楠本流

2015年

6月

08日

Yo puedo hablar ingles un poco.

Yo puedo hablar ingles un poco.

 

この意味が分かりますか?

 

○○○○語をご存知の方なら、すごく平易な文ですが、そうでなければ、わけのわからないアルファベットの羅列にしか見えないかもしれません。

 

さながら、古文書。

 

もはや「読解」というよりは“解読”の世界です。

 

とはいえ、すくなくともスペースによって区切られているから、Yohablarが何らかの意味のまとまりをもったものであることくらいは推察できるかも。

 

そこで、単語の意味だけ加えてみるとこんな感じ。

Yo       puedo       hablar    ingles   un poco.

私は ~できる 話す     英語    少し

 

訳は?

 

そう!

「私は英語を少し話すことが出来る。」

です。

 

単語の知識さえあれば、少なくとも“解読”ではなく、「読解」に取り組むことが出来ますが、単語の知識が不足していると、“解読”を余儀なくされます。

 

古代文字ならいざ知らず、アルファベットの、しかも英語で、“解読”を強いられるのはつらいと思います。

 

ですが、英語が苦手な人の多くがこの“解読”を強いられているかもしれません。

 

原因は単なる英単語不足。

 


単語不足を嘆いていても何も変わりません。


英単語がもうちょっとあれば・・・と嘆く 暇があれば、1単語でも多く覚えた方がいい。


単語がなくても何とか読めるような裏技探しに時間をかける暇があれば、1単語でも多く覚えた方が早い。


英語以外で得点を稼ぐ!・・・でもやっぱり英語はあきらめきれない・・・・いや、やはり自分は英語以外で・・・でもやっぱり・・・と悶々とする暇があれば、1単語でも多く覚えましょう。



英単語の暗記に関して、できるできないはありません。

 

あるのは、やるかやらないか、です。


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2015年

5月

25日

塵も積もれば山となる

高校3年生の中には、部活動を引退して勉強に専念する子もちらほらでてきました。

一方で、まだまだ部活の真っただ中の子もいます。

 

まとまって勉強する時間が欲しくてもとれない…

 

 

そこで、まとまってなくても時間がとれて成果が出た例を一つ紹介しようと思います。

 

昨年度の夏期講習のまっただ中ある実験をしました。

 

「物理の初心者」が「物理の参考書100P読破&理解」に「12日間」で挑戦して、「成果を出す」。

 

というものです。

 

ビフォーアフターを計りたかったので、まずは問題を解いてみました。

 

解けません。

 

いや、まったく。

 

解けないというより、問題文にでてくる物理の用語を知らず、問題文の意味すら分からない。

 

そんなレベルからのスタートです。

 

実験台は私(笑)

 

時期は夏期講習の真っただ中。すなわち昼から晩まではほぼぶっ続けで授業。

 

もちろん、個人的な実験のために仕事の時間を使うわけにはいきませんから、必然的に勉強は帰宅途中や帰宅してから。

 

12日間の中に休みが3日間ありましたので、その日はもちろん有効活用…といきたかったのですが、3日間のうち2日間は疲れがたまってゆっくりしてしまい、ろくに手がつけられず。

 

 

途中省略…

 

 

目標・・・達成!!!

 

12日間を経た後、センター試験レベルの問題を解いてみました。

 

12日前は意味さえわからなった物理の問題(“力学”の分野)に対してきちんと図や式を書くことが出来て正答まで導けるようになりました。

 

正答率は、7問中6問。間違えた1問も解説をみてすぐ納得。

 

我ながら、「やるじゃない!」ってとこでしょうか(笑)

 

一番勉強がはかどったのは帰宅途中の電車の中だったかもしれません。

 

瀬谷から横浜までのおよそ20分。

 

横浜から自宅最寄駅までの12分。

 

普段は、気ままにある意味無駄に過ごされていた短い時間の濃度が濃くなり、充実した12日間の電車ライフでした。

 

 

あとから振り返ってうまくいった要因のいくつかを考察すると、その中には、【期限の設定】と【目標の具体化】があると思います。

 

12日間と期限を決めずに、とにかく漠然とやれるだけやる!だとしたら、きっとできていなかったと思います。

 

また、100P読んで、途中の問題を解いて、最後にセンターレベルの問題で確認テストをすると、やる内容を具体化せず、とにかく物理の勉強をする!だとしたら、100Pも進まなかったのは間違いないと思います。

 

たとえ分量が多くても、期限を決めて、やる分量もページ単位で具体化したことがうまくいった一つの要因だと思うんです。

 

 

私の実験は、12日間でしたが、別にこれは1週間でもいいですし、最短1日でもいいと思います。

 

例えば、1日と区切りを決めたらその中で、何をやるか?

 

なんとなくやれるだけやる!のではなくて、あれとこれをやる!

 

 

コマ切れの時間をまとまった時間と同様に有効活用する途を開く一つの方法として、期限を決めて、やることを具体化する!

 

実体験をもっておすすめできる方法です。


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2015年

5月

11日

GW明けて

(ブログ更新、遅れてしまってすいません。)

 

GWがあけて、早、数日が経ちました。

 

よく考えると、たったの1週間前はまだGW休みのまっただ中でしたが、なんだかもう遠い昔のような気がします(笑)

 

GWの休みは無駄に過ごしたくなくて、それを確認したくて、「〇月□日△△をした」みたいな簡単ですが具体的な記録を取りながら過ごしてみました。

 

△△のところが、具体的に埋まらない日…「起床が遅くなってしまって、そのあと…何したっけ??」みたいな日があると、軽くへこみました(笑)

 

 

“自信はがんばった分だけ”とかいいますが、その“がんばった分”っていうのは、間違いなく具体的な中身を持ったもの、具体的に語れるものだと思います。

 

なんとなく“がんばる”ことはきっとできないし、それはそもそも“がんばった”ことにはならない、って自分でもわかっていると思うんです。

 

 

受験勉強はいずれ終わります。

 

終わって振り返った時、自分はがんばった!その分、自信が増した!って言えるかどうか…

 

具体的にこれをこういう風にこうした!ってものをどれだけ挙げることが出来るかは一つの目安になると思います。


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2015年

4月

27日

GW

最近めっきり暖かくなってきました。


私もようやくダウンジャケットを脱ぎ、衣替えを果たしました(笑)


水曜日からゴールデンウィークに入ります。


部活は変わらず忙しいかもしれませんが、聡明舎の授業がない分、自由に使える時間はいつもより多いはず。

その時間で勉強を頑張ろうと思っているなら、何をどれくらいするのかあらかじめ‘具体的な’目標をもってのぞむことをおすすめします。

単に「勉強がんばれ!」と言われてもなかなか動けないけど、「今から80分以内にこの問題を解け!」「7日でテキストの〇ページまで読み進めろ!」「授業でやった英語の長文を毎日夜の11時から10回音読しろ!」「過去問を朝に1年、夜に1年、5/1,3,5日で解け!」「第一志望の大学の問題を1日1科目1年分、5/1~5/5まで解いて完ぺきにしろ。」とかだったらすぐに動けますよね。



