時には何世代かの学者の一生を費やしたものもあります。

意味なんてと思われていたことに対する意味付け、

複雑だと思われていたことの単純化、

見えなかった世界が見えるようになること、

こういった発見にとてつもない感動をしたはずなんです。

何かを学ぶとはそれを追体験できるということです。

発見者ほどではないにせよ、大きな感動になるはずなんです。

 

しかし実際にはその感動に触れられていない生徒がたくさんいます。

原因はいろいろあると思います。

無理やりやらされている、

テストや受験、将来のためだけに仕方なくやっている、

指導する側も上記の原因を助長している…など

きっと他にもあるでしょう。

 

学びは本来とてつもなく楽しくて感動するものです。

そして、個人としての成長につながるものです。

人は成長実感を得ることでさらに楽しいと感じ意欲がわきます。

ひいては、人類全体の成長・発展にもつながっています。

まずは、指導する講師たちがその信念を強く持って伝える意志が大切でしょう。

 

 

 

 

学者・研究者が冒険家であり探検家なら、

僕らのような講師はさしずめツアーガイドといったところでしょうか笑

数ある学びの見どころ、使い道、面白さをしっかり伝え

実ある受験・試験勉強にさせていきたいです。

世界に観光地が数多あるように、

学びの世界にも感動できるスポットは数え切れないほどたくさんあります。

しかも、その感動ができれば成長ももれなく付いてくる特典付きです笑

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

5月

31日

置換力

Yeah Man!

 

 

 

 

中2の理科で習うのですが、

肉食動物と草食動物では目の付き方が異なります。

草食動物の目は横についています。

視野を広げ天敵の早期発見に努めた進化を遂げたのでしょう。

肉食動物の目は前についています。

視野全体は狭いですが、両方の目で見る範囲が広がります。

両方の目で見る範囲のものは立体的に見ることができます。

つまり、獲物との距離感をつかむのに適しています。

肉食動物は持っている筋肉の特性上、

瞬発力を活かして短距離で獲物を仕留めなければなりません。

そのため獲物との距離感は自分自身の生死を分ける重要事項です。

これも長い期間をかけて進化を遂げたと考えられます。

人間の目は、草食動物と肉食動物の中間くらいの場所についてます。

雑食であること、

狩猟と農耕をどちらも進めてきた動物であることを考えると、

納得できます。

 

いずれにせよ、目は何かを見るための器官であり、

自分のことを見るのには適していません。

前振りがだいぶ長くなりましたが、

自分のことを見るって本当に難しいです。

 

 

 

本を読むと様々な大切なことを知ることができます。

それらを全て実行できたら、

成功は約束されたようなものだという気持ちにすらなります。

そして、そのような思考で他人を見るといろいろ見えてきます。

こうすればもっとうまくいくのにとか、

ちょっとこうするだけで全てがうまく回るのにとか。

 

ところが、自分のこととなるとそんな簡単にはいきません。

頭ではわかっているはずのことができていないことだらけです。

つまりこれ、わかっていないのだと思います。

頭に浮かべたことはあるという意味では、思ったことはあるのです。

あるいは読んだことはある。聞いたことはあるのです。

そして、それが良いと思ったこともあるのです。

でも、それはわかったのとは違う。

本当にわかったことは行動になっているはずなんです。

 

 

 

 

以前、何かのフォーラムに参加した時に聞いた話を思い出します。

それは「置換力」という言葉です。

何かの話を読んだり、聞いたりした時に

本質を見抜き、一般化し、自分の仕事や生活に置き換え役立てる力だそうです。

それは頭の中で起こることではありません。

その人の行動に表れるもの。

 

 

 

 

子供達には置換力を身につけさせたいです。

そのためにやれることは一つ。

自分が置換力を発揮することです。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

5月

24日

主体性があればなんでもできる

Yeah Man!

 

 

 

 

元気があればなんでもできる

と言ったのは

あんときの、どんときの?、そんときの、いや、

アントニオ猪木さん

 

 

 

19年塾講師をして、生徒を見てきて思うことは

主体性があれば勉強はできる

というか、それこそなんでもできるということ。

 

 

 

ということは、

聡明舎の仕事は子供の主体性を引き出すこと。

いろんな手段・方法を講じていますが、

未だこれさえやっておけば大丈夫という絶対の方法は見つかりません。

それでも最低限これだけは必要だよなと思うことはあります。

それはやってる側が主体的であること。

これは間違いなさそうです。

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

5月

17日

間接経験

Yeah Man!

 

 

 

 

やる気とか能力は経験によって得られます。

これは必ずしも成功経験からとは限りません。

失敗経験から得られることもあります。

つまり、大事なのは行動することです。

成功でも失敗でも、それによってやる気や能力が得られるのなら

とにかくやってみるということが大切になります。

もちろん、闇雲に、ろくに準備もしないで、とかいうのでは

やる気も能力も得られません。

だから考えて、準備して行動することは大事です。

しかし、それを気にしすぎて腰が重くなるくらいなら多少向こう見ずくらいのほうが

トータルで考えればやる気や能力をたくさん得られるかもしれません。

 

 

経験には二種類あります。

先ほど書いたのは全て直接経験です。

自分で行動し、自分で得た経験ということになります。

一方で、間接的な経験というのもあります。

誰かの経験談を聞いたり、本を読んだりということです。

 

 

間接経験からはやる気や能力が得られないかといえばそんなことはありません。

もちろん、僕自身のことを振り返れば、

間接経験だけに頼っていると頭でっかちで理論だけ達者になりがちです。

得られるやる気も長続きしにくく冷めやすい。

だから、間接経験で得られた知識ややる気は、

実際の行動に移して初めて自分の血肉になると思います。

 

とはいえ、そういった事実を把握するのであれば

直接経験だけに頼るより間接経験もうまく活用したほうが経験値は増やせます。

それは直接経験だけに頼るよりやる気とか能力を向上できるということです。

 

 

 

 

最近、何人かの卒業生が顔を出したことをここにも書きましたが、

一期生の鬼木が顔を出してくれました。

そこで最近の彼の活動や経験したことを聞きました。

今回は詳しいことを書くことはできないのですが、

(いずれ近いうちに書くことになると思います)

その話を聞いてものすごいやる気を受け取りました。

気持ちが上がりました。

もちろんこの気持ちはすぐに冷める可能性があるので、

自分の生活に、仕事に活かして初めて血肉になるとは思うのですが、

非常にいい話を聞けました。

 

 

 

 

やりたいことをきちんと持って、

誠実に具体的に形になる方法を考えて行動する。

 

なんか良いタイミングで、聞きたい話を、良いヤツから聞くことができました。

 

今日の授業は気合が入ります笑

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

5月

10日

情報を能力に変える

Yeah Man!

 

 

 

 

先日、テレビで某バラエティ番組がやっていて、

特に興味もないのについ引っ張られて見ている自分に気づきました。

 

もう数週間前になると思いますが、

ある有名な脳科学者が、

お笑い業界に対し「お笑い界は終わっている」とのコメントをしたことで

お笑い界の重鎮達からマスコミを通じてかなりとっちめられた

というニュースを目にしていて、

その脳科学者が真相を告白するという番組でつい気になってしまったのです。

その日はなんとか風呂に入るという行為でテレビと決別しました。

 

 

 

 

そんな自分に気づきながら、

とある本(確か本です)で読んだ内容を思い出しました。

現在、世の中は情報過多です。

すべての情報を取り込むことはもちろん、

すべての情報に目を通すことすらできません。

そんな中で、自分に必要で有益な情報はごく一部です。

まずはそれをしっかり選別する能力が必要です。

そして、自分に必要で有益な情報は自分の中に取り込む必要があります。

最初からよっぽどの興味とワクワク感が伴えば別ですが、

多くの場合、ここでは努力が必要です。

繰り返し、五感をフル活用して、目標を設定して…

といった工夫と努力を費やして

自分の中に取り込んだものを知識と言います。

ここでいう知識とは、それを使って思考や推察ができたり、

会話の中で自由に用いることができるくらい自分のものにしたものを言います。

そして、知識とは持っているだけでは宝の持ち腐れで、

それを自分の外側に発信することで初めて役に立ちます。

例えば、自分が直面する問題解決に用いたり、

例えば、それらを用いて新しい何かを創造したり、といった具合にです。

そのためには知識を用いて思考したり、

推察したり、

会話や説明をしたりといったことを、

何度も行うことで使い慣れた道具に、

もっと言えば、自分の手足のようにしていくことが大切です。

 

最終的に問題解決能力や創造の力に変えられれば、

それは受験であっても仕事であっても、何に対しても役立ちます。

聡明舎が勉強を通じて子供達に身につけてほしい能力です。

この能力の第一歩目は情報の選別ということですね。

 

 

 

 

まずは自分がしっかりやっていかねばとは思うのですが、

つい、必要のない情報に引っ張られる自分が結構いたりして…

子供達が同じように情報に流される気持ちもわからなくありません。

 

ま、必要ない情報が気になるのもゼロにはできませんし、

それで何かが身につくこともあります。

そして、そういったことがゼロになったらロボットみたいになっちゃうので

うまいことバランスをとることが大事ですかね。

という言い訳をしつつ、

彼らにもしっかりバランスをとるように伝えていこうと思います。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

5月

03日

川崎宗則

Yeah Man!

 

 

 

 

今回は独り言みたいな話です。

勝手な趣味というか趣向の話なので興味のない方には、

ひょっとするとある方にもそんなに面白い話ではないかもしれません。

 

 

 

 

聡明舎の校舎内の壁のあらゆる場所にいろんなものが貼ってあります。

見ると元気が出るものや、楽しい気持ち、やる気になるようなものです。

いろんな講師がお手製で作るのですが、

中でも古謝の作る制作物が生徒たちから人気です。

特にそこに描かれる言葉の書体なんかは50音で全て手本が欲しい、

と言われるくらい確かに素敵な書体です。

それらの制作物の中で瀬谷校のトイレに座ると必ず目に入るものがあります。

座った時の壁の正面に貼ってあるのです笑。

「あなたがいるだけで明るくなる。そんな人になりたい。」

というもの。

 

 

 

 

プロ野球が始まって一ヶ月が経ちます。

聡明舎の野球少年たち数人にリサーチしたところ

やはり今一番人気は現在残念ながら怪我を乗り越えている最中の大谷翔平選手。

僕が少年野球をやっている頃には二次元の世界にしかいなかったような選手。

そのほかにも、筒香選手、山田選手、坂本選手、菅野選手、則本選手などなど…

今のプロ野球には実力派のスター選手がたくさんいます。

そんな中、今季6年ぶりに日本球界に復帰し、

つい一週間ほど前にようやく一軍に登録され、

現在先発メンバーでもなく、試合に出る機会もほとんどないにもかかわらず、

チームの勝利に間違いなく影響していることがわかる選手がいます。

まさに「あなたがいるだけで明るくなる。そんな人」です。

選手の名は川崎宗則選手。

この6年、憧れのイチロー選手を追いかけ日本球界での高額年俸を蹴って

メジャーリーグに挑戦。

なかなか一軍、あるいはレギュラーには定着できない6年でしたが、

メジャーでもその人気は日本球界同様、

いや、アメリカという国の性格上、

それ以上といっても過言ではなかったかもしれません。

もちろん、野球選手としての技術の高さは一級品です。

メジャーリーガーになれるのですから当然です。

しかし、川崎選手には結果だけでなく、

いや結果そのものよりも単純に見ていたい笑

そんな気持ちにさせてくれる選手です。

味方選手が調子が悪いと呪いを解く仕草を常に試みたり、

味方選手がホームランを打てば

撃った本人以上のパフォーマンスで喜びを爆発させます。

また、それがふざけているように見えることもあるのですが、

本人はいたって真剣。

彼が二軍にいる時は二軍チームが勝ちまくり、

一軍に合流した後はその後の戦績が6勝2敗で

4位だったチームは一気に2位に浮上。

どこまで…というのは具体的に測れるものではありませんが、

間違いなくチームの勝利に影響しているのは事実です。

 

 

 

 

結局だから何?って話なのですが、

すごく夢のある選手で好きな選手ということです。

今季の川崎選手の活躍を楽しみに、応援している一人です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

4月

26日

夢を叶える

Yeah Man!

