鷲井流

2016年

10月

20日

情報を精査する

誰かのではなく


自分の言葉で話し


自分の耳で聞く


それだけで


幸せになれるときがある


    淡楽雅遊


最近、ちょっとした誤解に困っている人と話をしました。

話の内容は、誰にでも起こりえることでした。


わたしたちのまわりに、多種多様の情報であふれていますね。

触れるトピックスは

人それぞれ違うといってよいくらいです。

そのあふれた情報を、

わたしたちは多種多様な媒体や、

ときに誰かから受け取りながら日々をすごしています。


何かを通して受け取った情報。

それらのなかには、「~らしい」という伝聞の情報すらあります。

その情報がどこまで正しいものなのか?

場合によっては本人しか本当のことを知り得ないことでさえ、

誰かの推測・臆測をもとに

さも真実かのように受け取ってしまうことがあります。


だれかの推測・臆測が、真実かのように伝わり広がっていく。

誤解が誤解を生み、真実となる。

とて怖いことです。

自分が受信した情報を、一度自分なりに精査する。

当たり前のことですが、

ぼくは自分の人生を豊かにするには大切な要素の一つと考えます。

自分が受信した情報を、一度自分なりに精査する。

精査した情報が、噂や臆測ならそれまでのこととして捉え、それ以上立ち入らない。

それだけ気をつけるだけでも、

自分の人生を自分で創る大切な習慣のひとつとなると

ぼくは考えます。

 

鷲井


0 コメント

2016年

9月

30日

残したい物を残す習慣

日常は、

思い出の集まりです。

あるものを見て、

何を感じるかは、

そこまでにその人がどのような人生を歩んできたかによると僕は考えます。

その人の価値基準や常識は、その人の思い出から創られる。

そう考えると、

これから生まれるもの、

既に存在するもの、

いずれも誰かの思い出から作られている。


いま目の前にあるものすべてが、誰かの思い出の集合体。

どういった経緯で生まれたのだろう?と勝手に想像するだけで、

いま目の前にあるひとつ一つのものが、

とても大切なものに感じるから不思議です。


同時に、

きょう一日の僕の言動が、

きょう出会う人すべての思い出の一部となる。

大切な人たちの価値基準や常識の要素、

そして未来の行動動機となることがある。


自分が残したいものを残し続ける。

そう考え日常をおくることで変えられる未来もあると、僕は考えます。

 

 

鷲井

 

 

0 コメント

2016年

9月

01日

routine

上手くいくには訳がある

失敗するにもわけがある

訳が分かれば

いつでも

どこでも

上手くいく

淡楽雅遊

上手くいくとき

上手くいくための何かしら
理由があるものです

逆に上手くいかないときにも、

上手くいかない理由があるものです。


上手くいったときの手順を記憶しておけば、

そのなかに上手くいく理由を見いだすことができます。


もし、上手くいったときの
手順を記憶し、

その手順を忠実に
再現することができるのならば、

スランプに陥ったときでも、

良い流れにいつでも戻
すことができます

自分
で自分自身で修正できます。


一流のアスリートや芸術家など、

自分の能力を十分発揮することを
求める人ほど

結果
がでるまでの(過程)を大切にと聞きます

routine」という言葉もだいぶ耳慣れた言葉となりましたね。


もちろん、手順に縛られたり、

こなすだけでは意味がありません




決められた
手順をこなしながら

今の自分の状況を確認し、把握していく。


70%でもなく、120%でもない

常にその時の100%の力を出せる状態を

ひとつ一つの手順を経て作り上げていく


自分ではコントロールできないことを一切排除し、

常に自分自身を操ることに専念する作業。

そのための一定の手順を経てことにあたる。



上手くいくには訳がある。

上手くいかないのにも訳がある。

訳が分かれば、必ず最後は上手くいく。

結果的に成功しようが、失敗しようが

最後は学びとして

これから訪れる
成功の種が手に入ります


問題が解けた。解けなかった…。

上手くいった、いかなかった…。

目の前の結果に一喜一憂するのでなく、

自分の日常の手順を振り返ることは大切です。


書物を読んだり、

上手くいっている人のやり方を真似ることも大切ですが、

目の前の結果を導き出したそこまでの自分の手順を振り返ることで、

発見できることが数多くあると僕は考えます。

人は人。

自分は自分。

自分の取扱説明書は、

自分で作り上げ、

自分自身が把握しておきたいものですね。


 

鷲井

0 コメント

2016年

8月

18日

気持ちのフィルター

 

 

わたしたちは、死ぬまで目の前の世界を、

主観を通してでしか見ることができません。

 

それまで身につけたこと、

そして、そのときに湧き起こる気持ちを通して、

目の前の世界を見ています。

 

幸せなときは、何を見ても幸せに見えます。

辛いときは、何を見ても辛いものに見えます。

 

気持ちの数だけあるフィルターを通して、

目の前の世界を見ているといってもよいでしょう。


いま自分がどのような状態で、

目の前にどんな「気持ち」のフィルターが

かかっているのかを把握しておくことは大切です。

目の前の出来事に衝動的に行動しなくなります。

 

もし、目の前にある気持ちのフィルターが

歓迎したくないものなら、

気分転換を図ったり、

目の前の出来事にかまわないなど行動を選ぶことができます。


僕は、このことを知っているだけでも、

変えることができる未来があると思うのです。

 

私たちはいつも主観を通して、

目の前の世界を見ています。

悪意も善意も常に自分のなかにあるものです。

 

受験勉強や、

部活動など、

何かに追い立てられるように

忙しいときだからこそ、

学べることがあります。

 

鷲井

 

 

 

0 コメント

2016年

8月

11日

一瞬と一生

 

出来事は一瞬

 

思い出は一生

 

 

一瞬の出来事が

 

一生の思い出となる。

 

 

一瞬を大切にすることは、

 

一生を大切にすることです。

 

 

最高の一瞬をむかえるためだけに、

 

人知れず長い年月を費やせる人は

 

素敵な人です。

 

 

受験生を見ているそう感じます。

 

 

日本中の素敵な人へ

 

 

 

鷲井

 

 