あなたの司令官はあなた自身です。
あなたの手足はあなたの部下です。

そしてあなたの部下はすごく優秀です。

司令官の指令がぼんやりしてたら、手足の部下は動くに動けない。

でも、司令官の指令が明確かつ具体的なら、手足の部下は信じられないほどキビキビ動いて仕事をこなしてくれるでしょう。



有意義なお休みをお過ごしください。

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2015年

4月

13日

東大見学ツアー

昨日は、東京大学見学ツアーに生徒と先生で行ってきました。

 

みんなで大学構内を歩き、開放している建物にちょこちょこ入り、学食を食べ、食べたらまた散策。

 

日曜日のため、構内の学生の姿はまばらでしたが、大学というものの雰囲気を十分に満喫できた1日だったと思います。

 

 

 

ある大学に行けるだけの十分な実力を高校3年間という限られた時間の中で身に付ける上で、「絶対ここに行く!」という気持ちは言うまでもなく重要です。

 

というより、本当に「“絶対”ここに行く!」と思えたら、やるべきことの8割方は終わっているのではないでしょうか。

 

「なんだ、簡単じゃないか。自分だって“絶対”○○に行きたいと思ってる」

 

本当ですか?

 

「すべり止めの◇◇でも、まぁいいか。」

「○○じゃなくても、△△なら、まぁいいか。」

「○○に行きたいけど、あれやこれや忙しくてなかなか○○に向けて勉強ができない…」

「○○に行きたいけど、時間がもうあまりないんだよなぁ」

 

残念ながら、そんなのは「“絶対”行く」思いには程遠いです。

 

 

「行ければいいな」を「行きたい」に変え、「行きたい」を「絶対行きたい」に変え、最後に「“絶対”行く」という思いにまで至らしめるに、実際に大学を見に行くという経験は大きなきっかけの一つになると思います。


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2015年

3月

30日

新学期目前

春期講習も後半となりました。

 

新学期もいよいよ目前。

 

とりわけ、中学1年生と高校1年生は、これまでの生活になかったものがいくつも同時期に始まったりします。

 

新しい環境、新しい勉強、新しい人間関係、新しい部活…

 

新しいものづくしの4月かもしれません。

 

 

人間のキャパシティー…1日でこなせる量は、終わらせることができる量…要は楽しめる量は、勉強につけ仕事につけ遊びにつけ、年とともに増えて行きます。

…というより、これまでを振り返ると、そうなってはいないでしょうか?

 

小学生の頃より中学生の頃、中学生の頃より高校生の頃、高校1年生の頃より高校3年生の頃…の方がキャパシティーが大きくなっていると思います。

 

年をとったからそうなったのか?

 

そうではないと思います。

 

キャパシティーが大きくなる節目節目で意識的にせよ無意識的にせよ、それまで続けていたやりたいことやるべきことはそのままにして、新たにやりたいことやるべきことを増やしたからだと思います。

 

最初は窮屈だったかもしれません。

 

ですが、しばらくしてそれが普通になる日が必ず来ます。

 

人間のもつある意味偉大な“慣れ”という力のおかげだと思います。

 

 

新生活始まりにあたって、覚悟を決めて新たにやりたいことやるべきことに挑んで、人間の“慣れ”の力を存分に活かしてキャパシティーを増やしにいってほしく思います。


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2015年

3月

02日

高校準備講座スタート

新高1生対象の高校準備講座が始まりました。

 

先の説明会で伝えた短期目標は、最初の定期試験で学年トップをとること。

 

学年トップをとればよくて、そうでなければダメだというつもりはもちろんありません。

 

大事なことは、なぜ学年トップをとることを目指すのか?

 

 

学年トップをとる人ってどういう人か?

 

勉強が苦しくて嫌でたまらないけど、仕方ないから一生懸命にやった人…なんだかしっくりきません。

 

これまで、生徒の中にもまた自分の友人の中にも学年トップというものをみてきましたが、その経験に照らし合わせて見てもまったくしっくりきません。

 

それよりも、おそらく誰よりも勉強そのものを楽しんだ人…すごくしっくりくるんです。

 

そんな人になってほしいと思います。

 

 

聡明舎高校部のカリキュラムはこの高校準備講座からがスタートです。

 

短期目標が最初の定期試験で学年トップならば、長期目標は行ける大学ではなく行きたい大学にいく。

 

…そして、勉強そのものを楽しめる人になってほしいと思います。


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2015年

2月

16日

まだまだこれから

2月も後半に入りました。

 

中学3年生は、高校入試の筆記を終えました。

高校3年生は、進路が早々決まった生徒、結果待ちの生徒が過半数を超えてきました。

 

受験も最高潮に達して…

受験も最盛期が過ぎて…

 

って、達してないし、過ぎてもないから!

 

 

国公立の前期入試は2月末、後期入試は3月上旬。

 

まだまだ全然これからです。

 

人によってはこれからが“最高潮”“最盛期”なんです。

 

自習室に足を運ぶ仲間が一人また一人と減って行く中、最後まで“自分”を強くもってやりきってほしいです。

 

誰かの最盛期は見送るもの、自分の最盛期は迎えるもの。

 

先に訪れた仲間の最盛期を見送るのにつられて、これから訪れる自分の最盛期もいっしょに見送らないようにしよう。

 

最盛期をすでに迎え、仲間に見送られた人は、今度は自分が、これから最盛期を迎える仲間を見送ってやる番。

 

 

2月半ば…まだまだ全然これからです。


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2015年

2月

02日

勝負

2月に入りました。

高3の受験がいよいよ本格化してきます。

 

 

足元を全然見ないで空ばかり見て歩いていたら、転んでも当然。

 

いたずらに緊張したり不安になったりする人は、これと同じことを受験でやっている可能性が高いと思います。

 

あの公式さえ覚えていたら・・・

あの単語さえ覚えていたら・・・

あの問題さえ解いておいたら・・・

 

あの公式を知らなくても、(自分の知ってる)この公式とこの公式でなんとかすればいい。

あの単語なんて覚えてなくても、前の文と後ろの文の(自分の知ってる)この単語とこの単語から類推してなんとかすればいい。

解いてなかったあの問題だって、(自分の解いたことがある)この問題とこの問題の組み合わせにすぎない。

 

足元(今自分にあるもの)を見ないで、空(今自分にないもの)ばかり見てると、今自分にあるものさえ見えなくなる。

 

 

そして、今自分にあるものが、それだけでいかに頼れるものであるかを忘れてしまうかもしれません。

 

ABCDE5枚のカードがある。

 

1枚ずつしか使い方を知らない人は、手数を増やすためには今はない6枚目のカードがなければダメだと思い、自分はたった5通りの武器しかないと嘆くあまり、その5通りの武器も満足に使いこなせないかもしれない。

 

今自分にあるものを信頼する人は、1枚1枚じゃなくて、2枚くみあわせて手数を増やしに行くかもしれない。2枚組み合わせたら、A・B・C・D・Eに加え、手数は一挙にAB・AC・AD・AE・BC・BD・BE・CD・CE・DEと10個増える。3枚組み合わせたらさらに10個、4枚組み合わせたらさらに5個増える。最後のきりふだは5枚全ての組み合わせだ。合計31通りの武器や技が見える。