 

 

 

 

今週も面白い卒業生が来たので書きます。

 

 

この子は中学のときから将来の夢が決まっていました。

それはテレビのアナウンサーになること。

プロ野球、特にジャイアンツが好きで、実況中継をしたかったのです。

もともとの資質として好きなことにはトコトンのめり込むたちで、

勉強を好きになることができるようになる近道であるという

聡明舎の考えとピッタリはまり中学時代も楽しく通ってくれていました。

 

 

彼の入れ込みかたは半端がなく、

野球観戦に行くときはラジオ実況を聴きながら観戦するとか、

家でテレビ観戦するときは音を消して自分で実況するとか、

あるいは、その昔聡明舎に草野球チームがあったときには

その試合を実況しに首から画板をぶら下げてやってきたりと

普通の人から見れば常軌を逸した入れ込みようです。

僕としてはそういう生徒はお気に入りボックスに入れてしまうので、

かなりの期待を持って眺めていました。

 

 

中3の後半になると、

家でとっていた報知新聞(ようはジャイアンツ新聞)の競馬欄に興味を持ち

読み込んでいるうちに競馬の魅力にとりつかれます。

すると今度は競馬の実況にも自主的に取り組み、

自分で競馬新聞を作ってしまう入れ込みよう。

知っている人はわかると思いますが、

スポーツ新聞の競馬欄の細かさは半端ないです。

それを手書きで作成するっていうんですから、もはやついていけません。

 

 

そういう奴って、

好きなことはトコトンだけど勉強はてんでダメって奴と

物事に対する入れ込み方そのものがわかってて、

勉強もできるって奴がいます。

この卒業生は後者の方で、勉強もよくできました。

高校生になってからは聡明舎に通っていなかったのですが、

大学は某テレビ局アナウンサーになるための登竜門だという

早稲田に現役合格。

合格後も放送部に所属し早慶戦などの実況活動を行ったり、

アナウンサー養成学校にも自主的に通うブッコミっぷり。

大学生になってから何度か野球観戦(巨人戦)に誘われているのですが

まだ一緒に行けてないのが残念なところです。

 

 

そんな彼が、久しぶりにチロっと顔を出しに来たのです。

聞けば、ニッポン放送のアナウンサー枠で内定をもらったとのこと。

ニッポン放送といえば

オールナイトニッポンという怪物番組を擁するラジオの雄。

スポーツ中継も、

ショウアップナイター、日曜競馬ニッポンなど歴史ある番組を持ってます。

 

『おいおい、まさかショウアップナイターでお前の実況が聞けるのか?

  まさかG1レースをお前の実況で聞くことになるのか?』

 

「ええ、まあいずれはそうなりたいなと…。」

 

『いや絶対なろう!なったらスゲェな~。

 東京ドーム行って、

 目の前で生観戦しながらお前に教わった通りにラジオで実況を聞くわけか。

 しかもその実況はニッポン放送アナウンサーのお前の実況だ。

 そらぁ、ドームのイケてるお姉ちゃんから買うビールの味も格別だろうねぇ。』

 

 

 

 

いや今からその日が楽しみで仕方ありません。

夢をまさに叶えようとしているのはすごいことです。

ちなみに他にどんな就職活動していたのかを聞き、

彼が夢を叶えそうであることに納得できました。

 

 

アナウンサー系の企業は他にも1社訪問していたそうです。

その他はアナウンサー系ではなく、

東京ドーム、JRA日本中央競馬会、DeNAベイスターズ球団、

といった企業を訪問していたそうです。

これらを聞くと彼はやりたいことがハッキリしていることがわかります。

彼は野球や競馬となんらかの形で関わりたいのです。

アナウンサーはその一つの形です。

しかし、アナウンサーは志望すれば誰でもなれるものではありません。

どちらかというと狭き門です。

もし、アナウンサーだけの決め打ちで就職活動をしていたら、

就職できない可能性も出てしまいます。

アナウンサーでないとやりたいことができないと決めつけていたら

話が前に進まなくなってしまいます。

アナウンサーになりたいのはなぜだったか?

きっと彼はそこを真剣に考えたはずです。

それはプロ野球や競馬が好きで、

それと関わる一つの形がアナウンサーだと行き着いたはずなんです。

だったら、世の中てきにアナウンサー狭き門なら、

アナウンサーがダメだったときの

二の手、三の手といった保険も考えておかねばなりません。

そうでなければ、アナウンサーがダメなときは

興味がないことを仕事にしなければならなくなってしまうかもしれません。

もちろん、

始めは興味がなくても関わるうちに好きなことになることもあるので

それが悪いというわけではありません。

しかし、彼はやりたいこと、好きなことがハッキリしていたのです。

だからこそ、アナウンサー以外にも多くの手段を考え行動していたのです。

今回、もし彼がアナウンサーがダメだったとしても、

万が一、訪問していたすべての企業から内定がもらえなくても、

彼はきっと、やりたいことをやるという夢は叶えていたことと思います。

彼の行動からそのバイタリティが伝わってきます。

 

 

植松さんもよく言っていることですが、

やりたいことや好きなことが夢であり、目的です。

職業、あるいは企業就職はその手段の一つに過ぎません。

つまり手段に関してはそれこそ数限りなく存在するはずです。

就職活動をするときは、

なりたいものより先に、

やりたいことをハッキリさせてから作戦を立てるべきです。

そうすればなりたいものは自ずといろいろ出てくるのではないでしょうか?

他の人から見れば、関連性のない幾つかの企業や発想は、

本人から見れば同じ集合の要素に見えるのです。

 

 

 

 

『そういや、オレ今でもあのときのコピー持ってるぜ~』

 

「えーっ!あんなの今でも持ってるんですか笑!?

   っていうか、よければ僕にも欲しいんですけど!」

 

『コピーのコピーでよければやるよ。

  っていうかお前が作ったやつだから、

     やるっていうかお前のだけどな笑』

 

僕の宝の一つが数年のときを超えて本人の手元に戻りました。

 

 

 

 

 

 

まぁ今みてもハンパない笑

 

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

4月

19日

開平法

Yeah Man!

 

 

 

 

今回は数学の話なので、興味のない方は面白くないかもしれません。

 

先日、大学1年生になる学年の卒業生が顔を出しました。

この生徒は大学には進学せず、

航空整備士の専門学校に進学しました。

聞けば、数学の質問があるとのことです。

専門学校でももちろん学科もあるわけで、

その数学の問題が分からないというのです。

 

 

 

 

見てみると、ある数字の平方根を答える問題です。

平方根とは平方(2乗)するとその数に戻る元の数のことです。

例えば、

9の平方根は±3

4の平方根は±2

25の平方根は±5

100の平方根は±10といった具合です。

しかし、数字が大きくなってくると、

簡単には浮かばなくなってきます。

そこで中学数学では、

素因数分解を用いて大きな数の平方根を見つける方法を学びます。

つまり、この卒業生も中学時代に習っていることなのです。

しかも聡明舎で(炎怒炎)

 

 

18歳が中学時代に習ったことができない?と驚くかもしれませんが、

この卒業生の名誉のために、

このような事例は珍しくないということも書いておきます。

みんな驚くくらい簡単に習ったことを失っていきます。

受験に必要な時は覚えていても、受験が終わるとともに失われていく…。

この仕事をやっていてとても悲しくなる現実です。

多くの生徒にとって勉強は受験の世界のことであって、

現実世界と結びつけて長期記憶にできている生徒は少数です。

少数派の生徒を多数派に変えることが聡明舎の使命です、が、

今日はその話は本題から逸れるのでここまでにします。

 

 

兎にも角にも、その卒業生はその方法を忘れていて

大きな数字の平方根を求められず、助けを求めにきたのです。

まったく、中学時代だれに数学習ってたんだよ!連れてこい!

って俺じゃねーか!

などと一人ノリツッコミで嫌味を言いつつ説明します。

すると、中学時代に習ったことを思い出し、

「そういえばやりましたわ!と表情を明るくします。

「いや、でも専門学校で違うやり方でやってたんですよ。」

『違うやり方?でも、これでわかったんだろ?

  もう1問はここでやってみろ!』

「……先生、やっぱりできません…」

『お前ね、今やったばっかりだろ?』

「でも、マジできないっす。」

『見してみろ』と受け取り、まったくな~と思いながら解こうとすると

うんともすんとも解けないのです。

中学数学の方法でいくら割り算しようにも

まったく割れる数字が見つかりません。

ちなみにその問題は28121809の平方根を見つけなさいという問題。

この数字、2でも、3でも、5でも…、

7、11、13、17、19、23、29、31、37、41…

とにかく全然割れないんです。

 

 

あらら?ちなみに答えはあるの?と聞くと、

解説はないんですけど答えは写してきましたと、

見ると、±5303という答えです。

確かに5303×5303=28121809となります。

5303?どんな素数でできてるわけ?

と、これも割ろうとしてもまったく割れません。

あら?これひょっとして素数(1とその数自身でしか割れない数)?

ネットで調べてみると5303は素数でした。

『えーっ?こんなん出るの?

  ちなみにどうやって見つけるのよ?

    専門学校の先生どうやって解いてたの?』

「なんか割り算の筆算みたいなのしてました。

  よくわかんなかったんすよ~」

気づけば授業が始まる時間が迫っています。

そこで一旦預からせてもらい、

二日後までの宿題とさせてもらいました。

 

 

授業が終わって早速調べてみると、

『開平法』というやり方を見つけることができました。

やり方を見てみるとまさに割り算の筆算のような形で解くのです。

この仕事をして19年も経つのに恥ずかしい話、初めて見ました。

さらに調べてみると、

僕らより上の世代の人の教科書にはコラムとして載っていたそうなのですが

現在の指導カリキュラムでは教えていないとのこと。

この方法を使うと√2や√3などの小数点以下も

どんどん調べることができます。

すごい!面白い方法を知ることができました。

いつか数学大好きクラブとかで話してやったら子供たちも喜びそう(笑)

 

二日後に卒業生に説明し、すっきりさせ、その代わりに、

聡明舎の子供たちに航空整備士を希望する子が現れたら、

その後輩のために小学、中学、高校の勉強が繋がってるから頑張れ的な

話をしに来ることを約束させ、また質問があったら来るように言いました。

なかなかナイスな報酬もゲットです(笑)

 

専門学生や大学生といったより社会の問題に近い問題を抱えている生徒の

問題解決を手伝うことはこちらの勉強や発見につながることが多くて

とてもいいです。

久々になかなかのドーパミンが出た話です。

僕の場合、簡単な発見でドーパミンが出るのでコスパがいいです(笑)

 

 

 

 

ちょっとしたことで、

発見と

ドーパミンと

子供のモチベーションを上げてくれそうな仲間ができたって自慢話です(笑)。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

4月

12日

主役

Yeah Man!