0 コメント

2016年

8月

04日

ぴったりの道具



「海の向こう側へ行ってみたい…」

「空を飛んでみたい…」

「宇宙へ行ってみたい…」


人類は、これまでの歴史のなかで

願いを実現するための道具をいくつも作りだしてきました。

いま私たちの周りにあるものすべてが、

誰かが抱いた願いを実現するために形になったものです。

私たちには、

自分が思い描いたものを具現化する力があります。


願いだけでなく、

上手くいかない…。

思い通りにならない…。


そのような状況下にあるときも、

何とかしたいという思いが強くなることがあります。


そのなんとかしたいという強い思いは、

あなた自身にピッタリな

問題解決の道具をこの世に生み出す最高の機会です。



ある人にとっては、

最高に履き心地がよい靴であっても、

別の人が履くと違和感を感じるものです。


同じように、

誰かが創った道具では、

その道具を生み出した人の問題は解決できたとしても、

あなたの問題を解決するためにはしっくりこない道具かもしれません。


あなたの願いを実現したり、問題を解決するためには、

あなた自身がその道具を生み出す必要があります。


受験勉強では、

目の前の状況を何とかするためにさまざまな工夫が要求されます。

そのために、

自分にピッタリな問題解決の手段や方法を生み出すことを経験できます。


社会に出るまえに、

目の前の問題は何とかすれば、何とかなるものだと、

問題解決能力も手に入る。


受験勉強はいろんな能力を与えてくれると、

僕は考えます。

 

鷲井

 

 

 

0 コメント

2016年

7月

29日

みんな勘違い…


誰も人の心はのぞけない


みんないつも勘違い


小さな勘違いで

世界はまわる

小さな勘違いで

世界はつながる


常識は勘違いのかたまり

知れば知るほど

人は変わる


知れば知るほど

世界が変わる


もっと聞こう

もっと知ろう


そのとき

変えたくないことはそのままに

変えたいことだけ

変えていける





工夫とは、「する」ことだけでなく、

「自分の常識を変え続ける作業」だと

僕は考えます。


対象をより知ることによって、

自分にできることがたくさんあることに気づきます。


やり方を変えたり、

新しいことを身につけることで、

昨日はできなかったことが

今日はできることに変わるものだと気づけます。


知ることで、

それまでの当たり前が変わることがあります。

自分も、自分の周りも、

これまでの延長線上で見るのではなく、

いまの自分と周りを知ろうとすること。

それもまた大切な工夫の一つです。

 

 

 

鷲井

 

0 コメント

2016年

7月

23日

人は人、自分は自分

 

あなたはあなた

私は私

人は

自分以外にはなれない


人は人

自分は自分

当たり前だけど忘れがち…

 


人は人、自分は自分ですね。

他人と自分とを比較して、

いまの自分を嘆いていても、

その人にはなれることは決してありません。

他人の言動を気にして悩んだとしても、

他人を自分の思い通り操ることはできません。

できないこと、

解決しないことを悩み続けても、

いつまでたっても解決しませんから

心が疲れてしまいますね。

この瞬間操ることができるのは、

自分の言動だけです。

今の自分の言動が未来の自分を創ります。


いまの現状と向き合い、

周りに左右されず、

常にいまの自分を自分自身が動かしながら、

未来の自分を創ることを楽しむ。

これから来る未来が楽しみにする。


そのために勉強は欠かせない道具です。

 

聡明ファミリーよ、

夏期講習を使って

変えられることを変え続ける練習をしよう!

応援してます。

 

鷲井

 

 

0 コメント

2016年

7月

17日

「なりたい理想像」と「なりたくない理想像」のバランス

 

みなさんは坂井義則さんという方をご存じでしょうか?

この方は、

1964年に開かれた東京オリンピックで最終聖火ランナーとして、

聖火台に聖火をともされた方です。



坂井さんの生年月日は、

1945年8月6日。

出身地は広島。

そう、

坂井さんは、原爆が広島に落とされた

まさにその日に生まれました。



日本は本当にすごい国ですよね。

太平洋戦争が終わったのが1945年。

東京オリンピックが開催されたのが1964年。

戦後まったく何もない状態から、

たったの20年でオリンピックを開催するまでの

復興を成し遂げたのですから…。

それだけじゃありません。

当時世界最高速の鉄道であった

東海道新幹線を走らせるための線路やトンネルを整備しました。

さらには高速道路まで完成させています。

一人の人間が生まれてから成人するまでの間にです…。



当時これだけの復興をし、

オリンピック招致までした日本。

このとき大切な戦後復興を考えていた人がいます。

当時日本オリンピック委員会の専務理事であった

田畑政治さんです。

この方が考えていたのは“心の戦後復興”です。

「アジアには戦争の反日感情がまだ残っている、このままではアジアに向けて復興自慢にしかならない。オリンピックは政治とは無関係の真の平和の象徴でなければならない」

という信念を持っていました。


東京オリンピックの聖火は、

アジアをまわり、

46日間、2万6千メートルを約10万人の手でリレーされます。

(しかし、聖火は中国・朝鮮には通過できず。中国も大会不参加。このことは田畑さんにとっては心残りだったそうです。)

そして、最後に国立競技場の聖火台へ点火したのは、

1945年8月6日、広島へ原爆が落とされた

まさにその日に広島で生まれた陸上選手、

坂井義則さんに決めたそうです。


当時この計画には、アメリカへの悪影響を心配し

多数の反対意見が出ました。

しかし、田畑さんは

「アメリカにおもねるために、原爆に対する憎しみを口にしない者は
世界平和に背を向ける卑怯者だ」

と返したそうです。

そういった強い信念にもとづいて行われた祭典だったからでしょうか、

東京オリンピックは当時過去最多の参加国であったそうです。


一人の信念が、大きな事を成すことがあります。

田畑さんにはオリンピックを

「日本の復興自慢にしたくない」という信念があったからこそ、

多くの壁を乗り越え、

東京オリンピックを成功へ導くことができたのでしょうね。



何かを成し遂げようとするとき、

なりたい理想像ばかりを追うのではなく、

「こうはしたくなく!」という

なりたくない理想像も、

なりたい理想像と同じくらい

バランスよく持つことが大切だと

ぼくは考えます。

 

 

 

鷲井

0 コメント

2016年

7月

08日

「はじめて」という先生



小さな頃、

いつだって僕をわくわくさせてくれたのは、

「はじめての経験」という先生だった。


はじめて自転車に乗れてから、

僕の世界は広がった。


はじめておつかいに行けたとき、

すごいことをやり遂げた気がした。


はじめて一人で電車に乗ったとき、

大冒険をした気がした。


いつでも「はじめての経験」が

新しい世界への扉をあけてくれた。


いくつになっても、

「はじめて」は

それまで自分が想像もしなかった

新しい自分を連れてきてくれたものだ。

 

いまの自分は、

やりなれたものを手放し、

どれだけの「はじめて」に飛び込めているだろうか?