 

 

もちろん、今自分にあるものが、言わばたかだか5枚のカードしかないという人はいないと思う。

 

今の自分にあるもので十分に勝負できるはず。

 

だから、今自分にあるもので十分に勝負すればよい。

 

勝負の最中に、あとになってわかる結果という名の“空”ばかり見てるのは、いわばよそ見。

 

本番でよそ見しないで、今の自分を信じて集中できるかどうか。

 

これもまた“勝負”かもしれません。ですが、この勝負は絶対勝ちにいってほしいです。


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2015年

1月

19日

高3センター試験終了

高3のセンター試験が終了しました。

 

 

うまくいった人もいれば、そうでなかった人もいます。

 

 

うまくいった人は、油断しないように。

 

さらに調子をあげて、渾身の力で行けるとこまでいきましょう。

 

 

うまくいかなかった人は、落胆して止まってしまわないように。

 

これまでやってきたこと、培ってきた心は、たった一度の“試合”で崩れてしまうほどもろいものではないはず。

 

1月下旬から始まるいわば“本戦”で今度こそ力を発揮しましょう。

 

 

なにはともあれ、第一ラウンドが終了したのみ。

 

最終ラウンドまで、しっかり戦いきって、頭も心も最後に大きく成長して、受験を終えましょう。


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2015年

1月

05日

あと12日

次に私がブログを書く時は、2週間後。

 

高校3年生の受験の第一関門のセンター試験が終わっています。

 

 

それまであと12日間。

 

ただの12日間ではない。

 

これまでで一番濃い12日間のはず。

 

 

人間出来るのは1日分。

 

これまでの1日分とはわけが違う。

 

これまでにないくらい濃い1日分のはず。

 

それを12日間積み重ねて、あとは全力をぶつけにいってほしく思います。

 

 

人間、勝負のときは、勝負の時点でもっているもので勝負するしかない。

 

「“あれ”やっておけばよかった…」

「“あれ”覚えておけばよかった…」

「“あれ”解いておけばよかった…」

 

…そんな自分がもっていない“あれ”のことを考えている瞬間は、肝心の自分がもっている“これ”が見えなくなってしまいます。

 

見えてなければ、もってないのと同じになってしまいます。

 

“あれ”はないけど“これ”があるなら、“これ”で勝負に行きましょう。

 

そして、“これ”はまだまだ増やせるはずです。


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2014年

12月

23日

ウルトラマン

ウルトラマン。

子供の頃はその強い姿に素直に憧れた。

大人になっても、やはり惹かれる。

何に?

やはりその強さに。


みんなが泣いて助けを求めている中、迷わず助けに行く強さ。

みんなが投げ出してしまいそうな中、最後まであきらめない強さ。


怪獣に勝てるか勝てないかは問題ではない。

泣いて助けを求めている人がいるから全力で助けに行く。

みんなが勇気を失いあきらめてしまいそうだから、自分が最後の希望になりに行く。

子供の頃も実は大人になってから感じるのと同じそんな強さに憧れていたのではと今振り返って思う。


高校3年生、
「受かるかどうか不安…」
「自分には◯◯大学なんて無理かも…」

…助けてウルトラマン!
不安と闘って!
どーせ無理なんて思わせないで!




最後のウルトラマンはあなた自身です。



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2014年

12月

08日

焦って動いて

高校3年生も最後の模擬試験を終えました。

 

中学3年生も内申が確定しました。

 

あとは入試に向けてとことんやるだけです。

 

この時期、点数が思うように伸びず、悩んでいる人も少なからずいると思います。

 

そんな悩みを見ていて一つ言えることは、

 

「やった分だけ実力はつく」

「やった分だけしか実力はつかない」

ということです。

 

点数が伸びない原因を、目の前の自分の間違えた個所に向ける人。に、いったい自分の考え方・解き方のどこがまずいんだろう?って間違えから逃げずに、考えて考えて考え抜いて、自分の間違えたところと真摯に向き合う人。

 

実力は必ずつきます。

だってやれてますから。

 

点数が伸びない原因を、自分の能力や残り時間に向ける人。自分の可能性を疑ったり、もう時間がない!が口癖や思い癖になってしまっている人。

 

残念ですが、実力はつきません。

だってやれてないですから。

 

人間である以上能力そのものに大差はない。

残り時間もみな一緒。

 

 

実力はやった分だけ必ずつく。

 

受験が終わるまで確かに時間はすくなくなってきました。

 

どーせ焦るのなら、焦って止まって全く実力つかずで終わるのではなく、焦って動いて動いた分だけ実力ついたで終わりにしましょう。


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2014年

11月

25日

高校生の定期テスト

そろそろ高校生も定期試験のシーズンです。

 

高校生の定期テスト、中学生のころと比べて、変わってませんか?

 

中学生のころは、90点、80点台があたりまえだった人も、70点や60点、はたまたそれ未満に甘んじていないでしょうか?

 

『それは、高校生になって学習内容が高度になったからですよ。』

『それは、高校生になって学習進度が速くなったからですよ。』

『それは、高校生になって部活動が忙しくなったからですよ。』

 

『それは、高校生になって…からですよ。』

 

本当に??

 

“高校生になって”じゃなくて、“一つ学年が上がった”…だけじゃないでしょうか?

 

そりゃ、一つ歳をとるわけですから、その歳に見合うものが要求されて当たり前です。

 

小学生から中学生になるとき、中1から中2になるとき、中2から中3になるとき…だって、一つ歳をとる分、学習内容や進度や部活動は以前よりハードになってきたはず。

 

でも、自分の中のハードルは下げなかったはずだと思うんです。

 

自分の中の目標を下げなかったはずだと思うんです。

 

下げるどころか時にはむしろ上げたりしてきたこともあるのでは?

 

「よーし、次の期末こそ上げにいくぞ!」みたいに。

 

 

 

『いやいや、そうはいいますけど、高校生って、高校受験を経てきている以上、周りにいるのはいわば自分と同じくらいの学力かそれ以上もたくさんいるわけですよ。中学生のころのようにはいきませんよ。』 

 

果たしてそうでしょうか?

 

中学生のころの目標設定は、学年で○位とかクラスで○位…みたいな相対的なものだったでしょうか?

 

むしろ、○○点以上!みたいなシンプルな絶対的なものではなかったでしょうか?

 

目標が絶対的なものである以上、その達成の如何は、自分との勝負であり、そこでは、他人は蹴落とす対象ではなく、自分に力を貸してくれる存在ではなかったでしょうか?

 

優秀な同級生が周りに大勢いることは、むしろ大いに刺激になり、自分が決めた絶対的目標を達成する上で、追い風にこそなれ、向かい風にはならないはず。

 

 

 

出題範囲が決まっていて、試験の日も決まっている。

 

高校生になったからといって、別に試験の仕組みが大きく変わったわけではない。

 

学習内容や進度がハードになっても心意気のハードルはさげずに行きましょう。

 

ハードになってもハードルさげない!