 

 

 

 

小学校5年生のとき、

今でも良い先生だったな~と思う先生が担任でした。

よく褒めてくれる先生でした。

僕もよく褒めてもらいました。

もちろん、特定の誰かだけでなく万遍なく褒めていました。

褒め方も秀逸で、個人の長所をよく見てくれているのがわかりました。

なので、自分が認められていることに満足していたこともあり

周りの誰かが褒められているとき、

素直に「あいつはすごいな~」と思って見ることができました。

 

 

 

 

そのクラスに、忘れ物が一向になくならない、

また課題もまったくやってこれない生徒が一人いて、

他にも様々なことでクラスの和を乱してしまう存在でした。

担任の先生はその彼についても、もちろん褒めていました。

ただ、同年代の中にあっては、

その彼には特に親しい友達もできず、

周りも問題児扱いをして浮いていました。

問題児扱いどころか、

問題としてすら捉えていない無干渉な状態とも言えました。

 

ある時、担任の先生が話をする機会がありました。

それは、このクラスは個性豊かな人が揃っていて

みんなそれぞれ違った長所を持っている本当に良いクラスなのに、

クラス全員が達成するということに対して、

関心が持てないことがあるのが唯一残念だ。

そんな話でした。

その彼のこと、あるいはその彼に対する周りの対応、

それらを指して話していたのかまでは分からなかったのですが、

その時自分には、となりの席に座っていたその彼のことが頭に浮かびました。

帰りのホームルームの時、翌日の持ち物や課題を言われ自分のメモ帳に書いた後、

いつものように何もしないでボーッとしているその彼に

メモ帳を持っているか聞き、カバンから出させ、

自分なりにメモの取り方を指示してメモを取るよう促しました。

きっと無視するだろうな~と思っていたのですが、

その彼は意外にも素直にメモっていました。

ホームルームが終わり、

その彼を呼び出しすことが日課になっていた担任の先生が、

いつも通り教卓にその彼を呼び出したのを横目に見ながら友達と教室を出ました。

 

翌日のホームルームで担任の先生が

みんなに話したいことがあると言い始めました。

すごいことが起こった。

今まで何度注意しても一度もメモを取らなかったその彼が初めてメモを取った。

しかも、持ち物も課題も忘れなかった。

ものすごい成長だ。

こんな話でした。ものすごく嬉しそうに話していました。

そのあと、それができたのは僕のおかげだという話になりました。

昨日、メモを取っていたことにびっくりして、どうして取ったの?と聞くと、

僕にメモを取るように言われた、と話してくれたというのです。

担任の先生は紅潮した顔を向けて本当にありがとう、素晴らしいことだ、

と大きな声で言ってくれました。

クラスの問題を自分の問題としてとらえてくれた出来事が本当に嬉しい。

そんな風に全体に興奮気味に話していました。

 

 

 

 

ちなみに、非常に残念なことに、

この出来事で僕に正義感が特別育ったわけではなく、

こんなことをした記憶は後にも先にもこれ以外に特にありません。

ただ、この時の、この出来事の記憶はものすごく鮮明で、

こんな歳になった今でもよく覚えています。

おそらく、全体の問題を自分の問題としてとらえられた初めての記憶です。

ひょっとするとこれが初めてではないのかもしれません。

そして、自分の問題としてとらえたなんていう

大げさな意識でしたことでもなかったと思います。

しかし、担任の先生がここまでドラマチックに演出してくれたおかげで

そうだと自覚して思い出せる一番古い記憶にしてもらうことができました。

 

 

 

 

同じようなアプローチで、

さまざまなことを聡明舎の生徒達にも伝えていきたいと思う自分がいます。

こんな連鎖につながるなんて、

あの時の担任の先生はどう思ってくれるでしょう笑?

 

子供達自身にやらせる方法を考えなければいけません。

子供達の記憶に鮮明に残るような演出をしてあげなければいけません。

主役は子供達です。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

4月

05日

先生

Yeah Man!

 

 

 

 

僕らの仕事は子供達や保護者の方々から「先生」と呼ばれます。

最初こそ「先生」と呼ばれることに「違和感」を感じるものですが、

時間とともに慣れていきます。

そして幾らかの経験を積み、少なからぬ自信を持っていきます。

自分の教えた生徒の点数や成績が伸びることで教え方に自信を持ち、

関わった生徒がやる気を持つことで関わり方に自信を持ちます。

もちろん、そうやって「先生」という仕事では成長していくのです。

しかし、ここに落とし穴があるのも事実です。

教え方への自信が強すぎれば、

自分の教え方以外の方法を許容できなくなるかもしれません。

生徒との関わり方への自信が過ぎれば、

やる気の出せない生徒を簡単に見限るようになるかもしれません。

普段から「先生」「先生」と呼ばれることで

敬われることが当たり前になってしまうという落とし穴。

本当に気をつけなければなりません。

仕事を始めた頃に持っていた「違和感」は決して失ってはいけないと思います。

完璧な人間なんていないのです。

子供が成長する過程を通じて、自分も気付きと成長を受け取っている。

「先生」なんて何年やっても知らないことやできないことがいくらでも出てきます。

そういう不完全な自分を受容し、子供たちと一緒に学び、成長しようと努力する。

それが先生という仕事なんじゃないかと考えます。

 

 

 

 

一方で、「自分なんて先生をやる資格がない」と尻込みする先生もいます。

謙虚な気持ちを持つことはもちろん大切ですが、

それも過ぎたるは及ばざるが如しのような気がします。

繰り返しになりますが、完璧な人間なんていないのです。

つまり、極論を言えば、

「先生」ができる人などこの世にいないということです。

どのような性格にも、先生として落第な面もあれば、

先生として非常に大切で有用な面もあります。

大事なのは落第な面を持っていることを常に忘れず、

自分の有用な長所を十分に活かす方法を考えることです。

生徒を前にして、ちゃんとした先生でいないと…

そんな風に考えるよりも、

成長したいと願っている仲間のために

自分にできることはなんだろう?と考える。

そんな、先生と生徒である前に仲間なんだという意識が大切だと考えます。

 

 

 

 

きっと、どんな仕事でも同じだと思いますが、

自信と過信は紙一重ですし、謙虚と過小評価も紙一重。

講師という仕事は

過信になりそうな時は謙虚に、

過小評価になりそうな時は自信を持って、

常にグルグルとバランスをとりながら取り組む仕事です。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

3月

29日

新年度が始まりました

Yeah Man!

 

 

 

 

今年の春はなかなか暖かくならず、桜の開花も例年よりも遅いです。

中学校や高校の入学式も満開にはならないかな?

聡明舎は3月25日の春期講習から新年度が始まりました。

この春も多くの体験性が春期講習で体験してくれて、

気に入った生徒が正式入塾してくれました。

多くの新規生徒を含めて新しい聡明舎が始まりました。

すごく楽しみです。

 

 

聡明舎では約一ヶ月の体験期間を通じて

本当に聡明舎にあっている生徒やご家庭に正式入塾してもらっています。

体験期間中は生徒やご家庭に任せるだけでなく、

聡明舎の方でも本当に生徒にあっているかをよく見ています。

聡明舎という学習環境は世の中の全員の人にあっているとは思っていませんが、

聡明舎があっている人、気にいってくださる人は必ずいます。

だから真剣に学習環境を探している人には一度は体験して欲しいと考えています。

そしてもし、体験してみて聡明舎があっていなくても、

あっている学習環境は必ずどこかに在ります。

大事なのは、本人が本気で頑張れる場所を真剣に諦めずに探すことです。

子供達は、できることなら勉強ができるようになったり、

勉強を楽しみたいと思っています。

そのためには本人が本気でやるということが不可欠だからです。

 

 

4月7日から一学期が開講しますが、

4月無料体験ももちろん実施しています。

あっている学習環境を探している方、

真剣にできるようになりたいと考えている方、

勉強は本来楽しいものだということを実感したい方、

一度体験してみてください。

ご連絡お待ちしています。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

3月

22日

前提が大事です

Yeah Man!

 

 

 

 

「できた!」「わかった!」「そういうことか!」

勉強を通してこのような思いを感じたとき脳は快感を感じます。

一説によれば、ドーパミンなる物質が脳内に出ているのだそうです。

人間はこの快感を求めてより難しい問題に挑みます。

難しい問題を解きたいという気持ちは本来誰にでも備わっているのです。

 

最初、ドーパミンを大量発生させた問題も

二回目以降の「できた!」ではドーパミンの量が減っていきます。

そして何度も説いていると、ついにはドーパミンが出なくなります。

それは、その問題が普通にできるようになったことを意味します。

できるようになるとはそういうことです。

 

より強い快感を得るためにはまだできたことのない問題、

より難しいと感じる問題でなければならないのです。

しかし、多くの生徒は

すぐ解けないと、すぐわからないと、

イライラしたりやる気をなくしてしまいがちです。

すぐに解ける問題なんて

ドーパミンの量もたかがしれてるか、出ないかのどちらかです。

そんな問題ばかり解いていたら、勉強なんて面白くないと言うもの当然です。

 

このイライラはどこから来るのでしょう?

おそらく前提が間違っているのだと思います。

勉強に関して、

1問目からできなければいけない。

1問目から間違ってはいけない。

1問目から失敗してはいけない。

そんな前提を持っている気がしてなりません。

もしその前提が正しいとしたら、

勉強でのドーパミンの発生は諦めなければなりません。

なぜなら、できない問題でこそ発生するものだからです。

 

勉強に対する正しい前提は、

何回やってもいいからできるまで工夫し、諦めないこと。

であるべきです。

最初からできなくても、最初から覚えられなくても、

そんなのでやる気をなくしてたら、ドーパミンが出る日が来ない!

 

 

あの快楽を脳が感じるということは、

人間が学ぶ生物、難しい問題に挑むことを好む生物

であることの証ではないでしょうか。

 

学ぶとは本来楽しくて気持ち良いものです。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

3月

15日

食事と一緒

Yeah Man!

 

 

 

 

「昨日は8時間も勉強しました!」

試験前にこのように報告してくれる生徒が時々います。

意気揚々と報告をしてくれるということは、

普段、学習するクセがあまりついていない、ということにもなるのですが笑、

強い達成感と、自分にもできたという喜びを伝えたくなるのだと思います。

実際、1日8時間でも勉強できるということの証ですし、

これをきっかけとして継続して勉強するクセがつくこともありますので、

頑張りをきちんと認めた上で、

継続できるとさらに効果は高いよな、といった話をします。

 

 

 

 

勉強はある1日だけ長時間取り組んでもあまり効果が上がるものではありません。

また、本人にとって負荷の低い問題をたくさん解いても同様です。

それは筋トレに似ています。

常に負荷のかかった状態で、一定期間継続して取り組んで初めて効果が出ます。

 

 

 

 

子供達にはよく、勉強は歯磨きと同じだ、という伝え方をします。

「昨日は久しぶりに3日分歯磨きしました」ということはありません。

歯磨きは毎日します。なぜなら気持ち悪いからです。

つまり、勉強しないで寝る、あるいは1日が終わるということが

気持ち悪いと感じるくらい日常化するのが理想ということです。

勉強は、ためてまとめてやるというものではないのです。

繰り返しになりますが、そのようなやり方をしても効果は上がりません。

 

 

 

 

先日、バラエティ番組を見ていたら、

同じようなことを別の例えをしていて眼からウロコでした。

食事は1日3回、途中、間食もするでしょうという話でした。

つまり、食事に例えていたのです。

1日の必要カロリーが分かっているからといって

夜11時過ぎに全ての食事と間食を一気にとったら、

まず入りますか?ということ。

たとえ入ったとしてそれは体のためになりますか?ということでした。

そうです。その感覚なのです。

毎日行うことも当然ですが、

嫌いだからといって1日のある決まった時間の中で

まとめて我慢して詰め込んでも効果は上がりにくいです。

細かい隙間時間も利用して、

1日の何箇所かに振り分けてする方が効果は高いです。

それを見事に言い当てた例えだったので非常に共感できました。

今後子供達にはこの例えで伝えていこうと思いました。

 

バラエティ番組もたまには勉強になります笑。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

3月

08日

ぽっかり寂しい季節です

Yeah Man!