いくつになっても、

「はじめて」へ飛び込む勇気と、

「はじめて」を受け入れる心が、

目の前の世界を劇的に変える。

そのことを、忘れてはいけないよ。

 

そう過去の自分に言われているように感じることが

最近よくあります。

あの頃の
自分に負けないワクワクを得られるように、

「はじめて」へ飛び込んでいかないといけないですね。

 


鷲井

 

 

0 コメント

2016年

7月

01日

将来の夢


子どものころ、

幼稚園や小学校などの節目に

『将来の夢は何?』と


人に聞かれることが多かった気がします。

 

当時の自分としては、


パイロット

サッカー選手など、

そのときなりたいと思った職業を口にしてました。


いつかきっと、

自分はその将来の「夢」=「職業」に

年々近づくものだと

当時の僕は思っていたものです…。

 

しかし、

それから年月が過ぎ、

ある時、ふと自分のいる場所が

あの頃思い描いていた職業とは

違うところにいる自分に気づくんです…。



そんなとき、あなたはどう思いますか?

理想(夢=職業)と現実の違いに悩むのでしょうか?



僕は、

夢と職業は全くの別ものと考えるようになりました。


『夢とは、自分をワクワクさせるもの』

『職業とは、社会の役に立つ方法』と考えています。



夢と仕事は別でいい、

自分をワクワクさせるものを持ち、

なおかつ育てながら、

自分のフィールドで社会の役に立ち続ける。




社会に役に立つ方法は星の数ほどありますね。

だから職業は星の数ほどある。



もしかしたら、

あなたがこれまで生きてきた経験と、

これから手にする経験が

いまこの世に存在しない職業を創り出すかもしれませんね。

 

 

鷲井

 

 

0 コメント

2016年

6月

24日

変換する力

 

わたしたちが毎日つかう電気。


それは、火力・水力・原子力・風力・波力・地熱・太陽光…と、

様々な発電方法によって生み出されている。


もとは電力ではない、

まったく別のエネルギーから電気は生み出されている。

目の前にあるエネルギーを、

これまた全く別の電力というエネルギーへと変えてしまう。

そうやって生み出された電力は、


明かりになったり、

電化製品、

電車だって動かすエネルギーとしてさらに無限の用途がうまれる。



こうした目の前のものを使って、

別のエネルギーを生み出す発想って


人生には大切だよね。

 

自分の目の前にすでにあるものを使って、


どうやって目の前にないものを生み出すためのエネルギーに変換するか。


それを考え、

行動することってとても大切。



誰だって一日生活するだけで、

いろんな出来事が起こる。


思い通りなったり、

ならなかったりで、

人の気持ちは面白ほどよく変わる。


一生懸命頑張ったのに思い通りにならなくて、

「悔しい」なら、


その気持ちを放っておくと、

そのうち負のエネルギーになる。


どんどん大きい負のエネルギーとなって自分を飲み込むことだってある。
 
 
人が前に進みたくなる理由って、


思い通りになったときの「うれしい」ときだけなんだろうか?


人の行動理由は本当にそれだけなんだろうか?

いや、

そんなことはないよね。


自分の中にわき起こる気持ちを、

どうやって別の前向きなエネルギーに変換するか。
 

「悔しい」

だからどうする?


「うれしい」

だからどうする?と


次の動き出しへのエネルギーへ変換することが大切だよね。


思い通りにならなかった。

「だからどうする?」


思い通りになってうれしかった。

「だからどうする?」


そうやって日々の生活をおくりながら

出会ってしまう


目の前の出来事をとらえる気持ちが


いつだって自分を動かす

無限のエネルギーに変えられることを忘れてはいけないね。


定期試験が終わりましたね。

点数や結果に一喜一憂して欲しくはないけれど、


気持ちはわき起こってくるのだからしょうがない。


今の気持ちは、未来の自分を動かす大切なエネルギー。


わき起こった気持ちを「だからどうする?」と

次への行動を生み出すエネルギーへ変えてみよう。

いつだって自分は自分を動かすことができる。


どんなことに直面しても、次へのエネルギーを生み出すことができる。


そうして毎日をおくることを

「自分の人生を生きてる」ってことなんじゃないかな。

 

僕はそう思う。

 

今、君が出来ることはなんだろう…。

 

 

鷲井(6年前の自分からの手紙)




0 コメント

2016年

6月

16日

「仕方がない」を覚える前に…





「仕方がない…」の多くは、

 

「知恵がない」の

 

言い間違い。

 

 

淡楽雅遊

 



常にいまの自分はこれまでの自分の集大成です。

 

いまの自分は、


これまでのどの自分よりも経験値が高い。

 

 

 いまの自分が、

過去のどんな自分よりも

一番困難を乗り越える術を知っている自分なわけです。

 

 

 

 

目の前の出来事をどう捉えるかは、

 

これまで自分が何して、

 

何を身につけたかによって、

 

目の前の出来事の捉え方は人とは変わるもの。

 

 

初めての出来事に直面したとき。

 

「どうにもならない…」と感じる自分なのか、

 

「何か良い方法があるはず!」と探し回る自分であるかでは、

人生は変わる。

 


僕はそう信じてますし、

 


そうやって今日まで生きてきました。

 

自分ではどうしようもないことも

ときには起こるものです。

 

 

あなたの身近に

 

「ヒーローのような人」ような人はいませんか?


その人は、

 

常に現状をなんとか変えようと

動き続けている人ではありませんか?

 


 

 僕はそういう人で人生を終えたい。

 


そんなヒーローのような人で人生を終えられたらと思っています。

 


誰かができることは、

誰もができること。

 


何とかするやり方は、

どこかにはきっとある。


  

目の前の困難は、

自分に知恵を授けてくれる大切な機会です。

 

 

難が有ると書いて、「有り難い」

 

 
幼い頃、覚える予定がなかった

「仕方がない…」という言葉を覚える前に、

 

「なんか良い方法がないかな♪」という言葉を

常に思い浮かべる人生でありたいと

 

わたしは思います。

 

 

鷲井

 

 

 

 

 

0 コメント

2016年

1月

01日

明けまして、おめでとうございます

 



新年、明けましておめでとうございます。

 

旧年は、各方面からの応援、誠に有り難うございます。

 

新年も、

 

水面に投げ入れた小石のように、

 

私たちの活動が、

 

必ずみなさんのもとへ波紋となり

 

伝わっていくことと信じ、

 

スタッフ一同

精進しつつ邁進して参ります。

 

本年も、

 

変わらぬ応援を、

 

よろしくお願いいたします。

 

 

2016年が、

 

みなさんにとって、

 

笑顔で思い出したくなる

素晴らしい一年となりますよう

 

お祈り申し上げます。

 

 

2016年元旦 聡明舎講師一同


 

3 コメント

2015年

12月

31日

よいお年を!