 

大丈夫。

 

既にそれを成し遂げてきた自分が自分の中に必ずいる。

 

だから、まずは思い出してほしいと思います。


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2014年

11月

10日

あっても見えないもの…

あっても見えないもの…見えなければないのと同じ…ないからもちろん使うことなんてできない。

 

高校3年生と話していると、そんなあっても見えなくなっているものの存在に気づかされます。

 

それは、時間。

 

この時期、受験を間近に控えた高校3年生のなかには、勉強をやってはいるけど、思うようにはかどらず、時間がなくて困っている人が少なからずいます。

 

「○○をやらねばならなくて、気づいたらこの1週間、他にもやるべき△△ができませんでした…」みたいに。

 

もし、こんな状況に陥っているなら、本当に時間が“ない”のか、きちんと確かめてみればいいのではと思います。

 

見えなくなっているものを見えるようにする方法は単純。

 

書いてみること。

 

1週間単位で、自分の利用可能時間がどのくらいあるか、目で見てわかるようにしてみること。

 

あとは、やるべきこと・やりたいことをその中に全て放り込むだけです。

 

これまでうまくこなしきれなかったことが、これだけでこなせてしまう可能性を目で確認できます。

 

もちろん、計画通りにいかないこともあるでしょう。

 

当初1時間くらいで済ませるはずだと見込んでいたものが、時には2時間も3時間もかかってしまいこともあるでしょう。

 

イレギュラーな予定が入ってしまうこともあるでしょう。

 

ですが、見えないものはコントロールできませんが、見えるものはコントロール可能です。

 

予定がずれたら、落ち着いて調整・補正することが可能です。

 

 

不安が0になることはないかもしれません。

 

ですが、不安と上手につきあっていくことはできると思います。

 

自分でコントロールできることとそうでないこと。

 

これをはっきりさせておくだけでも、不安との付き合いはだいぶ上手になれるのではと思います。


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2014年

10月

27日

高3模試 「うまくいかなくて…」

 

昨日高校3年生は模試がありました。

 

 

 

うまくいった人もいればそうでなかった人もいます。

 

 

 

 

 

うまくいった人。

 

「勝って兜の緒をしめろ!」

 

 

 

自信をつけるのは大いに結構だが、慢心はいけない。

 

 

 

この時期の模試で慢心しているようでは正直先がおもいやられる。

 

 

 

 

 

うまくいかなかった人。

 

 

 

何のせいでうまくいかなかったか、きちんと見えているだろうか?

 

 

 

「緊張してしまいました。緊張しなかったら、もっといけてたんですが…」

 

「時間が足りませんでした。時間がもう少しあれば、もっといけてたんですが…」

 

 

 

見えていない。

 

 

 

緊張すること・時間が足りないことは想定済みだったはず。

 

 

 

その緊張に耐える鍛錬、時間を足らしめる鍛錬が不足していた、否、正直やっていなかったのではないか?そこから目をそらさないことが大事。

 

 

 

 

 

緊張に耐えるためには、反復による自信の蓄積が必要。

 

 

 

「結構、やったんですが…」

 

 

 

その“結構”の基準が、(少なくともまずは主観的に、ついには客観的に、)緊張に耐えうると思われるレベルか単なる自己満足のレベルかもう一度見直す必要がある。

 

 

 

 

 

時間を足らしめるには、普段から時間を意識した取り組みが必要。

 

 

 

「取り組んでます!」

 

 

 

本当か?

 

 

 

家で自分で時間を計って取り組む時、残り時間1分を切ったときに、なんともいえない焦りをちゃんと感じているか?10回模試をやったとして、10回とも時間を足らしめる意識はあるか?「10回中1回くらいは時間が足らないこともあるかも」とか思っていないか?その1回が本番だったらどうする?

 

 

 

 

 

こうして日々のやるべきことを改めてしっかり見据えたあとは、シンプル。

 

 

 

逃げないこと。

 

 

 

 

 

 

 

これをきっかけに改めて自分を見つめなおすことができれば、うまくいかなくても“よかったね”。

 

何も変わらなければ、単にうまくいかなかったね。

 

うまくいかなかったね…で終わるか、うまくいなかくてよかったね…に“する”かは君次第

 

 

 

…というか、しよう!

 

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2014年

10月

14日

ちょっとでも動いてみる

 

ブログの更新、遅くなってしまってすいません。

 

 

 

最近、友人からFacebookを勧められました。

 

 

 

「クスはFacebookしないの??」

 

 

 

気ままに、友人のFacebookのページをのぞいてみたら、みな気ままに自分の写真をページにアップしていました。

 

 

 

自分だったら、やはり“筋肉”系の写真でいきたいところ♪

 

 

 

クスモトは相変わらずだぜっ!てとこをアピールしたいところ♪

 

 

 

 

 

 

 

だが、しか~し!!

 

 

 

最近、筋トレが思うようにできておらず、若干“しぼみ”がち。

 

 

 

はい、ウソ言いました。

 

ごめんなさい。

 

 

 

“若干”ではなく“かなり”しぼみがち。

 

 

 

 

 

『実は…筋トレの計画がうまくたってないから…』

 

 

 

また、ウソ言いました。

 

ごめんなさい。

 

 

 

気合が足らないだけです。

 

やる気が不足しているだけです。

 

 

 

計画のせいにしてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

そういうわけで、計画を見直すことにしました。

 

 

 

計画のせいにしてしまうのなら、計画のせいにできなくしてしまおうと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

動かなければ何も変わらない。

 

 

 

でも、どう動けばいいかわからない。

 

 

 

そういう時って、何かのせいになっている、していることって、あると思うんです。

 

 

 

そのせいじゃないのはわかっているけど、ついそのせいって思っちゃうんだよな~、みたいな。

 

 

 

だったら、そのせいに真っ向から向かってみて、そのせいにできなくすることを以て“動”いてみるのはどうでしょう?

 

 

 

小さなことでもいいと思うんです。

 

 

 

0と1の差はたった1。0と100の差に比べたら微々たるものです。

 

 

 

ですが、毎日0は100日たっても0のまま。ですが、毎日1は100日たったら100になる。

 

 

 

もしかしたら、途中で1日1が2になり3になり10なり…かもしれない。

 

 

 

 

 

というわけで、ちょっとでも動いてみようと思いました。

 

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2014年

9月

30日

試験で時間がないのをどうしよう?

 

高校3年生はこの時期、模擬試験を経験する回数が増えてきます。

 

 

 

中学3年生も今週末模擬試験です。

 

 

 

 

 

生徒からこんな言葉をよく耳にします。

 

 

 

「あと10分あったら解けたのに…」

 

 

 

試験は時間との勝負でもあります。

 

 

 

時間との勝負に勝てずにどうも伸び悩んでいる子が少なからずいます。

 

 

 

 

 

試験で結果を出すには“力”が必要です。

 

 

 

「あと10分あったら解けた…」なら、問題を解く“力”はあったのでしょう。

 

 

 

問題を解く“力”が足りない人は、「あと10分あっ」ても、解けませんから。

 

 

 

ですが、問題を時間内に処理する“力”が足りなかったのでしょう。

 

 

 

 

 

およそ人間のもつ“力”で鍛えられない力はそうそうないと思います。

 

 

 

「あと10分あったら解けたのに…」なら、問題を時間内に処理する“力”を鍛えればいいんです。

 

 

 

にもかかわらず、おろそかになっていませんか?