 

 

 

 

この時期の瀬谷校や高校部はいつになく寂しいです。

毎日のように自習に来ていた中3と高3が来なくなる時期だからです。

中3に関しては高校準備講座に参加してくれる生徒もいますし、

将来、高校部に通う生徒もいるのですが、

高3に関してはいよいよ巣立ちの時期なのです。

 

 

毎年変わりませんが、今年の高3も思い入れの強い学年です。

中学生の頃から担当していた生徒や、

高3になって授業を見ていた生徒、

一緒に授業を受けた生徒もいます笑。

 

 

私大の受験がだんだんと終わっていき、

国公立の前期受験、後期受験がおわると、

自習に来る高3もいなくなります。

本当に毎日、本当に長い時間いた生徒が急にいなくなるので

なんともぽっかり穴の開いたような教室です。

毎年同じことなのですが、決して慣れることはありません。

きっと彼ら高3生たちも同じような気持ちを感じているはず。

 

 

 

 

とはいえ、感傷的になって時間を止めている場合ではありません。

高3が来なくなることはつまり、

新高3、あるいはその他の新学年の始まりを意味します。

しっかり準備して新学年の春期講習を迎えようと思います。

 

 

どの生徒たちとも、卒業するときに

いまの高3生たちと同じように会わなくなるのが寂しくなるような

中身の濃い時間を一緒に過ごしていこうと思います。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

3月

01日

はのないはなし

Yeah Man!

 

 

 

 

とてもくだらない話です。

 

 

 

最近歯の治療をしてます。

その関係で一部が仮歯です。

先日、食事をしていたら、ガリッと石を噛んだような歯ごたえ。

口から出して見てみるとその仮歯でした。

って、簡単に書いてますけど「ヤベーし!」とかなり焦ってます。

というのも、その仮歯は歯科的に言えば上顎左3番、

映画で言えば準主役、野球で言えばクリンナップ打者と言えるくらい

人の顔をあらわす上で、数ある歯の中でも重要メンバーだからです。

 

鏡の前に立ち、ニッとしてみると

レレレのオジさん級に間の抜けたオジさんがこちらを見て笑ってます。

とはいえ、歯医者の予約はまだ先。

そしてその予約までの期間には、

聡明舎の新年度から始まる挑戦を僕から保護者の方にお伝えする

「保護者会」が全部で5本も入っていましたし、もちろん授業もあります。

それを考えた瞬間、

鏡の中のレレレのおじさんから血の気が引いていきました。

そして、慌てて仮歯を押し込みました。

 

最初に外れた時には押し込むだけで一旦収まりがつきました。

ところが翌日また食事をしているとガリッとなったのです。

そこからは外れるたびにどんどん外れやすくなっていきました。

一方で、最初に取れた時に強烈に感じていた「やばい感」も

少しずつ薄れている自分がいます。

色んな意味で慣れって怖い。

 

 

そんなある日、中二の生徒と話す機会があり、

地力はあるのになかなか結果の出せていない生徒だったので

話もだいぶ熱っぽくなっていました。

自信を持ちきれていない生徒になんとか前を向いて欲しいと願い

話の熱のギアをさらに一段上げた瞬間!

 

口の中から前列3番目の重要メンバーが口から飛び出していったのです。

話していた生徒の目は1.3倍ほどに大きくなり、

状況をうまく飲み込めない様子。

しかし、

その後ろにいた3人の別の生徒の目線がたまたまこちらを向いていて、

「なんかデターッ!」と悲鳴があがります。

チッ目撃者がいたか、と意外と冷静に頭の中でひとりごちつつ、

「歯っ歯っ歯っ!」となんとか嘘をつかずに笑ってごまかすのが精一杯。

レレレのオジさんスマイルを4人に浴びせ、

重要メンバーを拾い上げて流し場へ行き、

さっと流していつものポジションに戻します。

生徒のもとに戻り何もなかったかのように話の続きを始めると

狐につままれたか、イリュージョンでも見たかのような表情の生徒たち。

 

 

こいつはまずい…

生徒の前ならまだしも、このあと保護者会がある…。

しかも1日で3回も話をする日もある…。

 

保護者会当日、

もはやきちん整列する気がない重要メンバーは、

ちょっとした衝撃で簡単に整列から外れるようになっていました。

舌先でのサポートが必要なくらいルーズなメンバー。

果たして今日1日乗り切ることができるのか?

 

最初の保護者会、2回目の保護者会、3回目の保護者会と

何度か危ない場面はありながら、なんとか乗り切ることができました。

だいたいこういう不安を抱えている時は

何かしらのトラブル、事件が発生するのが常の人生でしたので、

乗り切れてしまったことに逆に拍子抜け。

 

 

ところが、事件はそのあと待っていました。

校舎に戻る車中、

松尾、楠本と保護者会の緊張もとけて、くだらない話に花を咲かせているとき、

楠本の何気ない一言に爆笑した瞬間!

重要メンバーはまたもジャンプして脱走。

今度はなんと車のシートの隙間に逃げ込み籠城を決め込む始末。

これが、いま芸能界でも流行りの突然引退?まさか!うちの歯に限って!

うろたえて、隙間を覗き込むも全く姿が見えません。

どうする?

パッと顔を上げて助けを求める視線を二人に向けると、

すでに爆笑モードに入っていて全くの役立たず。

二人の爆笑をBGMに校舎の駐車場に戻り、

極寒の夜の駐車場で、スーツ姿で跪く3人。

必死に探しているのが上司の歯だなんて、

通る人たちは思いだにしなかったでしょう。

 

もはや爆笑にも耐えられない満身創痍のメンバー。

翌日には、くしゃみをすると飛び出す始末。

山﨑と真剣に教室のことを話している時、くしゃみでピョン!

ついには授業中に生徒の解答に笑った瞬間、ピョン!

 

…その他色々ありましたが、

ようやく歯医者に行ってきます。

 

治る嬉しさと、笑えるの日々に対するロス感と、

なんだか色んな気持ちが交錯します。

 

 

芸能人は歯が命。

芸能人でなくても歯は大事です。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

2月

23日

19周年ありがとうございます

Yeah Man!

 

 

 

 

2月23日は聡明舎の創立記念日です。

なんと、19周年を迎えることができました。

これもひとえに、今まで通ってくれた生徒たちや

支えて下さった保護者の方々、

そして何より、今現在通ってくれている生徒たちや

支えてくださる保護者の方々のおかげです。

 

本当にありがとうございます。

 

 

 

 

そんな聡明舎が還元し続けなければならないのは

「より良い学習環境」です。

我々はどんなときも現状に安住せず、

「よりよく」を考え、その実現に向けて行動し続けなければなりません。

 

今年も一年、その実現に向け、

スタッフ一同、全力を注いでいこうと思います。

よろしくお願いします。

 

 

 

もりすえ

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2017年

2月

15日

勉強は楽しいよ

Yeah Man!

 

 

 

 

学問には幾つかの楽しみが集約されています。

 

 

 

 

まず何と言っても「知る」楽しみです。

「調べる」楽しみといってもいいです。

この楽しみを感じることは

幼い頃から備わっている人間の性質でしょう。

自分の人生になかった新しい何かを知るってとても楽しいことです。

だから、知らないとか分からないはマイナスな状態ではありません。

知らない、分からないがマイナスだという認識では

それを隠そうとしたり、自分には興味や意味がないと決めつけて、

せっかくの知る機会や調べる機会を失います。

防衛機制で大きな楽しみを失わないためにも

知らない、分からないは決してマイナスでないということを

何度も何度も繰り返して自分に刷り込むことが大切だと思います。

 

 

 

 

そして、知ったことを「使う」楽しみがあります。

知識というのは知識のままでは役に立ちません。

現実世界、つまり実際の生活で使ってこそ意味があります。

頭の中の知識でしかなかったものが

現実世界でうまく使えた時の喜びはなんとも言えません。

単なる知識でしかなかったものが現実の現象として捉えられた時、

喜びとともにさらなる理解と定着になります。

知った時と同等の、ひょっとするとそれ以上の楽しみかもしれません。

自分は知るのも好きですが、使う方が好きです。

 

 

 

 

さらには、知ったことを「教える」楽しみがあります。

ここに関しては知るだけでなく、それを使えるようになってから

楽しんだ方がいいかもしれません。

その方がより分かりやすく、

間違いのないように教えることができるからです。

相手が分からないことを教えてあげて、

分かるようになったと喜ぶのを見て嬉しくなるのも人の性質なんじゃないかな?

そうじゃなければ、人類にこれほど知識とか知恵って広まらなかったと思います。

だから文字って生まれたんだろうし、

書籍や紙ってそのために誕生したんだと思います。

 

 

 

 

他にもあるでしょうけど、

これら、学問の楽しみっていうのは人類共通です。

この楽しみを意識できると勉強の効率が違ってくるはず。

そして、これらの楽しみをたくさん手に入れることが

勉強で結果を出す近道です。

知って、使って、誰かに教える。

このルーティーンを楽しんでやれたら、

できるようにならないなんてありえません。

 

だから、それを実践できる環境を作っていきたいと考えています。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

2月

08日

人の振り見て…

Yeah Man!

 

 

 

 

人が一生見ることのできないもの。

それは、自分の顔です。

鏡や映像にとることで見ることはできますが、

それはあくまで間接的に見ているにすぎません。

眼が前についている以上、直視することはできないのです。

 

何が言いたいかっていうと、

それくらい人は自分のことを客観的に見ることが苦手です。

いや、多くの人を巻き込んではダメか。

僕は苦手です。

 

 

 

 

自分が認識している自分像と、

他人から見た自分像はきっと違いがあります。

小さいものから大きいものまでいろいろと。

どちらが本当の自分なのかという哲学的な話は置いといて、

世の中には自分が認識していない、

あるいは受け入れていない自分像が存在する可能性が高いです。

 

その存在に気付けるのは誰かが伝えてくれた時だけです。

自分像を撮れる映像機器はありませんし、

自分像が映る鏡もないからです。

他人から見えてる自分像からしか知るチャンスがないのです。

なので、これは非常に貴重な意見ということになります。

ところが、これを受け入れるのが難しい。

いや、本当に難しい。つい、反論が口から出ます。

そりゃそうです。自分の認識している自分像と違うのですから。

誤解を解きたいという自分や間違いを正したい自分が現れるのです。

 

繰り返しになりますが、

どちらが誤解でどちらが間違いかはひとまず置いといて、

その存在を知ることが大事と思います。

なぜなら、知ればそれ以降は間違いや誤解につながらないように

気をつけて人と接することもできるからです。

間違いや誤解はそうやって修正するしかないと思います。

だから、身に付けたいのは

受け止める柔らかさというか、広さというか、深さ…です。

なんとか自分の跳ね返してしまう硬さと狭さと浅さを克服したい。

未だ途上中です。

 

 

 

 

一方で、他人のことはよく見えます。

やけに冷静に良い面も悪い面も見つけることができます。

こうすればいいのに、ああすればいいのに、

と、改善点も見えてきます。

「人の振り見て、我が振り直せ」とはよく言ったもので、

そんな時は自分のことに置換してみるチャンスです。

他人の良いと思うところを自分は持ち合わせているか。

他人の悪いと思うところを自分もやってはいないか。

どうしたら身について、どうしたらなくすことができるのか。

そうやって自分像をもう一度見つめ直せば、

自分が認識できる自分像の幅が増えそうです。

そして、それに伴って受け止める力も少しは向上しそうです。

 

最終的には自分像の統合が図れれば一番いいんですけどね。

そこを目指して歩むしかなさそうです。

 

 

 

この考えは個人に対してだけでなく、

会社や組織単位でも同じだと考えてます。

自分たちの認識する組織像と、

他人から見た組織像にはきっと違いがあります。

 

目指すは組織像の統合です。

目標を掲げ、現状を認識し、ギャップの修正という努力を図る。

具体的には

受け入れる力を身につけつつ、

他の組織に対して見えてくることを自分たちの組織に置換する。

個人でやれたらいいこととまったく同じ。

 