あれをすればよかった…。

 

あそこでこうすれば良かった…。

 

 

やり残したことがあることは幸せなことですね。

 

これから変えられることがある。

 

変えられる時間がある。

 

幸せなことです。

 

時間があるのなら…。

 

 

やり残したことを感じることができるのは、

 

日々を過ごしただけでなく、

 

ちゃんと振り返ることをした人だけに与えた特権です。

 

 

もうすぐ新年がやってきます。

 

 

新年は、あなたにとっても、誰にとっても、初めての年。


 

どんな一年になるのかわからない年。


 

この一年が、どうなるのか

 

わからないのなら、自分で決めてよい。

 

これから始まる一年を、

 

これまでの自分の延長線上に描いてはもったない。


 

これからの自分をあなた自身が決めてよい一年。

 

あなた自身が創り出す一年。

 

そうやって自分の未来を創っていく一年を

過ごすのも素敵じゃないですか?

 

2015年は、もうじき終わります。

 

これを読むすべての人にとって、

 

2016年が素敵な一年でありますように。

 

 

 

良いお年を!

 

 

 

鷲井

 

 

 

 

 

0 コメント

2015年

11月

05日

言葉の力


言葉からはじまる

勇気がある


言葉で伝わる

誠実さがある

言葉によって

変えることができる

未来がある

いま

あなたから出て行った言葉は

あなたの未来の種


淡楽雅遊






漢字ひとつ一つには意味がある。


人が言うと書いて

「信じる」と書きます。


「信」という漢字は、

「自分が言ったことを信じ


 最後まで貫き通すということ」でもあります。


人は自分が言葉にしたら本当になりそうで、

言葉にしたくてもできない言葉が

たくさんあるように感じます。



日本には

古くから言葉に力があると信じられてきました。

それを言霊(ことだま)といいます。


古くは万葉集にも出てきます。

そこから生まれた風習や、

習慣は数多くある。


だからこそ、

日本人には

簡単に口にできない

言葉が数多くある。


耳にすると

不快に思う言葉も

勇気をもらう言葉もある。



言葉には、

発した相手に与える影響力があるから

自分の発した言葉に責任を持つ。

言葉を大切にする。



そう思いながら言葉を発することは大切ですね。

ときには

勇気をもって言葉を発する必要もあります。



言葉からはじまる勇気がある。


言葉で伝わる誠実さがある。

言葉によって変えることができる未来がある。


言葉からはじまる新しい第一歩は


たくさんあります。




鷲井

1 コメント

2015年

10月

22日

無駄の中に宝がある


無駄のなかに宝がある

無駄のなかに

未来を切り拓くヒントがある


無駄を本当の無駄にしているのは


たぶん自分



淡楽雅遊




もし、学校の先生が、


「今日の掃除は、やってもやらなくてもよいよ」といったら


クラスの何人が残る?


以前、そんなことを聡明舎生に尋ねたことがあります。



“やっても、やらないくてもよい”という状況に直面したとき、


残念ながら“やる!”を選ぶ人は少数だそうです。




もったいな…。




“やらない”を選ぶのが多数派ならば、


“やる”を選ぶことで、


多くの人が経験しないであろう貴重な経験が手に入る。




多くの人が経験していないことを経験するからこそ、


貴重な存在となれる。


「あなたが必要なんです」といわれる存在になれる。




“やっても、やらないくてもよい”ことこそ、


やってみた方がよい。



“やっても、やらないくてもよい”という選択に直面したときは、


自分の価値を上げる良い機会ですね。




もし、


みんなと同じ経験しかしてこなければ、


みんなが困っているとき、


大切な人が困ったとき、

自分も一緒に動けなくなってしまう。

大切なときに


力になれない…。



普段から意識していないと多数派に流されてしまうからこそ、


“やっても、やらないくてもよいなら、やるを選ぶぞ!”と


心に決めておきたいですね。


時代は変わり続けています。

いまの常識は、未来の非常識になるかもしれませんから。


最近、そんなことをよく考えます…。



鷲井




0 コメント

2015年

10月

08日

いつも通りにいつも通りを大切に


いつも通りに


いつも通りを


大切に


淡楽雅遊



演奏会当日、

大切な試合当日、


入試当日…など


誰にとっても、


ここ一番大切な日は必ず訪れます。


その日、その時だけを上手く過ごそうとしても上手くいきませんね。


大切なとき“だけ”を大切にしようとすると

大切な仕方がわかりません。


だから、

普段はしないことをしてしまう。


普段してしまうことをしてしまうから、


予想だにしなかったことが連続して起こることもある。


ときに自分で自分を制御しできない事態すら


起こってしまうことがあるでしょう。


だからこそ、日常が大切ですね。


何でもない日を、ただ過ごすことで終わらせず、

ひとつ一つの出来事に丁寧に向き合う。

その日々の連続に、

大切な日がある。


そうすれば、

大切なその日も、

いつもと同じ大切な日常の一部となる。



いつも通りに、いつも通りを大切にする。


センター試験まであと100日をきりました。


期日が迫ってきて焦るのではなく、

目の前の一日、一問を大切にこだわり抜く姿勢を続けて欲しい。



これまで頑張ってきた結果が試される試験当日を

いつも通り、自分の実力を発揮する一日であって欲しい。


これからの100日間は、


今後の人生に残る日々となる。


そして、これまで以上に


聡明舎生の成長を促してくれることでしょう。


聡明ファミリーよ、


いつも通りに、いつも通りを大切に、


一緒に最後まで頑張ろう。



鷲井


2 コメント

2015年

9月

17日

嬉しい問い合わせ!

今週は嬉しいことがありました。


体験生の問い合わせがあったんです!



体験生の問い合わせがあると、


校舎関係なくすべての先生が飛び上がって喜びます。


聡明舎ファミリーが増えるわけですからね。


聡明舎にはこんな言葉があります。


「出会ってしまったからには、一生の付き合い!」



創立以来17年、


すべての先生が、


体験生であろうと、


何年も通う内部生であろうと、


のちにその人が振り返ったときに


聡明舎に通ってよかったと思ってもらえるよう


本気で準備をして迎え続けてきました。



今回の問い合わせは


なんと卒業生からです!