 

 

 

「そんなことありません。普段から時間を計って過去問を解いています。」というなら、時間内に解けなかった時どうしてますか?

 

 

 

「1分や2分、いや10秒や20秒くらいなら時間伸ばしても、ドンマイでしょ。」

 

「あと1分あったら完璧に解ききれるんだから。完璧に解ききることの方が大事でしょ。(っていうか、ここで終わったら、この年度の過去問の点数はひどいなぁ。それはいやだなぁ)」

 

 

 

とか、理由をつけて、時間内に処理する力を鍛える練習をさぼってませんか?

 

 

 

それじゃぁ、時間内に処理する“力”は増えません。

 

 

 

じゃぁ、時間内に処理する“力”が鍛えられている時っていつでしょうか?

 

 

 

一番わかりやすいのは公の会場での模擬試験の時です。

 

 

 

マークシートを塗りつぶすのにたとえ1秒かからなくても、試験終了のベルが鳴ると同時にペンを置かねばなりません。

 

 

 

「1秒あれば塗りつぶせたのに…」の“1秒”は認められません。

 

 

 

そんな当たり前ですが、シビアなシチュエーションを、受験している本人が何よりもわかっていると思います。

 

 

 

だから、時間内に処理する“力”が鍛えられるんです。

 

 

 

同じように普段の勉強もやれてますか?

 

 

 

たとえ時間を計ってやっていても、終了後でも1秒“勝手に”延長して塗りつぶしていませんか?

 

 

 

それじゃ、トレーニングにはなりません。

 

 

 

としたら、時間内に処理する“力”の鍛錬は、わずかな回数の模擬試験の時だけになってしまいます。

 

 

 

それじゃ、足りません。

 

 

 

 

 

時間内に処理する“力”を鍛えたければ、普段の勉強から、自分で自分に言い訳せずに、ちゃんと時間と向き合いましょう。そうすれば、きっと鍛えられる。

 

 

 

およそ人間のもつ“力”で鍛えられない力はそうそうないと思いますから。

 

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2014年

9月

15日

「どーせ無理」を一つぶっ飛ばしつつあります。

 

最近、楠本の中でこれまで「どーせ無理」であったものを、ひとつぶっ飛ばしつつあります。

 

 

 

料理。

 

 

 

これまでの楠本の作る料理は、

 

 

 

①お湯を使えば完成系のもの。(例)カップラーメン、カップソバ、カップウドン、ゆでたまご等

 

 

 

②皿に盛れば完成系のもの。(例)お惣菜等

 

 

 

③手作業のみで完成系のもの。(例)納豆、ワイルドサラダ等

 

 

 

ところが!

 

 

 

最近作ったものは、

 

 

 

・豚ホルモン炒め

 

 

 

・もつ煮込み

 

 

 

・タマゴサンドイッチ

 

 

 

・アボカドシュリンプホットドッグ

 

 

 

・チキンホットドッグ

 

 

 

・宮崎チキン南蛮

 

(ちゃんとタレも自分で混ぜて作りました!!もちろん、チキンもちゃんと油を使って揚げるとこまでやりましたよ~。※タルタルソースのみ市販品を使ってしまいました。)

 

 

 

・アボカドバーガー

 

(これがうまかった!パンを買ってきてパンをトーストして、アボカドを切ってこねてマヨネーズとわさびとしょう油を加えてまぜて、さらにゆでておいたエビをまぜて、それとは別にタマゴをゆでてつぶしてマヨネーズを混ぜて、肉をこねて塩コショウで味付けして焼いて、最後に全てをドッキング!)

 

 

 

いやぁ、上記アボカドバーガーの作り方のくだりを書いている最中、「俺って、料理してるじゃん!」と思ってしまいました(笑)

 

 

 

※先週、井出先生にモツ煮込みを作ったことを自慢しようと思って、作り方を説明している最中(モツ煮込みの素を買ってきて、鍋にいれて、ホルモンを入れて、キャベツを切って入れて、ニラを切って入れて…あとは待つのみ)、これって、先の「①お湯を使えば完成系のもの」の延長じゃん!、これまでとあんまり進化してないじゃん!と気づいてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

結局、要は、できるかできないかではなくて、やるかやらないか。

 

 

 

もっともらしいできない理由も所詮あとからつけた理屈。

 

 

 

そもそもこの世にあとから理屈のつかないことなんて、よきにつけあしきにつけ、ほとんどないと思いますから。

 

 

 

 

 

料理という身近なものを通してでしたが、あらためて再確認できた気がします☆

 

 

 

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2014年

9月

02日

掃除をしてて思ったこと

 

「モップかけてぇ…」

 

 

 

そんな願いを昨日、ついにかなえました。

 

 

 

天気は今日とはちがってまずまずだった昨日の日曜日。

 

 

 

ぷらりと高校部へ赴いて、一人気ままにモップをかけておりました。

 

 

 

夏期講習の途中からそう思い始めて、着々と準備を整えておりました。

 

 

 

以前からあったモップの柄とモップの先に加え、床用のクリーナーとモップをごしごししぼる器械を整えました。

 

 

 

で、ついに昨日その初使用。

 

 

 

いやぁー、よかった(笑)

 

 

 

 

 

モップをごしごしかけていると、ふと小学生のころを思い出しました。

 

 

 

そういえば、あの頃もこんな風に教室のモップをかけたことがあったなぁ、と。

 

 

 

ただあの頃は、今みたいな気持ちでは全然なかった。

 

 

 

「モップめんどくさーい!」

 

 

 

 

 

教室の掃除はマストであります。「せねばならない」ことであります。

 

 

 

それは今も昔も変わらないと思います。

 

 

 

今回だって、「せねばならない」という気持ちもありました。

 

 

 

ですが、同時に、そんな「せねばならない」ことを終えた後の「こうなりたい→こうなるはずだ→こうなるんだから!」みたいな絵が心の中に描けてました。

 

 

 

そんな絵は昔はなかった。

 

 

 

 

 

「せねばならない」ことを終えた後には必ず「やってよかった」と思えるはず。

 

 

 

そんな「やってよかった」と必ず思える「せねばならない」こと…“せねばならない”ことである以上、やるかやらないかは決まってます。

 

 

 

やるんです。

 

 

 

だからこそ、どうせやるなら、“どう”やるか?