やるしかないですね。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

2月

01日

足跡

Yeah Man

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

足跡

 

 

一九九八年三月…

 

決してきれいとは言えない一軒家に、その日も四人の若者が集っていた。

目立たない場所にある一軒家に『聡明舎』の看板を掲げてすでに一ヶ月。

表を通る人が「こんなところに塾?」といういぶかしそうな目で眺める光景にも

もう慣れてきていた。

前を通る中学生の

「こんなところにある塾なんて来るやついるのかよ」

という嘲笑が中まで聞こえてくる。

 

それでも四人は夢に燃えていた。

今までにない、本当に意味のある学習環境を提供するんだという熱意に

どこよりも素晴らしい授業をするんだという決意に燃えていた。

 

しかし、知名度のない地域の怪しげな一軒家で

「聡明舎」

という看板を掲げている新参者に興味を示そうとする動きは

その時まだ起こっていなかった。

そう、看板を設置して一ヶ月

広告を出して半月なろうとしているにも関わらず

その時点で生徒は一人も集まっていなかったのである。

それどころか問い合わせすらなかった。

 

絶対成功するという自信

本当に成功するだろうかという不安

一人も来てもらえないという事実に対する焦り

 

が交錯する中、四人の若者にできることといえば

来てくれた生徒に絶対に満足してもらえるように

自らの授業を良いものにすべく研修に次ぐ研修を重ねることだけだった。

 

朝から晩まで毎日、授業の練習をした。

 

古い一軒家とはいえ

塾を開くために彼らは資金を持ち寄り使い果たしていたので

経済的にも苦しい状態だった。

たった一つのレーズンパンを四人で分ける。

そういう日もあった。

そういう日が続くと不安になることもあった。

自らに厳しく

妥協をせず

ただひたすらに授業力を上げることに専念する他

焦りや不安を取り除く方法はなかった。

 

興味を持って電話をしていただいた方に

なんとか熱意が伝わるように電話に出る練習も何度も繰り返された。

そうして毎日

 

「いつか来る生徒たちのために」

 

を合言葉に部屋に籠って練習練習に明け暮れた。

 

その日は、三月も始まって一週間が過ぎようというのに肌寒い日だった。

いつものように教室と名付けた六畳の部屋に籠り授業の研修をはじめた。

始めるとあっという間に四~五時間が過ぎてしまうほどのめり込む。

その日はじめて入れた休憩で一人の若者がようやく気付いた。

「雪が積もってますよ」

 

この季節には珍しく外には雪が降り、五センチほども積もっている。

玄関を開けてみると柔らかく新雪が積もっており

音が雪で吸収されているからか

物音一つしないシンと静まり返った世界が広がっていた。

橋戸ハイツの方まで人影がない。

本当に時間が止まったみたいに動いているものがない。

静かな世界だった。

 

と、そこに門から玄関まで伸びる足跡が雪の上に残されていた。

 

「入塾案内(パンフレット)が減っている!」

 

私たちは初めての出来事に興奮した。

興味を持っていただけたことに対して素直に喜んだ。

方を叩き合い、お互いに強い握手を交わして

ようやく一歩前に進んだことに感動した。

状況が好転したわけではないが

絶対生徒たちが来てくれるという自信が強くなり誰からともなく

「この人はきっと来るよ。その人のためにもっと練習しよう!」

と声を荒げた。

その日は、いつもよりも長く、そして厳しい研修が続けられた。

 

翌日、初めて電話が鳴った。

 

「お電話ありがとうございます。聡明舎です!」

 

私は心を込めて電話に出た。

「あの、そちら塾ですよね?ちょっとお話を伺いたいんですけど…」

 

その日は興奮してみんな夜も眠れないほどだった。

小学6年生の女の子が体験学習を受けることになったのだ。

たった一人の体験学習が決まったに過ぎないのだが

あらゆる成功を手に入れたかのように皆で喜んだ。

私たちはその感動・嬉しさを

また「授業研修」という形で表現した。

「来てくれる生徒のために最高の授業を提供しよう!」

皆の思いは一緒だった。

 

『聡明舎』が始まった瞬間だった。

 

一つの行動が人を動かし、歴史を作ります。

一本の電話から始まる物語があります。

 

「聡明」は

今でも誰かがパンフレットを手にしてくれたことに

心から喜ぶ熱い塾です。

これから聡明に通ってみたいと考えている人の電話を

はじめの一本目と同じように心待ちにしています。

そしてその喜びは今でも

「来てくれる生徒のために最高の授業を提供しよう!」

という考えに行き着き、休むことなく日々自己研鑽を続けています。

興味を持った方、是非お電話ください。

 

あなたが加わった新しい『聡明物語』がそこから始まります。

 

                          喜多川 泰

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

あれから19年が経ちます。

今でも足跡を読むとこの日のことを昨日のことのように思い出します。

この日と変わらぬ気持ちで体験学習をお待ちしております。

 

春期講習、三月二十五日(土)より無料体験でお待ちしてます。

今回は正式入塾金無料キャンペーンも実施します。

 

 

 

 

もりすえ

 

 

 

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2017年

1月

25日

心を亡くしちゃいけないぜ

Yeah Man!

 

 

 

 

最近、時間の使い方が上手くないです。

やろうと思っていることや

やりたいことをする時間が上手に作れていません。

それぞれ期限のあることでもあるので、

期限が迫ってくればそれなりにストレスです。

そんなとき、目の前のやらねばならない緊急なことに対して

雑になりそうな自分が現れます。

 

 

 

 

「忙しい」とは、

心を亡くすと書きます。

目の前の事象に雑になるとは

心を亡くした状態で取り組むことではないでしょうか?

 

心を亡くして取り組んでもプラスなことは何一つありません。

むしろ、それによるミスが出て、

フォローするなど余計にやることが増えることもあります。

そうならないためにも、心が在る状態で取り組みつつ、

しかも、やりたいことをやる時間も作らなければなりません。

 

以上を踏まえ、それができていないとき「忙しい」ではなく、

「時間の使い方が上手くない」と考えるようにしています。

 

 

 

 

世の中には、時間の使い方が上手い人が五万といて、

その人たちはきっと、同じ状況でもやりたいことをやるはずです。

それを一つの能力と捉えるなら、その能力が向上することは

人生においてやりたいことをやれる可能性が増えるということ。

それはより充実して、楽しくて、豊かな人生になるということです。

潤沢な時間がないことに対して

嘆いても、あたっても、愚痴を言ってもやりたいことは叶いません。

なんとかやりくり工夫して、やれる方法を考えたほうが人生は楽しい。

 

お金もまったく同じだと考えています。

余るほどのお金があればあれこれ考える必要もないでしょうが、

そんなに潤沢なお金がある人はごく少数です。

時間と同様に、お金がないことを嘆いても愚痴っても解決しません。

あるお金をなんとかやりくり工夫して

やりたいことをやる方法を考えたほうが楽しい。

 

もちろん、時間もお金も余剰を作る努力もするのは前提としてです。

 

 

 

 

いずれにせよ、嘆く、あたる、愚痴るは心を亡くした状態な気がします。

どうせならその時間を「どうすれば上手くできるか」を考える時間にしたほうがいい。

「貧乏暇なし(忙しい)」っていうのも

お金の使い方が上手くない人は時間の使い方も上手くない

って意味なのかな?なんて思ったりします。

勝手な推測です。

 

 

 

 

「忙しい」って言いそうになっている今、考えてることです。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

1月

18日

やりたいことをやる

Yeah Man!

 

 

 

 

人はやりたくないことをやらされることに苦痛を感じます。

やらされている何かは、

苦痛に感じるだけでなく身を入れて実行することが難しくなります。

 

 

 

 

高級な霜降り牛肉でさえ、

満腹時や他に食べたいものがあるといった時に

食べさせられることは苦痛です。

また、すべての動物にとって快楽であるはずの睡眠ですら、

修学旅行で眠りたくないのに就寝時間を守らなければならないような時、

各部屋がどんなことになるか簡単に想像できるはずです。

好きでやってるはずのテレビゲームやスポーツですら

同じことが言えるでしょう。

 

 

 

 

もちろん、仕事や勉強も同じです。

 

だから、仕事も勉強もやりたいことだけ、やりたいときだけやりましょう…

というのではありません。

特に仕事は身一つの芸術家ならまだしも、組織でやっていく会社ともなれば

そんな勝手なことを言ってて仕事が成り立つはずもありません。

 

では仕事や勉強にはどう取り組んでいったらいいのでしょう?

それは「やりたいことに変えましょう」ということです。

 

例えば目標設定です。

仕事も勉強も明確な目標がある人の取り組みは違います。

その目標がハッキリしているほど

目の前の仕事や勉強が「やりたいこと」になっているからです。

 

あるいは、成長を実感することです。

仕事や勉強が「やりたいこと」になっている人の多くは

成果を上げている人です。

成功体験は次のやる気の源です。

だから上手くいってる人は活力があって波に乗ってます。

良いサイクルが循環しています。

 

また、仕事や勉強そのものに興味を持つことも大切です。

興味のないことに対しては

分からないや知らないはマイナスでしかありません。

興味があれば、分からないや知らないはプラスに働きます。

調べたり、知ることが楽しみになるからです。

その楽しみが持てれば、それはきっと「やりたいこと」です。

 

他にもいろいろあるでしょうが、

とにかく「やりたいこと」にすることが大切ということです。

 

 

逆を言えば、

やらされている(あるいはそう受け止めている)仕事や勉強は最悪です。

おそらく、全く効果が上がらないばかりか、

嫌いになる可能性が非常に高いです。

仕事や勉強ってこういうものなのだという

大いなる勘違いも起こりかねません。

その勘違いは、非生産的で、

本人ばかりか周りを巻き込んだ問題にもなりかねません。

そのくらいやらされる(と受け止めている)行為は害が大きいのです。

 

 

 

 

人間はもともと好奇心の塊であり、

やりたいことだらけなのが自然な状態です。

勉強や仕事に対しても、

自然に持ってるその気持ちをしっかり内観することから始めるだけでも、

取り組みは大きく変わってくると思います。

上司や教師の大きな役割の一つは

それが「やりたいこと」であることに気づかせることだと考えます。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

1月

11日

競争と協同

Yeah Man!

 

 

 

 

最近読んだ本の内容を紹介します。

 

 

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競争という言葉には互いに鍛え合うというニュアンス、

協同という言葉には仲良く温かいイメージと同時に

生ぬるい人間関係というニュアンスがあります。

 

ただ、これは集団の「活動の様子・姿」に注目したもので

そこだけに注目していては競争と協同の本質に触れることはできません。

アメリカのグループ・ダイナミクス研究者として著名なドイチュによると

競争と協同の定義は集団の「活動の様子・姿」ではなく、

集団が「目指す目標」に関してなされるべきだとしています。

即ち、協同とは集団の全員が到達できるような

目標が設定されている事態を言い、

競争とは集団の一人でも目標に到達したら

他のメンバーは目標に達することができない事態を言う、

としたのです。

 

大人が、「良い意味での競争」と考えているものに、

良きライバル、切磋琢磨があります。

ドイチュの定義に従った場合、これは競争なのでしょうか。

切磋琢磨の目指すところは、双方が最終的にともに育つこと。

競い合いながらも双方が大きく成長するような集団過程は協同なのです。

良きライバルは競争相手(敵)ではなく、協同の仲間だと言えます。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

こんな内容でした。

 

中3・高3が入試対策を受講しています。

彼らを見ていると、この内容を強く実感できます。

 

勉強の能力だけでなく、

良き仲間を作っている素晴らしい時間です。

たのしもう!

 

 

 

 

 

もりすえ

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2017年

1月

04日

今年の漢字

Yeah Man!