「自分の子供を聡明舎へ通わせたい」とのこと。



ぼくはその子が赤ん坊のころに橋戸校で会っています。

その子が生まれたとき、


つまり、その卒業生が母親になったばかりの頃に


聡明舎へその子を抱いて見せに来てくれたことを覚えています。


その子がもう小学生。



しかも聡明舎へ来てくれる。


卒業生が、


自分の子供を通わせたいと思ってくれる塾


聡明舎。


素敵じゃないですか?


手前味噌ながら


これまでのすべてを誇りに思います。


いつまでもそんな塾であり続けたい。



明日もまた、


いつもと変わらず、


すべての先生が


本気の準備をして待っています。



「一生の付き合いですからね」



鷲井





6 コメント

2015年

9月

10日

都合の悪い話

人は

見たい物を見

聞きたいこと聞く

同時に

多くの宝は

目をそらしていること

聞き流していることのなかにあることも

よく知っている



淡楽雅遊




やろうと思っていて、ほったらかしていたこと…。

なおさなきゃ…と思っていたが、そのままにしていたこと…。

そういった自分にとって、

都合の悪いことを

他人から指摘されることは

いくつになっても耳が痛いものですね。



ときに感情が先に顔を出して、

受け入れられないようなこともしばしば…。

そういうときは、

僕も修行がたりないなぁ…と感じることが多いです。



自分にとって都合の悪い耳の痛い話は、

自分自身が

以前からなんとなく気づいていたことが

含まれていることが多いものです。



自分ではないからこそ、

よく見えること、気づくことがある。



耳の痛い話に触れるたびに感じることがあります。



相手にとって都合の悪い話を伝える行為は、

大切な人にしかできないことだと思いませんか?


どうでもよい存在なら伝えなくて良い。

放置です。

無視です。



伝える側は、

伝えた後、どんな空気になるかも承知したうえで

それでも伝えた方がよいと考え

伝えようとしてくれた。



相手の自分対しての気遣いや勇気に気づくことができます。


自分自身へ改めて課題を自覚する機会を与えてくれる

有り難さに気づけます。



自分へ関心を持っていてくれていたことを知る

喜びを感じることができます。



都合の悪い話を受け入れる際に

少しだけ

自分の内側に心の広さが手に入る。



都合の悪い話に触れるとき、

得ること方が多いですね。


見たい物

聞きたいことにばかりふれていては

もったいないですね。



「先生」という存在である以上、

勘違いしないよう、

自分を見失わないよう、

忘れてはいけないなぁと最近強く思います。




いや〜、まだまだです。



鷲井

2 コメント

2015年

7月

30日

運が良い人


聡明舎は現在夏期講習中です。


毎日、昨日できないことへ


日々挑戦する生徒たちを見て思うことがあります。



「運がよい人になれ!」



部活や体調、様々なことを抱えながら、


生徒たちは一生懸命目の前の課題に向き合っています。


思い通りにならないこともたくさんあるだろうに…。


それでも何とかしようと、


不平不満を口にせず、


できる方法を探し続けて


何とかしようとする言葉、行動を続けている人ほど


力になりたいと心から思うわけです。



目の前のことを何とかしようとする


言葉、行動を続けている人を見ていると応援したくなります。


だからこそ、


その人の理想に近づけるような情報や方法を伝えたくなります。


そうやって


目の前の出来事を何とかしようと動き続けている人ほど


運がいい人だと僕は考えてます。



運が良い状態とは、


自分ではない、何かの力によって物事が上手くいく状態。


多くの偶然が重なって奇跡的ことが起こるような


運の良さもありますが、


日常ではあまり起こることではありません。



だからこそ、


日常の小さな運の良さは大切だと思うのです。


運は「運ぶ」と書きます。


自分へ周りの人が運んでくるすべてのものこそ運。


目の前の状況に不満を語らず、


最後まで何とかしようと動き続けている人の


言葉、行動を見て何とか力になろうとする


周囲の人が運んでくるものすべてが「運」です。



奇跡的なことではなく、


あきらめずに、


愚直に、


何とかしようと一所懸命に動き続けるからこそ、


周囲の人が、


あなたへ「何とかしてあげたい!」という気持ちを湧き起こさせる


言動をこそ、自分の運を引き上げると僕は考えます。



聡明ファミリーよ、


できない理由でなはく、


できる理由を口にし、


一所懸命に動き続けよう!


それもまた、


自分の運を良くする方法。


明日もまた、みんなへ運を運びます。



鷲井


0 コメント

2015年

7月

16日

安心とは?



 “安心って言うのは車の後部座席で眠ることさ。

 前の席には両親がいて、心配事はなにもない。

 でもね、

 ある時君は成長して、

 その安心は完全に消え去ってしまうんだ。

 君はもう二度と後部座席で眠ることはなくなるんだよ。

 (君が前の席へ行くんだよ)”

 by スヌーピー(ピーナッツ)


上のセリフは、スヌーピーのなかで、

チャーリーブラウンとペパーミントパティが

「安全」について話しているときに出てくる会話です。

僕は結婚したばかりの頃にこの言葉に出会いました。

偶然出会ったこの言葉。

なぜだか忘れられない言葉の一つです。


誰か規範となる人がいたときには

気にする必要がなかったこと、

言えたことを、

自分が規範となる存在となったら

気にする側、

言われること側となりますね。


後輩から先輩となり

部下から上司となり

子供から親となる。

役割は絶えず回っています。


「今度は自分の番だ」

いつでも、どこでも当事者意識を持っておく。

安心を受ける側から提供する側になったときに

困らないよう

「自分だったらどうする?」と言う目線をもって

目の前の出来事を記録し続けておきたいですね。


鷲井





3 コメント

2015年

6月

25日

自分の伝記を書くように毎日を

 

阿倍仲麻呂

世阿弥

伊福部昭

三船俊郎

工藤俊作

山田長政

喜多川泰

白瀬

杉山龍丸

新渡戸稲造

森末浩之

南方熊楠

杉原千畝

青山みつ

葛飾北斎

白州次郎

宮川太賀

大山捨松

安達峰一郎

野茂英雄

本田宗一郎

高橋洋一

三浦知良

・・・・

(敬称略)


日本には、これまで


有名、無名に関わらず


その道を切り拓いてきた


かっこいい人たちがたくさん生まれています。



その人たちが作りあげた土台のうえで、


当たり前のように活躍することができる。



そのひとり一人の人生に物語があります。


その人たちは、


ただ自分の人生を必死に生き、


時代を駆け抜けていっただけかもしれません。


まさか自分の人生物語が、


出会ったことがない僕のような人間へ


勇気を与えるとは


思っても見なかったことでしょう。



自分の人生物語が、


誰かへ勇気を与えることになるかもしれない。


だからこそ、


その日一日を、自分の伝記を書き記すように生きる。


日常の些細なことでいい、


目の前の道を切り拓く。


自分がやらねば誰がやる!(笑)



そんな素敵な勘違いが


自分を支えてくれることが


僕にはよくあります(笑)




鷲井宏朗

2 コメント

2015年

6月

18日

気を付けないと…ね。

わたしたちは


気をつけないと


してもらったことより


してもらえなかったことばかりを


思い出として


残してしまうことがある



淡楽雅遊




やらなければならないことを


たくさん抱えているとき、


忙しさに余裕をなくしたことってありませんか?