 

 

 

気持ちよく、意気揚々と、楽しく、やりたいものです。

 

 

 

そのために、ちょっと考えたり、想像したりするといいかもしれません。

 

 

 

「せねばならない」ことをやり終えた先にどうなりたいか。

 

 

 

「せねばならない」ことが文字通り“100%「せねばならない」ことと感じる”対極には、“0%「せねばならない」ことと感じる”=“100%「やりたい」ことと感じる”があると思います。

 

 

 

“100%「やりたい」ことと感じる”のは難しいかもしれませんが、“90,80,70…あるいは60%「やりたい」ことと感じる”ことができれば、だいぶ、気持ちよく、意気揚々と、楽しくやれると思います。

 

 

 

その一端は、「せねばならないこと」をする前の想像の強さにかかっているのではないかと思いました。

 

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2014年

8月

18日

夏は終わるが…

 

夏期講習後期に入りました。

 

 

 

毎年のことですが、お盆が過ぎて、夏期講習も後期に入ると、夏の終わりを実感として感じ始めます。

 

 

 

まだまだ変わらず暑い日が続きますが、真夏の暑さというよりは、夏期前半には感じることがなかった“秋”をそこはかとなく感じさせる暑さです。

 

 

 

「夏ももう終わりか…」

 

 

 

季節の節目の時期ですね。

 

 

 

どことなくセンチメンタルになったりして()

 

 

 

 

 

ついでに…

 

勉強面でも「あれもやりかたったのにできなかった…。これもやりたかったのにできなかった…。もうすぐ夏は終わる…」とか同じくセンチメンタルになってませんか?

 

 

 

大丈夫!

 

 

 

夏は終わりますが、勉強はそんな風には終わりませんから。

 

季節に区切りはありますが、勉強するのにそんな風な区切りはありませんから。

 

 

 

あれもやりたかったのにできなかった…

 

ならば、これからやりましょう。

 

 

 

これもやりたかったのにできなかった…

 

ならば、これからやりましょう。

 

 

 

Live as if you were to die tomorrow.

 

Learn as if you were to live forever. by Mahatma Gandhi

 

明日死ぬかのように生きなさい。

 

永遠に生きるかのように学びなさい。マハトマ・ガンジーより

 

 

 

夏は終わるが、学びは終わらない。

 

 

 

夏期講習始まりの頃の1日であろうが、終わりの頃の1日であろうが、1日は同じ1日。

 

 

 

変わらず大切に過ごしていきましょう。

 

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2014年

8月

04日

炎に薪をくべましょう。

 

早いもので、全25日間の夏期講習も折り返し地点を迎えました。

 

 

 

夏休みが始まる前には誰しもが持っていたはずの「この夏はがんばるぞ!」の気持ちは、今はどうでしょうか。

 

 

 

夏はレジャーでキャンプファイヤーやバーベキューが盛んになる時期ですが、炎は、燃えるものがなければいつか消えてしまいます。

 

 

 

始めはどんなに勢いよく燃え盛る炎も、燃えるものがなければ消えてしまいます。

 

 

 

 

 

やる気の炎も同じ。

 

 

 

やる気をぶつけるものが物理的・具体的でなければ、やる気をぶつけるにもぶつけられません。

 

 

 

「英語をがんばる!」

 

では、物理的・具体的に何をするのですか?

 

 

 

「数学をがんばる!」

 

では、物理的・具体的に何をするのですか?

 

 

 

…「それじゃ、過去問を解く!」

 

では、どれだけをいつまで解くのですか?解いた後どうするのですか?

 

 

 

 

 

まだ、夏は半分も残っている。

 

 

 

やる気はきっとあるでしょう。

 

 

 

だからこそ、やる気の炎にしっかり物理的・具体的な薪をくべましょう。

 

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2014年

7月

22日

気を付けたいこと

 

更新が遅くなってしまって申し訳ありません。

 

 

 

日曜日から、夏期講習がついに始まりました。

 

 

 

通常とちがってほぼ連日・連続の授業。

 

 

 

生徒だったら授業を受けるだけでも、先生だったら授業をするだけでも大変。

 

 

 

 

 

だから、気を付けたい。

 

 

 

こなすだけにならないように。

 

 

 

生徒だったら授業をたくさん受ける…私だったら授業をたくさんする…だけで、なんだか大きな充実感をつい感じてしまうから、気を付けたい。

 

 

 

授業を受けるのは、目的ではなく、手段。

 

授業をするのは、目的ではなく、手段。

 

 

 

授業を受けることで、授業をすることで、どうなりたいか、どうしたいか…

 

 

 

多忙にかまけて、見失わないようにしたい視点です。

 

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2014年

7月

08日

”忙”しくても“心””亡”くさず

 

早いもので、夏期講習まで2週間を切りました。

 

 

 

夏期講習までの残り時間とは反比例にやるべきことやりたいことは増える一方です。

 

 

 

「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、あれもやりたい、これもやりたい」

 

 

 

 

 

やれるかなぁ…不安だなぁ…

 

 

 

って思う時に限って、“考える”ことがおろそかになっている自分、なんとかしようと“考えて”いない自分にはっと気づく時があります。

 

 

 

“考え”なければ八方ふさがりに見える前途も、ちょっと“考え”たらすぐさま道が開けてくるもの。

 

 

 

なんとかしようと“考え”れば、なんとかなる道がひらけてくるもの。

 

 

 

 

 

 “忙”しさにかまけて、“心”を“亡”くしてしまわぬように、気をつけたいです。

 

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2014年

6月

23日

感情と思考

 

愉快なことがあったら、愉快な気持ちになる。

 

楽しいことがあったら、楽しい気持ちになる。

 

 

 

嫌なことがあったら、嫌な気持ちになる。

 

疲れることがあったら、疲れた気持ちになる。

 

 

 

愉快になるな!楽しくなるな!嫌な気持ちになるな!疲れた気持ちになるな!

 

 

 

…って言われてもなかなか自由にならないのが人間の感情。

 

 

 

 

 

ある日の午前に嫌なことがあって嫌な気持ちになりました。

 

ある日の午前に疲れることがあって疲れた気持ちになりました。

 

 

 

その日の午後、笑顔で過ごすことはできますか?

 

 

 

ある日の午前に愉快なことがあって、愉快な気持ちになりました。

 

ある日の午前に楽しいことがあって、楽しい気持ちになりました。

 

 

 

その日の午後、笑顔をおさえて過ごすことはできますか?

 

 

 

 

…って、よく考えたらできますよね。

 

 

 

というより、社会に出て仕事を始めたらある意味当然求められます。

 

 

「そうか、朝、嫌なことがあったんだね。午後の授業は元気なくていいよ。」ってわけにはいきません(笑)

 

 

 

感情は自由にコントロールすることは難しい。

 

 

 

でも、思考は自由にコントロールすることができる。

 

 

 

思考とは、いわば「これからこう生きていこう、過ごしていこう」というあり方の問題。

 

 

 

ネガティブな感情になると、つい思考までネガティブになってしまいがちかもしれませんが、ネガティブな感情とネガティブな思考は同じものではありません。

 

 

 

感情と思考は別物だって知っておくだけで、感情とは別に思考をどうするかを自分でコントロールする第一歩になると思います

 

 

 

 

 

最近読んだ本の一節に、「幸福“感”は感じることができない時があっても、幸せな生き方はできる」といった内容が書かれてありました。

 

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2014年

6月

09日

論より証拠

聡明舎では大学入試のためのスタンダードな英単語帳を1冊採用しています。

 

論より証拠、その1冊を覚える前と後では、英文はどう見えるか検証してみました。

 

※以下早稲田大学の入試問題から抜粋

<覚える前>

It does not take long for children to develop the habit of slumping in front of the television as soon as they get home. Many schools devote little time to sports, especially at the primary level. There has also been a tendency to concentrate only on those pupils who are good at sport and in some areas competitive sports have been reduced because local educators believe that children who constantly lose may suffer long-term psychological harm. Increasing violence in society has also led to children being forbidden to play unsupervised in urban areas. The combined effect of these factors is that today’s youngsters are involved in less day-to-day physical activity than previous generations.