 

 

 

 

2017年が始まりました。

昨年の今頃、僕個人の一年の漢字として掲げたのは『器』です。

もちろん、自分の器を大きくしたいとの気持ちが大きかったのですが、

振り返ってみてどうだったんだろう?

なかなか自分では判断できないところですが、

決してこれで完璧とは言えないところですので、

今後も継続課題です。

 

 

さて今年、僕個人の一年の漢字として掲げるのは『縁(えにし)』です。

地球には73億人の人間がいます。

これからもどんどん増えていきます。

けれど、縁のある人の数は決まっています。

全員ではありません。

同じ国民でさえ全員と縁があるわけではありません。

そうかと思えば、異国の人と縁があったりもします。

不思議なものです。

この不思議さは年を重ねれば重ねるほど感じるものなのかもしれません。

そして、縁のありがたさも年とともに重みを感じるものです。

 

 

これまで縁のある人たちから受け取ってきたありがたさを噛み締め

縁のある人たちにできることを考えていけるような一年にしたいと思います。

 

 

 

 

今年もよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

森末

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2016年

12月

28日

変えないための変化

Yeah Man!

 

 

 

 

冬期講習中、家に着くのはだいたい午前様になってしまうのですが、

そんな深夜の帰路で近所のコンビニに寄ると、

地元の同級生にバッタリ出くわしました。

以前も何度かここでも書いた音楽で飯を食っているヤツです。

 

彼がやってる音楽活動も来年で20周年だそうです。

一時期の狂乱的なバカ売れ状態ではないにせよ、

今も業界の第一線でガッチリ活躍しています。

簡単に語ることなどできませんが、

20年間の継続、そこに至る努力を感じます。

僕が聡明舎を始めたのも18年前、もうすぐ満19年になります。

だからこそ、勝手に感じる重みなのかもしれません。

 

 

 

 

続けるということは決して同じことを繰り返すだけで、できることではありません。

まず、その時その時の「すべきこと」をきちんとやることは当然。

それだけでなく、その時の自分、あるいは自分たちに

「できること」と「やりたいこと」を常に考え、

考えるだけでなく実践することで小さな変化を積み重ねることが大切です。

これは研究とか開発とかいった作業です。

最初は思いつき程度でしかなかった種を時間を費やすことで形に変えて

実際の仕事の中に落とし込むことで少しずつ変化していくのです。

小さな変化は幾つか集まれば大きな変化になっていきます。

それは理念とか考え方といった核(コア)が変わってしまうこととは違います。

むしろ、核(コア)をブレさせないために絶対に必要な変化です。

 

 

 

 

同級生の歌唄いも、活動を始めた頃とは声質も変わっています。

数年前には喉の大きな手術もしたそうです。

歌い方も、技術も、当初とは全然変わっていると言っていました。

最近の彼の歌を聴いても変わらず「カッケーな~」としか感じない素人の僕には

細かい変化の一つ一つはわかりませんが、確かに十数年前とは違う何かを感じます。

核を変えないために必要な小さな変化を幾つも繰り返したんではないかと思います。

 

 

 

 

聡明舎は来年19周年を迎えます。

今年一年も本当にありがとうございました。

来年も、理念である核をブレさせないためにも

小さな変化を積み重ねていきたいと考えています。

2017年もよろしくお願いします。

 

 

 

 

もりすえ

 

 

 

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2016年

12月

21日

みんなの秘密組織

Yeah Man!

 

 

 

 

突然ですが、聡明舎には秘密組織なるものが存在します。

(言ってる時点で秘密なのか…)

その名も「理科だいすき倶楽部」。

(こだわりの強い創始者なので字があってるか心配)

つまり、

理科好きによる、理科好きのための、理科をより好きになる集いです。

 

 

 

 

手前味噌ながら、

聡明舎には元気で有能、アイディア豊富なスタッフがたくさんいます。

そのうちの一人が発足した秘密組織です。

時に徹底的に問題を解き、時に実験もしてしまうこの組織。

今日は5時間授業みっちりの中3のタイムスケジュールの中、

業前業後に再結晶の実験をしていました。

校舎のカウンターに無造作に置かれた

普段飲用に使われているガラスコップには、

尿素が刺々しく再結晶していました。

 

 

 

 

5時間みっちりの授業を受けたにもかかわらず、

倶楽部に参加する生徒たちの顔には疲れなど微塵もなく、

嬉々とした表情が張り付いていました。

 

 

 

 

創始者曰く、受験問題に出る実験ばかりを選ぶのは趣味ではない。

 

しかし、時期が時期なので

そこは趣味をいったん鉾に収めて実験を選択していること。

そりゃ、受験前に試験に出る実験を経験していることは

それだけでアドバンテージと言えるでしょう。

 

しかも、それらの実験を、身近ないつも使っている道具を用いて

事もなげに行うところがなんとも粋なところです。

 

 

 

 

こんなエピソード記憶とともに受験を迎えさせ、

理科好きをさらに好きにさせて、

ひょっとすると人生さえも変えてしまうかもしれない、

秘密組織「理科だいすき倶楽部」。

こんな組織に15歳にして出会えた幸運な子供たちにある意味嫉妬です。

 

 

 

もりすえ

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2016年

12月

14日

質と量

Yeah Man!

 

 

 

 

二学期の通常授業が今週で終わります。

中3も高3もいよいよ入試対策です。

 

 

 

明日が入試。

そう言われて大丈夫なくらい準備が整っている生徒は現状ほとんどいません。

つまり、合格するためには今よりもさらに実力をつける必要があります。

これに関してはほとんどすべての生徒が同条件です。

しかし、現状の実力や教科による得意・不得意は各々異なります。

これに関しては全く同じ条件の生徒は一組としていません。

そのような状況を考えれば、

残された回数の授業の中だけで

全員の準備を完璧に整えることなどできないことがわかります。

 

では残された授業で何を伝えることができるのか?

 

それは家庭での勉強の仕方、時間の使い方といったことです。

それを授業の中で扱う問題や知識を通じて伝えていくのです。

 

問題演習を1問とりあつかったとして、

その問題で確認できる知識はたかがしれてます。

要はその1問に登場する知識のみです。

10問解けば10問分の知識が確認できるだけです。

しかし、その1問を解くための知識だけでなく、

付随する周辺知識や関連する知識、その使い方まで確認し、

類似問題の演習まで広がりを見せるのなら、

その1問の価値は1問では終わりません。

10問解いた時に身につく力は30問分にも50問分にも変えることができます。

このような演習で、演習量を増やしていくのなら効果は高いでしょう。

ただ闇雲に量をこなしていてもなかなか実力は上がらないものです。

 

そしてもう一つ大事なことは、

演習量をこなすには時間が必要ということです。

授業の時間だけで量をこなすのには限界があります。

生徒たちは、その授業で取り扱った1問を通じて得た学びの方法を

家庭で10問の演習に活かす必要があります。

つまり、家庭での時間の使い方が明暗を分けることになります。

 

 

 

 

時間というのはみな同条件です。

1日24時間で、受験までの日数は決まっています。

受験は、時間の使い方を学ぶための類稀なる機会だと思います。

何に対して、どのように投資して、どうやって利益を生み出すのか。

限られた資源を使って、なるべく最大限の効果を生み出したい。

それは経済観念、つまりお金の使い方を学ぶのにも似ていると思います。

日本ではお金に関する教育は義務教育でほとんで受けません。

けれど、受験を通じて時間の使い方を学ぶことで

その一部を学ぶことはできるかもしれません。

話がそれたので戻します。

 

繰り返しになりますが、入試対策がはじまります。

そこに座っていれば自動的に合格に近づけてくれる、

そんな受動的な参加の仕方では合格は近づいてきません。

合格とは近づいてきてくれるものではありません。

自分に必要な実力をつけて自ら近づいていくものです。

その方法を学ぶために授業を活用する。

そんな能動的で主体的な参加にしてもらうために

最初の授業はその意識を植え付ける話から入るつもりです。

 

だいぶ気持ちが盛り上がってきました笑。

空回りしないようにしなきゃです笑。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2016年

12月

07日

自信について

Yeah Man!

 

 

 

 

子供達には自信を持って欲しいです。

 

 

自信は本来、他人と比べることで持つものでも、

他人と比べて失うものでもありません。

しかし、そのような勘違いは結構頻繁に至るところで起こっています。

 

また自信は、他人から持てと言われて持てるものではありません。

自分の中から湧き出るものです。

自信は、成功体験とともにほんの少し湧き出ます。

成功体験といってもすでにできることを繰り返しても

自信は湧いてきません。

つまり、自信はできないことに挑戦して成功体験することで湧いてきます。

ところが、できないことに挑戦すると大抵うまくいきません。

多くの場合失敗します。

ここに矛盾が起こるような錯覚が生じます。

 

成功体験のために挑戦するのに、

挑戦すると大抵上手くいかないのであれば

成功体験が得られないじゃないか。

つまり、自信も湧いてこないじゃないか。

という矛盾です。

 

ここでいう上手くいかないとは、

すべてが上手くはいかないだろうという意味です。

失敗とは、トータルで失敗となるだろうという意味です。

つまり、部分的にはわかること、できること、上手くいくこと、

がいくつか起こります。

主体的に取り組むのが前提なら、必ず起こります。

それらの小さな幾つかは小さな喜びと小さな成長実感をもたらします。

その喜びは、もう一度やってみようとか、次もやってみようといった、

モチベーションとなります。

モチベーションを持ってトライしても必ず上手くいくわけではありません。

ただ、モチベーション高く主体的に取り組めば、

次も小さな喜びと成長実感を手にすることになります。

だんだん、よし、次!よし、次!…といった意欲が湧いてきます。

小さな自信が湧いてきてる証拠です。

このサイクルを続けていると、

そのうちトータルで上手くいったという体験もするでしょう。

その頃にはだいぶ小さな自信が溜まってきているはずで、

その成功体験は集まった小さな自信をもう少し大きな自信に変えるはずです。

そしてますますモチベーションも高くなる、という好循環が生まれます。

 

 

 

 

自信を持つことがなぜ大切なのでしょう?

 

 

いろいろあると思いますが、

自信があると自分にも人にも優しくなれるというのが、

一番と言っていいくらい大切だと思います。

多少乱暴なまとめ方かもしれませんが、

いじめも、反抗も、自殺も、引きこもりも…その他幾つかの社会問題は、

自信が持てないのが原因の一つではないかと思います。

また自信があれば、自然な笑顔が出ます。

挨拶も大きくなります。

礼儀も自然と身につくと思います。

礼儀とは相手に対する一つの優しさだと思うからです。

 

 

 

 

笑顔、優しさ、挨拶、礼儀…

形を身につけることもとても大切ですが、

最終的には自信に裏付けられた自然と湧き出すものが身について欲しいです。

 

 

 

 

もりすえ

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2016年

11月

30日

読書と勉強と研究

Yeah Man!