以前も書きましたが、


人は

忙しいときに


気を付けていないと


周りも自分と同じように忙しくあれと


思ってしまうことがあります。

忙しいときほど


ヒマそうにしている人を許せなくなることがあります。


人と自分、人は人、自分は自分。


抱えている物事は違うと

わかっているのに不思議ですね。




目的達成の内容がはっきりしていて、


目的達成に向けて必死に努力しているとき、


私たちは目的達成を邪魔する出来事を嫌います。



目的達成の邪魔になりそうな物事に敏感になります。


だからこそ


気をつけなければいけませんね。


目の前の忙しさに追われることで、


それまで多くの物事を支えてくれたことがあるのにも関わらず、


それまでしてもらった多くのことではなく、


そのとき協力してもらえなかったことだけに目を向け、


記憶し続けてしまう。


実に悲しいことです。



目的達成のために忙しく頑張れる。


そんな真面目な人ほど陥ってしまうことがある。



試験対策という忙しい期間。


試験が終わったときに一緒に喜べるように、


独りぼっちにならないように


大切なことを見失わないよう一緒に頑張りましょうね。




鷲井

2 コメント

2015年

6月

11日

過去は変えられる。(その2)

過去の出来事は


変えられない


でも

過去の出来事への


受け取り方は

変えられる


よい思い出はそのままに

そうでないことは

受け取り方なら変えられる

ならば

過去はいつでも変えられる

いいものにね

そうしていつも心は穏やかに


淡楽雅遊



いまの私たちは、

これまでの過去が集まってできています。


思い出して思わずニヤついてしまうことや、

思い出すことをためらうことまで、

これまで起きた


たくさんの過去の出来事と同時にわき起こった


過去の気持ち(感情)の集まりといっても良いと思うのです。



過去の出来事と、気持ちの集まりを


 “思い出” と呼ぶのだと僕は考えます。



この過去の集まりである “思い出” を通して、


日常の出来事をとらえ、


また、これからの未来を予想している。


これまでの “思い出” が


今と未来を作っているといっても良いと思うのです。



「かつてあんだけつらかった出来事が、今は当時ほどには感じない…」


そんなことってありませんか?


僕はあります。



『時間が解決する』という言葉があります。


時間自体が忘れさせてくれるのではなく、


自分自身が成長することで、


当時とは違った受け取り方ができるようになるからなんですね…。



自分自身が成長しなければ、


過去のつらい出来事はそのまま自分のなかに居座り続けます。


しょっちゅう顔を出してきて苦しめてくれます。


自分の成長とともに


「過去への受け取り方は変わるもの」とわかれば、


状況に捕らわれ続け、


苦しみ続けることを避けることができます。


自分の努力の方向を


いまできることへと目を向けることができます。


その思考の変化を希望と呼ぶのでしょう。


起きた出来事だけにとらわれず、


出来事への受け取り方を変えるために


いまできることを考え動き続ける。



のちに


ある過去への受け取り方が変わっていることを感じたとき、


一つ自分の成長を確かめられる。



その日に向けて、 “今” という時間は大切です。


過去の出来事は変えられなくとも、


過去に対する受け止め方は変えることができる。

 


だから先人は、


目の前の出来事は「必要なこと」と受け止める。


変えられることを変え続けることを大切にするために、


「今を生きる」と言ったのかも知れません。



ときに全力で逃げることも必要ですね。


ただ、現実逃避をし続けるのではなく、


例え些細なことであっても


変えられるのであれば


変え続ける。


そのために “今” という時間を使い続ける経験は、


どんな過去をも


「そんなときもあったね…」と


笑顔へと変える大切な材料になることを


忘れてはいけないですね。



もう少し自分を使って、


この課題と向き合ってみます。


最後まで呼んでくださって、有り難うございます。



鷲井



2 コメント

2015年

6月

04日

この世は未完成

この世は

すべてが未完成

自分で補い

はじめて完成となる


淡楽雅遊


 


目の前の不便こと、

何か足りものに気づくことってありますよね。


有り難いことです。


もし目の前が完璧な世界で、


何も不便なことがない世界なら、


自分という存在は必要ありません。



目の前の不便に気づける。

足りないものに気づける。


その欠けたものを補うために自分はこの世に存在している。


目の前は未完成であるからこそ、


自分の人生を使って補う。


誰かではなく、


気づいた自分が常に補い続ける。


それも使命というのかもしれません。


 

あなたの目の前に不便こと、

あったらよいなと思ういうものはありますか?

あるなら、そこはあなたが必要とされている場所です。



鷲井



8 コメント

2015年

5月

28日

人の間と書いて、「人間」

人は人に生まれても

人間になれない

人と出会い

人に育てられ

人と一緒に人間になる


淡楽雅遊


 