 

 

<覚えた後>

It does not take long for children to develop the habit of slumping in front of the television as soon as they get home. Many schools devote little time to sports, especially at the primary level. There has also been a tendency to concentrate only on those pupils who are good at sport and in some areas competitive sports have been reduced because local educators believe that children who constantly lose may suffer long-term psychological harm. Increasing violence in society has also led to children being forbidden to play unsupervised in urban areas. The combined effect of these factors is that today’s youngsters are involved in less day-to-day physical activity than previous generations.

 

タイトルに従い、“論”じるのは控えます。

 

 

 

 

 

 

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2014年

5月

26日

気持ちをこめたら

 

昨日は、聡明舎主催の「どーせ無理をぶっ飛ばせ」講演会。

 

 

 

授業の一環として行われるこちらの講演会。

 

 

 

ふだんの授業と同じく、「お願いします」のあいさつに始まり、「ありがとうございました」のあいさつに終わりました。

 

 

 

Onegaishimasu」の音を発するだけでは、“お願いします”は伝わらないと思います。

 

 

 

Arigatogozaimahita」の音を発するだけでは、“ありがとうございました”は伝わらないと思います。

 

 

 

「音」にこめた“気持ち”の分だけ、“お願いします”や“ありがとうございました”は生きてくる。

 

 

 

大きな声ではなく大きな気持ち。

 

 

 

昨日の講演会。

 

 

 

生徒、保護者様、お客様、聡明舎のスタッフ…みなみなの気持ちのこもったあいさつに始まり、気持ちのこもったあいさつで終わった、素晴らしい会だったなと思いました。

 

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2014年

5月

12日

できる!できる!

 

今自宅のマンションで改修工事がなされています。

 

 

 

マンションのまわりには、高いところまで足場が組まれ、連日作業の方がその足場の上で工事をなさっています。

 

 

 

足場は見るからに頑丈です。

 

 

 

ですが、もし、自分が同じ作業をそこでするとなると…やはり怖いだろうなと思います。

 

 

 

 

 

今、地面に直径50センチの円を書きました。

 

 

 

その中に立って10数えてください。

 

 

 

できたら、今度は、直径50センチ高さ300mの円柱の上に場所を移しましょう。

 

 

 

風はありません。

 

 

 

どうでしょう?

 

 

 

途端に足がすくみませんか?

 

 

 

地面では容易にできたことが、上空ではできなくなる、あるいはかなりやりづらくなりませんか?

 

 

 

なぜでしょうか?

 

 

 

いや、こわいからですよね。

 

 

 

落ちたらどうしようとか考えてしまいますよね。

 

 

 

この「こわい」とか「落ちたらどうしよう」とかって、まとめると「失敗したらどうしよう」の失敗のイメージだと思うんです。

 

 

 

自分の能力は、地面でも上空でもまったく変わらないはず。

 

 

 

ひとつ違うのが、地面ではもたなかった失敗のイメージを上空ではどうしてももってしまう。

 

 

 

そのイメージのせいで、自分の持っている能力、確実に間違いなく備わっている能力すら発揮することが難しくなります。

 

 

 

だから、能力は身に付けてお終いではなく、発揮する力が同時に大事だと思うんです。

 

 

 

試合本番、発表会本番、定期試験、模擬試験、入試本番…いわば地上300mの機会であっても、地面でできたことをそのまま発揮できる力。

 

 

 

無理だ…できない…こわい…失敗したらどうしよう…と頭の中で思ってしまうのなら、

 

 

 

ちょっと無理して「大丈夫!できる!やれる!」と思うのではなく言ってみるのはどうでしょう。

 

 

 

「思う」のはなかなかコントロールできませんが、「言う」のは容易にコントロールできます。

 

 

 

言ってみて何が変わるか?

 

 

 

(試しに)「できる!できる!」

 

…はぁこんなことやって何が変わるんだよ…

 

(もう一度)「できる!できる!できる!」

 

…自分、何やってんだろう…

 

(もう一度)「できる!できる!できる!できる!」

 

…あぁ、もうわかったわかった!やればいいんでしょ!

 

 

 

やれば…できるもんです。だって、やれる能力は備わっているんですから。

 

 

 

すぐにうまくはいかなくても、少なくとも、「できるって考える余地0%」からは抜け出せて、「1%の出来る・やれる」は芽生えると思います。

 

 

 

たとえ1%であっても、0と1は大きな違いだと思うんです。

 

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2014年

4月

28日

GW

 

明日からGW。

 

 

 

やり残した仕事はない!

 

 

 

…と言いたいところだが、そうでもない。

 

(さらに言うならば、やるべき仕事がない…というのはそれは別の意味で不安であるが)

 

 

 

やれるかしら?

 

 

 

そんな弱気な自分が顔を出す。

 

 

 

否、やれるかどうかではなくやるのである。

 

 

 

 

 

 

本を読むときには3色ボールペンを携えて読むのが癖である。

 

 

 

赤:本の趣旨からして、誰が読んでもすごく大事と思うであろう箇所

 

青:本の趣旨からして、誰が読んでも大事と思うであろう箇所

 

緑:他の人はどうか知らないが、自分はビビビっと来る箇所

 

 

 

不思議なもので、本を読んでいると、欲しい言葉に出会える。

 

 

 

心が欲しい言葉を探しに行くようだ。

 

 

 

そして緑の箇所はもっともタイムリーな言葉であることが多い。

 

 

 

「一生懸命やっているときは、迷いが晴れる」(「ブレイクスルー」松尾健史著)

 

 

 

GW、一生懸命に過ごして、心晴れやかな日々を送ろうと思う。

 

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2014年

4月

14日

to doリスト

 

iPhoneには、メモ帳という機能がある。(いや、iPhoneでなくてもあると思うが。)

 

 

 

楠本は、職場で自分のiPhoneをいじっている時がまぁそこそこある。

 

 

 

インターネットを見て暇つぶしをしているわけではない。

 

 

 

こっそり友達か誰かにメールをしているわけではない。

 

 

 

ラインをしているわけではない。(というかそもそもラインがまだよくわかっていない。)

 

 

 

Twitterでつぶやいているわけではない。(というかそもそもつぶやく相手もいなければ、つぶやき方もわからない。)

 

 

 

もちろんゲームをしているはずがない。

 

 

 

じゃあ何をしているか?