 

 

 

 

先日の喜多会での喜多川の話のなかに

読書は心の栄養分という内容が出てきました。

心に栄養を与えないのはダメだけれど、

栄養の与え過ぎも病気になるということ。

つまり、本を全く読まないのはダメだけど、

読むこと自体が目的になってしまうのも問題だということ。

なるほど~と思いました。

 

 

 

 

勉強では知識や技術を習得することはとても大切です。

もちろん、それらを使いこなす思考力もそれと同じくらい、

あるいはそれ以上に重要です。

ただ勉強においては、

思考力といっても0から生み出すようなことはほとんどしません。

どちらかといえば先人たちの問題解決法をなぞることで学んでいきます。

つまり、そこにはオリジナルの思考というものはあまり存在しません。

しかし、それらに数多く触れ、多くの模倣を手に入れることは

後にオリジナルの思考を産み出すことに大いに役立ちます。

 

 

一方、研究では自分で問題を見つけるところから始まります。

まだ誰も解決したことのない未解決の問題を見つけ、

知識や技術を運用し、問題解決を図ります。

また、解決することで、どのような形で人の役に立つのか、

そういったことも考えます。

そこで用いられる解決法や思考力は、

勉強を通じて先人たちの方法をなぞることで身につけたものを活かし、

オリジナルを生み出していくことになるでしょう。

そうでなければ、

その問題はすでに何処かの誰かが解決しているはずだからです。

 

 

 

 

誤解のないように書いておきますが、

僕らは子供達に研究者になって欲しいと考えているわけではありません。

けれど、どんな仕事についても研究はすることにはなるはずです。

仕事とは、世の中の問題を解決する手段だからです。

そこにある問題を見つけ、知識や技術を運用して問題解決を図るんです。

そこでは知識の量や技術だけでは必要十分とは言えません。

また、先人の問題解決法をなぞり、それらを身につけることも大切ですが、

これもそれだけでは十分とは言えません。

それで事足りるなら、

その問題はすでに問題になっていないはずだからです。

先人たちの思考法を学ぶ中で身につけたオリジナルの思考力を活かし、

新しい解決法を常に産み出す努力をし続けること。

仕事をする上でこのスタンスは常に求められるのではないでしょうか。

そしておそらく、

それはどの仕事についても同じようなことが言えるのでないかと思います。

 

 

だからこそ、研究の一歩手前の勉強を指導する上で、

研究者としてのスタンスや知識や思考力の捉え方など、

後につながるようなことを意識しながら指導することは、

とても大切だと考えています。

 

 

 

 

知識や技術、そして思考力、あるいは読書といったものは

貯めることが目的ではなく、

実社会、実生活の中で使ってなんぼです。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2016年

11月

23日

喜多会

Yeah Man!

 

 

 

 

聡明舎には「喜多会」という卒業生の集まる会があります。

今年も30名以上の卒業生が集まりました。

冷静に考えてみてすごい会だな~と思います。

もちろん、昨年卒業した生徒だけであれば、

懐かしさもあって集まりやすいかもしれません。

けれど毎年、あらゆる年齢の卒業生が集まります。

学生時代通っていた塾の卒業生の会。

自分も塾に通っていましたが、そもそもそんな会ないですし、

あっても行くかな~?

 

 

会の中身も昔話に花を咲かせるのはなるべく置いておいて、

みんなの今に焦点を当てる会にしようってことでお互いに意識してます。

 

 

今年の参加者には来年も出ようと思ってもらい、

その子たちが周りの友達も誘いたくなるような会にして

参加者が増えていけばいいな~。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2016年

11月

16日

船、航海

Yeah Man!

 

 

 

 

以前、聡明舎でも講演していただいた白石康次郎さん。

現在、単独無寄港無補給の世界一周ヨットレース「ヴァンデ グローブ」に

アジア人として初となる参戦をされています。

レースの状況はこちらから見ることができます。

 

 

約80日間、エンジン出力もなく大海原にたった一人というのは

いったいどのような気持ちなのでしょう?

想像すらできません。

ヨットの操縦から、天候観測、航路計画、現在地の把握、

不具合の修繕、食事の準備、休息…

何から何まで一人でやるわけです。

しかも、どれか一つミスをするだけで命を失うことに直結しています。

当然だれにでもできることではなく、

出場にはかなり高い条件をクリアする必要があります。

そして、その条件をクリアできるような出場者であっても、

棄権せざるを得ない状況に陥ることも少なくないそうです。

 

 

 

 

仕事や会社というものがときどき航海や船と重なって見えることがあります。

仕事をする人の中には白石さんのように単独船の人もいるでしょう。

しかし多くの人は会社組織に所属しています。

会社という船は複数の乗組員によって動いています。

乗組員の多い大型船もあれば、

少数の乗組員で構成されている小型艇もあります。

いずれにせよ、

組織は複数の乗組員で役割分担ができます。

また、お互いをフォローし合うことも出来ます。

とはいえ、メリットばかりではありません。

息が合っていなければ足の引っ張り合いになり、

むしろ単独船のほうが速く効率的な航海になることもあります。

また大型船になるほど、自分の役割がどのような意味を持っているのか、

どのように航海全体に対して役に立っているのか見えにくくなります。

それにより、モチベーションが下がったり、

やれと言われているからやる仕事に成り下がる可能性があります。

それは船そのものの速力が下がったり、

乗組員全員の命が危険にさらされることに直結します。

そうならないために必要なことは役割を担うすべての人が

目的地と現在地を把握し、航路を知った上で

それらに沿って自分の役割を果たすことです。

そしてそれを発信するのは船長です。

ゴールをしっかりと見据え、現在地とつなぐ航路を描くだけでなく

それをしっかりと発信する必要と責任があります。

ただ、乗組員が目的地とその航路に沿って

役割を100%の力で全うすることができれば

おそらく単独船よりも速く、

あるいはより困難な目的地にでも到達できるのではないかと思います。

 

 

 

 

集団学習を推奨する聡明舎の確信であり、組織としての希望です。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2016年

11月

09日

有言不実行

不言実行という四字熟語があります。

つべこべ言わずに実行する人のことです。

この四字熟語から生まれた言葉として

有言実行があります。

無理やりですが、作ろうと思えば

不言不実行

有言不実行

という言葉も作れます。

 

 

 

 

この1つの四字熟語と3つの造語について

元インテル株式会社社長の西岡郁夫さんが

面白いことをお話しされている記事を読みました。

 

多くの経営者が必要とする部下としては

第一に有言実行な人物で

第二に不言実行な人物ではないか。

有言実行タイプは「こうする」と他人に言うことで

それなりにプレッシャーがかかり、

その上で実行する強さがある。

もちろん、チャラチャラとモノを言わずに

黙々と実行に移す不言実行タイプも決して劣るわけではない。

このタイプも経営者に人気のある人材である。

 

ただ、見方を変えれば、

有言実行は実現可能なハードルの低いことだけを言えばいいとも言えるし、

不言実行は言われたことだけこなしておけばいいとも言える。

どちらも大切な存在であることは言うまでもないのだが、

それを承知の上で、あえて新たな視点で本当に組織に必要な人物を見ていきたい。

 

不言不実行タイプは論外としても、有言不実行タイプについて考えたい。

漢字の通り「口だけ番長で何にもしない」という捉え方ではなく、

実行不能に見えることに対しても、やった方が良いことをやるべきだと言える人。

あるいは、実行可能にするための意見やアイディアを探れる人、出せる人。

このように捉えるなら、本当に組織に必要なのはこのような人ではないか。

 

そんなお話しでした。

 

 

 

 

いや~、読んでいて「確かに~」とは思いました。

同時に、「言うは易しだよ~」とも思いました。

 

確かに、できることや言われたことばかりやっていても

何も変化は起こりません。

かといって、実現に向けた意見やアイディアも出さず、

実行不能な夢物語を繰り返すだけというのも非生産的です。

一見実現不可能なことに対して

それなら実現できそうだと思える意見やアイディアを出し、

それによって周りを奮起させたり巻き込んで

新たな意見やアイディア、モチベーションを引き出す連鎖で

組織は大きく動いたり、成長するのも事実です。

けど、これらを全部一人でできるってなかなかすごい人ですよ。

そんな人物がいたら、組織に必要に決まってます。

っていうか、そんな人、必要じゃない組織なんてないでしょ!

 

 

 

 

確かにそんな有言不実行タイプがいたら(あるいはなれたら)完璧です。

でも、完璧じゃなくてもいいと思います。

完璧じゃなくていいとするなら、

その素養のカケラのいくつかは絶対に誰にでも備わっています。

自分自身、完璧には程遠いですが素養のカケラのいくつかは持っていそうです。

そして、もし、みんなが持つそのカケラを持ち寄ることができれば、

組織の大きな動きや成長を創り出すことはできるんです。

だから、

みんながカケラを持ち寄るために必要なことはなんだろう?ってことは重要です。

やっぱり勇気と受容は必要です。

同時に冷静な判断と打たれ強さも必要です。

自分はカケラしか持っていないのに…って不安は誰にでもあります。

言ってみたら、もっともな意見が返ってきて却下になることもたくさんあります。

そこに風通しの良さは必要です。

それから主体性。

自分の問題として捉え、自分から関わりにいかなかったらカケラが集まりません。

あるいはもう一歩進めて、そういった環境とか空気、

つまり、そういう組織の体質とか人間関係と言えるかもしれません。

 

 

 

 

誰でも必ず持っているカケラを出して、集めて、組織の成長につなげられる人、

あるいはそのような集団ってさっきのどのタイプに分類されるのでしょう?

どれでもないようで、どれも少しずつ持っているような…

っていうか、人間を竹を割ったように分類するなんて

無理な話なのかもしれません笑

 

 

 

 

 

もりすえ

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2016年

11月

02日

記憶

Yeah Man!

 

 

 

 

脳の働きに記憶というものがあります。

いつだかのブログでも

短期記憶と長期記憶の話や、エピソード記憶と意味記憶の話、

あるいは精緻化リハーサルの話など書いたかと思います。

 

記憶は現状の受験生にとっては受験の結果と切っても切れない関係です。

世の中の流れとして、

情報の記憶よりも情報の活用が重視されるようになっていますが、

それでも効率よく情報を活用するために一定量の記憶、

あるいは情報の活用方法そのものの記憶などは今後も必要となるでしょう。

 

この記憶に関して、イメージで表現している本を読んだので紹介します。

 

まず、頭の中にネットのようなものがあると考えてください。

情報というのは一定の塊で、そのネットの上に置かれます。

強い刺激とともに得るほど情報の塊は大きくなるのでネットの上に止まります。

しかし、この塊は時間とともにだんだん小さくなります。

なので放っておくと、

ネットの目よりも小さくなって、いつかネットから落ちていきます。

また、小さくても他の塊と鎖のようなものでリンクすることができます。

幾つかリンクすると一つ一つは小さくても合計で一定の大きさが確保できるので

ネットから落ちなくなります。

一定以上の大きさになった塊は小さくならないという特徴もあります。

そして、ネットから落ちたからといって脳から消えるわけではなく、

脳の中には必ず存在していて、

とある刺激を受けてネット上に飛び出てくることもあります。

 

以上のイメージを踏まえ、

受験生が必要情報を取り出しやすくするために

ネット上に置いておく方法として

①最初に得る塊をなるべく大きくする。

具体的には、根拠・理由・間違え方などを交え深い理解をすること。

②定期的に刺激して大きさを保つ、あるいは一定以上の大きさにする。

具体的には、繰り返し記憶を呼び起こしたり、その情報を活用した演習をする。

③別の情報とのリンクを作っていく。

具体的には、解いた問題の出典や年度、あるいはその時の情景と合わせて記憶する。

 

と、いった内容でした。

イメージとしての説明なのですが、

心理学的知識とも非常によくリンクしますし、

わかりやすくまとめられていて読んでいて感動しました。

 

 

 

 

興味深いのは、心理学的に説明しようとも、

今回のようなイメージで説明しようとも、

必要な情報を抑えるためにやるべきことの第一には

「丸暗記」という方法は上がってこないということです。

深い理解、活用、何かと関連づける。

上手に伝えるとともに自分もうまく活用したい内容です。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2016年

10月

26日

革新

Yeah Man!