ネコは「猫」と書きます。

サルは「猿」と書きます。

人間は…



「漢字一つ一つには意味がある。」

聡明舎創立から言い続けていることです。


人間という字は不思議です。

他の動物にはない書き方をします。


人と人との間と書く。


正しいかどうかはわかりませんが

これは僕なりの解釈です。


人間とは、

人そのものを指すのではなく、

人と人とが出会って、出来上がる空気のこと。

その人自身がもつ

内側からでる目に見えないすべてのもの。

例えば

影響力や雰囲気、または役割のことと僕は考えます。


人がそれらを持ち寄って出来上がる

優しい空気、

とげとげしい空気、

あたたかな空気、

その空気自体を人間とよぶ。


だからこそ、人は一人では人間になれない。

人が集まってできる目に見えないものの集まり。

それを大切にし続けることそのものが人間を育てることだと思うのです。


どんなに時代が進んでも

例え便利であっても

人が人を育てなくなることがあってはいけません。


聡明舎って不思議な場所なんです。

来る人みんなが “いい奴” になります。

学校ではいろいろあるだろうに…。

聡明舎にいないとき

とても追いつかないと誤解しそうになるほど

いろんなことが起きてるだろうに…。


聡明舎へ入ってくるとき

年齢関係なく、

すべての人が “いい奴” スイッチを入れてから入って来るんです。


そこでは「温かな人間」しか出来上がりません。


僕はそんな聡明舎が大好きです。


世の中にこういう場所が増えていって欲しい。

いや、増やしていきたい。

これは創立からの願いですが、

昨日橋戸校へ、顔を出しに来た二人の卒業生たちと話をしていて、

更に強く感じました。



世界は私たちが思っている以上に狭いです。

世界中は多くの人と人とが作り出した社会や空気などの

目に見えない大きな「人間同士」で出来上がってますからね。

人と人とが出会うとき、

各自が自分の影響力を意識し、

温かな空気を育てようとする意識が世界を変える。

例え、一人でいても、一人になっても

自分は多くの「人間」をつくる要素であるという自覚、

自分にはいるだけでその場の空気を変える影響力があるという自覚、

それらの自覚が所属する場の「人間」を育てるのです。


僕はこの聡明舎という環境が大好きだと同時に

聡明舎という「人間」をつくる一人であることに誇りを持ってます。

これからも素敵な “いい奴” しか集まらない聡明舎への

応援宜しくお願いします。


鷲井



2 コメント

2015年

5月

21日

世界を元気にするおまけ


あなたはここにいる

ちゃんと目の前にいる

だから

わたしは

 

あなたの名前を呼ぶ

 

きょうも目を見て

 

名前をつけてあいさつ

 

あいさつで世界を元気にできる

 

 

淡楽雅遊



 

一日生活するだけで

多くの人と出会います。

知った間柄であればあるほど

『おはよう』

「おはよう」と

あいさつが反応と反応で終わってしまうこともあります。


「あいさつ」ってすごいものなんです。


人を傷つけることも。

人を喜ばせることもできます。


例えば“無視”

長期間、


多数の人間で特定の人をあいさつしないだけで

その人は存在しているのに

そこにいないことにされてしまう…。


逆に

いつも多くの人間にあいさつされるだけで、

その人はちゃんと存在を認めてもらえる…。

あいさつを反応だけで終わらせてしまうにはもったいないですね。


   名前は世界で一番大切な単語


目の前にいるあなただけへのあいさつだから、

あなたが存在していることを

ちゃんと気づいているという証だから、

聡明舎では名前をつけてあいさつをします。

授業中もバンバン名前を呼びます!!


人が世界で一番反応する言葉は

自分の名前なのかもしれません…。


あいさつだけでも人を、世界を、元気にできる。


日常にちょっとしたオマケをつけるだけで

目の前の世界は変わります。

あいさつするとき、


相手の名前をつける

世界を元気にするオマケのひとつです。




鷲井


2 コメント

2015年

5月

07日

今度は自分の番…。



この世のすべて


自分がやっていないのに


上手く回っていることは


誰かが代わりにやってくれていること



淡楽雅遊



当たり前ですが大切な考えですね。


休みのたびに感じます。


自分が止まっている間も


この世は止まらず


動き続けている。



誰もが気づきそうで気づかない


さりげない便利をつくる人たちにより


人々は笑顔や優しい気持ちで


日常を送ることができる。



そんな笑顔や優しさを

生みだし、つなぐ存在に


気づき


大切にしようとする行動もまた


自分の日々行動を


猛烈に前進させる原動力となります。



「今度は自分の番だ!」


そんな気分になれます。


有り難いな。




鷲井


0 コメント

2015年

4月

23日

決まってないなら、決めてよい


これからあなたが


どうなるのか


誰も知らない



これからあなたが


何をしたいのか


誰も知らない



誰も知らないのだから


誰も決められない



あなたが進む道は


あなたが決めてよい



誰かではなく


あなたが決めてよい


あなたが決めてよいのだから


あなたは自由だ



きょう一日


次の瞬間を


あなたがすると決めて動く


その連続が


あなたの自由な未来を


あなた自身が創っていくことになる


その言葉は言うと決めて出た言葉?


その行動はすると決めた行動?



あなたがすると決めた言動だからこそ


あなただけに限らず


周りの大切な人をも含めた

創りたい未来が動き出します





鷲井



2 コメント

2015年

4月

16日

よりよく生き続ける

人の考えには周期があるようですね。

最近よく考えていたことが、3年前の自分も考えていたようです。


その習慣を持ち得た人は

喜びと仕事を創り出す人となり

その習慣を持ち得なかった人は

ただ消耗し続ける人となる

 

その習慣とは

世の役に立とうと

よく生き続けること

 

淡楽雅遊

 

ふと、世の中を見回してみると、

僕が子どもの頃にはなかった「仕事」で溢れています。

きっとそれはこの後も溢れていくことでしょうね。

 

僕にとって「仕事」とは、

“世の中に役に立つための手段”のこと。

 

世の中に役に立つ手段は一つではないから、

この世には数限りない「仕事」が存在します。

「仕事」どれもが、

誰かがこの世に必要だと感じたからこそ

創りだされ、育ち、

今も存在する。

だから

個人的には「仕事」に優劣はないと考えてます。

 

その人自身が

誰かや、何かの役に立とうと思い

日々を生き続けていったからこそ、

生まれた大小様々な

「仕事」、「発明」、「発見」、「残したこと」が

この世にはたくさんあります。

だから

かつての自分が想像もしていなかったような仕事に

現在ついている人がどれだけいることか。

 

だからこそ思うのです。

 

仕事に優劣はないが、

人間にとって一番大切な仕事がある。

それは


「よりよく生き続けること」

 

一人の人間が

日々身近な人間に

役に立てることを考えながら生き続けるだけで

どれだけ多くの喜びや物事を

創りだし、残すことでしょうか。

 

様々な物や仕事が溢れている世の中だから、

目の前にある物からとりあえず選ぼうとする前に、

まずは、

誰かの役に立てることを

日々探しながら

よりよく生き続ける。

 

 

そんな考え方もあるよと、

聡明舎に通う子たちには伝えたいな。


鷲井

2 コメント

2015年

4月

09日

飽きる


好きな食べ物も毎日食べていると飽きてくる。


同じことを繰り返すと、


はじめは楽しかったことにも飽きてくる。


そんなことって、ありませんか?