 

 

 

メモ帳を見ています。

 

 

 

やるべき仕事は、ほとんどメモ帳に一覧にしています。

 

 

 

それを見たり、新たに加えたりしています。

 

 

 

だから、iPhoneを見ている楠本を見たら、決して遊んでるわけじゃないので、誤解しないように(笑)

 

 

 

この方法を思いつく前は、付せんに書いてパソコンにはっておりました。

 

 

 

ほどなく、パソコンが付せんで埋まりました。

 

 

 

「こりゃいかん」、と試行錯誤の末たどりついたのが今の方法です。

 

(もっとも、その頃の名残か、スーパー最優先事項は今もなお付せんに書いて、それをパソコンの代わりにiPhoneにはってます。iPhoneは平らで貼り易くて便利ですね。)

 

 

 

そんな中、やるべきこと・やりたいことは増える一方。

 

 

 

やってもやっても減る気配がない。

 

 

 

1個減ったら2個増える♪…具合。

 

 

 

それでも1個やったら1個分の充実感がある。

 

 

 

充実感は気持ちがいい。

 

 

 

 

 

全てのリストを一日ですることはできない。

 

 

 

一日にできるのは全てのリストではなくて、一日分のリストだけ。

 

 

 

必要最低限というわけではない。

 

 

 

1個やった時より2個やった時の方が充実感は大きい。

 

 

 

充実感が大きいともっと気持ちがいい。

 

 

 

成長してるからである。

 

 

 

何かを初めてやった時に感じた充実感は、同じことを繰り返しやれた時には減少する。

 

 

 

成長してるからである。

 

 

 

このことを経験的に知っているなら、一日分=必要最低限となることはあまりない。

 

 

 

 

 

やるべきこと・やりたいことが尽きないのは幸せなことである。

 

 

 

充実感の種、成長の種が尽きないということではないか。

 

 

 

当たり前のことだが、たまに見失うことがある。

 

 

 

だから、こうしてたまに思い直してみたいのです。

 

 

 

 kusumoto

 

(ブログの更新がすっかり遅くなってしまいました。本当にごめんなさい。)

 

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2014年

3月

31日

しんどいのも1日分

 

最近、妻が携帯電話(スマホである)の画面を心配そうに見つめながら私に言った。

 

 

 

「これ、変なんだよ」

 

 

 

聞くと、とあるアプリをダウンロードしようとしたところ、ダウンロードできないとのこと。

 

 

 

聞いた瞬間、私にはすぐその原因の見当がついた。

 

 

 

容量オーバーである。

 

 

 

妻の携帯を見ると、案の定、使いもしないアプリであふれていた。

 

 

 

『いくつか消せば大丈夫だよ。』

 

「あ、本当だ。」

 

 

 

即解決である。

 

 

 

 

 

気ままにアプリをダウンロードする妻の気持ちはわかる。

 

 

 

私もまた、気ままにアプリをダウンロードする癖がある。

 

 

 

ライト(懐中電灯)アプリにはまった時は、一時期5個前後の懐中電灯アプリが私の携帯にはあった。

 

 

 

最近は、春期講習の短期目標に筋トレをかかげたこともあり、筋トレ系アプリをダウンロードして、元からあったものを加えると、現在8個の筋トレ系アプリが私の携帯にはある。

 

 

 

他にも気ままに取り入れて、活用しているアプリがいくつかある。

 

 

 

これからも気ままに増えていくであろう。

 

 

 

私の携帯は、私にとってかなり便利な道具として進化し続けている。

 

 

 

ただ、何かを取り入れるためには、十分な容量がなければならない。

 

 

 

容量が尽きれば、既にあるものをなくすしかない。

 

 

 

 

 

見た目が同じ携帯でも、容量が異なる場合がある。

 

 

 

16GBのもの、32GBのもの、64GBのもの。

 

 

 

当然、64GBのものは16GBの4倍のデータを取り込める。

 

 

 

4倍のことができる可能性がある。

 

 

 

それに、1より4できた方が、単純に楽しい。

 

 

 

見た目は同じでも、キャパが大きい方が、こなせる・楽しめる可能性は大きくなりそうだ。

 

 

 

 

 

人も似ている。

 

 

 

「いっぱいいっぱいになる」とかの言葉がそれを表している気がする。

 

 

 

だが、人は機械とは違う。

 

 

 

“いっぱいいっぱいになっ”たら、機械は終わる。

 

 

 

何かを削除するしかない。

 

 

 

“いっぱいいっぱいになっ”たら、人は始まる。

 

 

 

自分の“容量”、キャパを増やす試みが始まる。

 

 

 

すでにいっぱいいっぱいのところに何かを増やすのだから、始まりはパンパンではちきれそうかもしれない。

 

 

 

はちきれそうだからやめてしまったら、キャパが増えずに終わる。

 

 

 

何かを削除するしかない。

 

 

 

はちきれそうでもやめずに続けたら、そのうちキャパが増える。

 

 

 

新たに取り入れたものが自分の中に無理なく収まる。

 

 

 

 

 

はちきれそうな時は、きついかもしれない。

 

 

 

いや、きつい。

 

 

 

ただ、ひとつ言えること。

 

 

 

人間、きつくても、そう簡単にはちきれるものではない。

 

 

 

きついのも一時である。必ず慣れる。

 

 

 

本当につらいのは、何かを削除し続けねばならないことではないか。

 

 

 

 

 

もうすぐ新学期。

 

 

 

とりわけ、旧中3は、高校生活が、旧高3は、大学生活が始まり、新たに取り入れたいものがきっと増える。

 

 

 

慣れて、自分のキャパが増えるまで3か月だとしたら、3か月分のきつさを1日で背負おうとしてはいないか?

 

 

 

1日で背負う分は1日分でいいんです。

 

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2014年

3月

17日

Be the Sun!

早いもので、もうすぐ聡明舎の卒業式です。

 

去年の卒業式、自分は何をやったのか…?

 

「ピザって10回言います。ピザピザピザ…」

 

覚えているもんですね(笑)

 

何をやっていたかは秘密です☆

 

 

 

高校3年生の進路も、ほんの一部をのぞいて決まりました。

 

聡明舎を卒業して、各々が各々の道を歩んでいきます。

 

最後の授業が1月のセンター試験前。

 

その時、伝えた言葉を改めて贈って、新たな門出のお祝いにしたく思います。

 

"Be the Sun!"

 

みなさんのこれからの未来は明るい!

 

みなさん自身がthe Sunである限り、

 

誰かに照らしてもらうのではなく自分から照らしにいく限り、

 

明るいに決まってる。

 

笑顔と優しさ、挑戦する勇気を、自分から。

 

これからも自分を磨いて、輝きをますます増していってください。

 

私自身も、同じく頑張ります。

 

 

楠本

 

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2013年

6月

24日

勉強体力

「楠本先生、明日フルマラソンに出てください。」

 

…『きついっす』

 

運動部の子が普通に走っている外周も今の自分には間違いなくきついっす。

 

理由は単純、体力がついてないから、です。

 

 

勉強にも、同じような“勉強体力”が必要です。

 

あと1か月もすれば、夏期講習が始まります。

 

夏期講習は1年で一番成長できる時期ですが、その“勉強体力”がないときついです。

 

今の時期は週に1~2回の各科目の授業がほぼ連日で行われます。

 

今までは1週間というやや長めの期間の中で調整してできた予習や復習を1日単位でこなしていかなくてはなりません。

 

“勉強体力”が足りてないと、すぐにばててしまいます。

 

夏期講習まで、1か月。今以上にしっかり“勉強体力”をつけて夏期講習にのぞもう!

ばてずにしっかり駆け抜けて、とことん成長する夏にしよう!

 

 

 

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