 

 

 

 

なんでも同じだと思いますが、

やる前にわく疑問とやった後にわく疑問は異なります。

やる前にわく疑問は、大抵やったら解消されます。

やった後にわく疑問は、疑問を解消するための次の行動が見えてくるので

行動の連鎖が起こって大抵解消されます。

 

自分は行動力にかける質なので、

数少ない経験を頼りにその重要性を痛感します。

 

 

 

 

本日の朝日新聞の朝刊で、

大学入試センター試験に代わる問題で、

記述問題を扱うことに対する大学側の回答として

必要だが現実的に実施するのが難しいと感じているのが

六割に達するという記事を読みました。

 

実際、大変だと思います。

大変だとは、軽く言ってくれるなと言われるくらい難しいことだ思います。

しかし同時に、必要を感じているのが六割に達することに希望を感じます。

僕も必要だと思います。

だから、やってみたら良いのにと、100%他人事ながら思います。

やってみないとわからない問題点があります。

やってみないと決して問題点ではないのに、

問題点だと思いこんでいるところに気づくことができません。

それらを何の問題や欠点もなく解消せよ、というのは酷な話です。

もちろん、そのつもりで準備するのは間違いありません。

それでも何かしらの問題が起こるというのが新しい挑戦です。

その受容ないところに新しい革新は存在しません。

 

 

 

 

問題や欠点はない。その上で革新もないのが良いのか。

問題や欠点はある。しかし革新があるのが良いのか。

もちろん、問題や欠点がなく、革新していくのが最良であるのは当然です。

しかし、現実なかなかうまくいかない時の次点を用意しておくのは大切です。

 

色々考え方はあるでしょうけど、

僕は後者の方が好きです。未来がある気がするからです。

 

いつの間にか先輩と呼ばれる立場に立っている自分に必要なのは、

受容と場を与えること、そして自ら革新者になることです。

がんばろ~っと。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2016年

10月

19日

習慣

Yeah Man!

 

 

 

 

人間は変化や違いに敏感です。

敏感に察知して、喜んだり、悩んだりします。

 

一方で、人間は変化や違いに慣れます。

心地の良さにも心地の悪さにも慣れます。

 

 

 

 

人間は習慣に支配されている。と何かの本で読んだことがあります。

習慣を制するものは人生を制すると書いてある本もありました。

 

習慣を身につけるには、

最初に感じる変化や違い…つまりストレスを乗り越える必要があります。

一般的に三ヶ月ほど続けると慣れてくるそうです。

その後さらに三ヶ月ほど続けるとストレスが気にならなくなります。

つまり、するのが当たり前になり習慣が身につきます。

 

習慣をなくすのも同様です。

最初はやらないことにストレスを感じます。

しかしやがて慣れ、気にならなくなります。

しないことが当たり前になり習慣がなくなります。

 

 

僕の場合、決して簡単だったとは言えませんが、

この方法でなんとか幾つかの良い習慣を身につけたことがあります。

また、この経緯をたどって

悪い習慣が身についてる自分も簡単に見つけることができます。

 

一方、かなり努力を費やすことで、

なんとか取り去ったことのある悪い習慣も幾つかあります。

また、せっかく身についていた良い習慣を

違和感を感じている間に修正できず無くしてしまったものもあります。

 

 

最近、ブログを書くのが遅れています。

違和感を感じているのに修正できないまま数週間が過ぎています。

修正だ。

 

 

 

 

もりすえ

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2016年

10月

17日

あらゆることが進化してます

Yeah Man!

 

 

 

 

肌寒い季節になってきました。

気づけばプロ野球も頂上決戦、日本シリーズが近づいています。

今年はセリーグからは広島。

パリーグからは日本ハムが勝ち上がってきました。

それにしても日本ハムの大谷選手…半端ないです。

おそらくプロ野球に興味のない人でも知る人になってるのでは?

パリーグ覇者を決めるCSシリーズで勝利を決める最終回に登板し、

自己記録を更新する日本最速の165kmを投球。しかも3球も。

その力、才能はもちろん、

ここ一番の舞台で、自己ベストを出すという能力。普通じゃない。

そんなスーパーピッチャーが

なんとバットマンとしてもこの試合で3番DHで出場。

今シーズンも打率.322、本塁打22本と、

一流のバットマンでもあるというのだからもはや漫画の世界です。

いや、漫画や映画にもこんな選手はいなかった。

なぜなら

こんな主人公を描いた時点で現実離れしすぎていて面白くないから笑。

そんな選手が現実に現れるのだからびっくりです。

 

 

 

 

大谷選手のようなスポーツ選手の能力に限らず、

人間の科学技術も確実に進歩・発展しています。

僕が学生だった頃にはそれこそ漫画や映画の中の話だったようなことが

現実になっていることがたくさんあります。

同時に、この発展のもう一方の側面として、

コンピューターやロボットに取って代わられることで

なくなっている仕事がたくさんあることも事実です。

今後20年の間に

なくなるかもしれないと言われている仕事もたくさんあります。

塾講師という仕事も、知識や技術を伝えるだけというのなら、

きっとコンピューターに取って代わられ、なくなる仕事だと思います。

事実、動画学習という形でそれは少しずつ始まっています。

では、20年後もコンピューターにとって代わられることなく、

塾講師が存在しているとしたら、どんな仕事をしているのでしょう?

それは、知識や技術の使い方を実践をつうじて学ぶ場を提供したり、

それこそコンピューターを利用する方法を実践を通じて提供したり、

周りの仲間と協力して問題を解決する場を提供する。

また、そんな環境において必要な時にはサポートや支えを提供していく。

そして、

それらを通じて彼らが積極性や思考力、協働する力を身につけていく。

さらには、そんな彼らが道義的なことや伝統的なことの大切さにも気づき

自らそういったことを身につけ、次世代にも伝えていってくれる。

きっとそんな子供を育てる仕事になっているのではないでしょうか?

 

 

 

 

われわれ塾講師の仕事も進化が求められています。

大谷選手の存在は

どんな進化だってできるという勇気をもらうことができます。

きっと、

そんな現実離れしている進化など論外だ…と言われるような進化だって

無理なことなどありません。

なによりそういった進化に向かうのはワクワクします。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2016年

10月

05日

まずは自分からです

Yeah Man!

 

 

 

 

中学校では定期試験が終わり、結果が出る時期です。

 

生徒の能動性を引き出さすことを第一目的に据え、

自ら、あるいは仲間との協力を通じて問題解決を図る。

そんな学習環境のクラス(あるいは教科)では、

彼ら自身の過去との絶対的な比較の中で結果に違いが生まれています。

点数という変化も出ていますが、

それ以上に、

結果そのものに対する関心や興味が彼らの中で強くなっています。

 

「これはテストに出るから覚えておくんだよ」と講師に言われ、

言われるままに覚えようとしたが空覚え(うろおぼえ)で取れなかった。

『難しかったけど、

  友達のやり方を見て(聞いて)できるようになって嬉しかった』

そう思っていたけど、

本番でちょっとした勘違いをしたり、空覚えで取れなかった。

この二つはその問題を取れなかった点で共通していますが、

子供たちの結果に対する興味の向き方が全く違います。

前者は間違えてもそれほど興味がなく、

後者はとてつもなく悔しがります。

講師の立場からみても、

前者には次の定期試験で似たような問題が出たとしても不安が残ります。

後者には次はきっと取ってくるだろうという期待が残ります。

この違いはどこから来るのでしょう?

それは、問題に対する興味・関心あるいは能動性です。

テストに出るらしいから覚えるという消極性、

できるようになりたいからやり方を見る(聞く)という積極性、

この2点で大きく異なるのです。

 

どのような方法論であれ、

授業で一番大切なのはこの積極性・能動性・主体性を引き出すことです。

 

 

 

 

最近、授業は舞台のようなものだと捉えることも

一つの方法論だと考えています。

その考えの中では、舞台の主役は講師ではありません。

生徒たちです。

講師は舞台に上がるべきではないのでは、と考えます。

講師の役割は、

アクターである生徒たちが

活き活きと自分の役割を果たせるように舞台環境を整えることです。

中でも最も重要なのは脚本をしっかり描き、明確に示すこと。

この物語(本日の内容)のエンディングはどこか。

物語を通じてどのようなメッセージを発信することが目的か。

(本日の内容を通じてどのような能力を獲得することが目的か)

それらは舞台にいるアクター全員の共通の目標と目的であり、

誰か一人の活躍で達成できるものではないし、

誰か一人の手抜きで達成されないこともある。

そんなことを全員に明確に示すのです。

 

きちんと伝わったとき、

そこに向けたアクターである生徒たちの責任感の強さは驚くべきものです。

一人一人が舞台の中で自分の役割を見つけ、それを果たしにいきます。

その中では脚本には載っていないような

舞台をより良くするアドリブや展開がなされることもあり、

見守る脚本家である講師も驚かされます。

素晴らしいと思うのは、脚本家の舞台ではなく、

アクター自身の舞台なのだと思って動いている点です。

 

そのような授業においては、

一つの授業の中で、それぞれの生徒が様々な役割を担います。

教えることも、教わることもあります。

そのどちらに回っても、彼らはやりながら、失敗を繰り返して、

ときには何度も同じことを周りに聞き返して、できるようになっていきます。

身近な生徒とのやりとりで問題を解決できなかったとき、

できた生徒に前に立って発表してもらうと、

できるようになりたいので話の聞き方が違います。

前に立つ生徒も失敗しながらですが、だんだん説明が上手になっていきます。

 

積極性・能動性・主体性の素晴らしいところです。

 

 

 

 

考えてみれば、全て同じです。

能動性が大事なのは勉強だけではありません。

 

何か新しい試みをすること、

やったことのない趣味に挑戦をすること、

起業したりお店を開いてみること。

あるいは、既成概念にとらわれない授業にトライすることも、

生徒たちの勉強と同じです。

最初はわからないことばかり。

最低限、幾つかの知識はあるにせよ、

知識だけを持っていてもうまくいくとは限りません。

知識を使いこなすことのほうが大事です。

どのような場面でどの知識を使うか、

どう使えばうまく問題が解決できるのか?

それは問題に直面したときに試しながらやってみるしかありません。

あるいは経験者に聞くことも一つの手です。

何度も何度も繰り返し聞き返して吸収していけばいいだけです。

やってみると、

やる前に不安に思っていた点は全く問題がなく、

やる前には考えもしなかったような

問題やハプニングが起こることもあるでしょう。

というか、それが普通です。思考と現実とはそんなものです。

それらに対処し、修正しながらできるようになっていくのです。

そして、そうしていくのに必要なのはやはり能動性です。

 

 

 

 

まとまりのない文になりましたが、

生徒の能動性を引き出すためにも、

僕自身が自分の能動性を全開に発揮していく必要がありそうです。

 

 

 

 

 

もりすえ

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2016年

9月

28日

今週も大切なこと2つ

Yeah Man!

 

 

 

 

先日も書いたかもしれませんが、

小学校以来の友人の結婚式に出席したら、

新婦側の受付の方が生徒の保護者さんでした笑。

 

聡明舎を初めて18年、

当初はかなり年上の方ばかりだった保護者の方も

最近はほぼほぼ同世代、

下手をすると同い年、あるいは僕の方が年を重ねていることもあります。

信じらんないっす笑。

18年とはそのような年月です。

 

 

 

 

この年になると、

なかなかしんどいことも出てきます。

最たるものは、直接苦言を呈してくださる方が少なくなること。

最近でも

日々を振り返ると、至らないと思う場面がたくさんあるのですが、

そのときに直接咎めてくれる人が若いときに比べ断然少なくなっています。

ですから、そのような話をくださる方は本当に貴重ですし、

若いとき以上に自分を客観視できなければならないとも思います。

 

特に注意しないといけないなと思うのは、

感謝・謝罪をきちんと伝えること。

あぁ~書いてて胸が痛いですし、背中が寒い思いです。

できていないと思う場面も、今まさに浮かんできますし、

知らぬうちにそんな大事な場面を見失っていそうだからです。

年齢、立場に関係なく、きちんとせねばと思います。

そして、それらはできる限り直接伝えたいとも思います。

 

直接伝えた方が言いといえば、

誰かを応援する気持ちもできる限り直