それは、自分自身があなたに発するメッセージです。



例えば、


牛が毎日食べている草に


飽きているのを見たことがありますか?


肉飽きているライオンはどうでしょう?



あなたは人間です。


「飽きる」という感覚は、人間に与えられた特権なのです。


「飽きる」とは、


自分自身が発する


「新しいことを身につけたいという欲求」の表れだと


僕は考えます。


もし、あなたが何かに飽きたことがあるのなら、


あなたは立派に成長できる人間だということです。



新しいことを身につける欲求を満たして、

成長を楽しみましょう!


一度は何か飽きたことがある


成長できるあなたを応援してます。



鷲井


2 コメント

2015年

4月

02日

大変

 

新学年がはじまりましたね。

 

新しい環境に慣れるまで大変な時期です。

 

人は、初めてのことや上手くいかないとき


「大変だ」といって表現します。


初めてのことをするのだから、


これまでの経験通りのやり方では


上手くいかないのは当たり前です。



これまでのやり方では上手くいかないのだと


無意識の自分が教えてくれているのですね。



大変とは、


「大きく変わる」と書きます。


せっかく無意識の自分が


「これまでのやり方では上手くいかないよ」と


教えてくれているのだから、


これまでとは違うやり方や考え方を


身につけ、試してみる必要がありますね。



そうすれば、


あなたは大きく変わる。

繰り返しの毎日から否応なしに離れ


大きく成長することができます。


大変な出来事は、


未来の自分には欠かせない出来事です。

成長は、


未来の自分にも、大切な人を救うためにも欠かせません。


大変な出来事は避けてはいけません。

大変な出来事を利用して成長してしまいましょう。


大丈夫、命までは取られませんよ。


大変なみんなの新生活を応援してます。

 

 

鷲井


0 コメント

2015年

3月

26日

もっと信じて良いんじゃない?

 



新年度のスタートっていいですね!


すべての人から


「これから始まる新年度をよくしたい!」


「新スタートをがんばるぞ!」という気持ちが伝わってきます。


見ていてとても気持ちが良いし、たくさんの刺激をうけます。



この年度が終わるころには、


今の自分よりも、きっと成長しているはず。


未来の自分は、


「いまよりもきっと成長しているはず!」と信じたいですね。


でも、気を付けて下さい。

とにかく成長したがりのみなさんだから、


「とにかくがんばる!」とよくばって目を回すことがありますね。



「昨日できるようになったことは、今日はできること」


「昨日できなかったことを、今日一つできるようにする」


できるようになったこと

これからできるようになりたいことを書き残し、


ひとつ一つ取り組んでいきたいですね。


そうやって目の前のひとつ一つのことを越えていけばいい。


書き残し、乗り越えた履歴が


自分の成長の履歴です。


自分の成長の履歴が手元にある人は、


例えいまがどうであろうとも、


周りに何て言われようとも、


成長するであろうこれからの自分の未来を

無条件に信じることが出来ますね。


そうすれば、


成長した未来の自分は、きっと言うでしょう。


「信じてくれて、ありがとう」って。



在校生、卒業生に関わらず、

全国に散らばる聡明舎ファミリーのみんな、

一緒にがんばろう!



鷲井


2 コメント

2015年

3月

12日

「知る」という楽しみ

 

「知る」という楽しみに一つに、


「知れば目の前の世界が変わる」というものがありますね。


自分が知っているぶんだけの世界が目の前にある。


だから、


知れば知るほど、自分の世界が広がっていく。




知れば知るほど 、


ワクワクしたり、


勇気をもらうことができます。



他人や物、そして出来事の一面しか知らない僕ら。


ありのままにすべてを捉えることは難しいかもしれません。


だからこそ、


自分がマイナスに感じていることを


プラスに感じている人がいるかもしれない。


自分が出来ないと感じていることを


簡単にできることを知っている人がいるかもしれない。



そう考えるともっと知りたくなります。




世界は広いです。


人の頭のなかは


世界よりもはるかに広いのです。



鷲井


2 コメント

2015年

3月

05日

自分がやったことは、自分へ帰ってくる

「自分がやったことは、自分に帰ってくる」


自分の言動は、忘れたころに自分のもとへ帰ってくる。


自分が言動が、


帰ってくることを楽しみにできるような行動をしていきたいものです。


自分の目の前に起きる、


すべてのことを「おかえり」と笑顔で迎えられる。


そういった目の前の出来事の起点が、


自分の言動にあるという感覚は、


自分を快く律してくれます。



鷲井

2 コメント

2015年

2月

19日

言葉に意味を添える


 

言葉の解釈が


同じ者同士であれば

 

ありふれた言葉のやり取りだけでも

 

より深くつながることができる

 


淡楽雅遊


 


授業中に消しゴムを落としたとき、

隣の人が拾おうとしてくれたら

なんて言う?


「ほら、拾いなさい!」ではないよね。



テキストを忘れてしまったとき、

隣の人が見せてくれたら

なんていう?


「それでいいのよ…」ではないよね。



みんなは「ありがとう」っていうよね。



「ありがとう」を漢字で書くと、

“有り難う”と書く。




有り難うの“難い”は

忘れ難い、得難いなどの“難い”。

難しいという意味。


つまり、

“有り難う”とは、有るのが当たり前ではないということ。


「有り難い」の反対は「当たり前」だよ。



人は、本当なら自分がすべきことを

誰かにしてもらったときや、

助けてもらったとき、

これって「当たり前のことではないよなぁ…」と感じたときに

「ありがとう」という言葉を使う。



ありがとうという言葉を口にしたとき、

僕らは気づいているんだ。

本来なら自分でやるべきことを

誰かが代わりにやってくれていたことを…。



相手が自分にしてくれたことのなかに、


自分の力でやるべきことだったことを見つけたのなら


また相手に同じことをしてもらうことを期待してはいけないね。


本来なら、自分でやるべきことだと気づいているのだから…。


「ありがとう」と口にしたとき、

 

心に決めるといい。


 

自分でやるべきことを誰かが代わりにしてくれた。

 

次に同じことが起きたなら

 

自分の力でやろうとね。


 

ただの台詞としてではなく、

 

本当の意味で「有り難う」を知っている人は、

 

「有り難う」を口にするたびに、


自分自身がやるべきことに気づいて、

 

少しずつ自分のことは自分で行える人になれる。



「有り難う」の数だけ、自立した人になっていくんだよ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

入試一週前に、そんな話を中学3年生にしました。


先週の土曜日。


中学3年生に入試前最後の授業が行われました。


帰り際、ほとんどの生徒が、

 

「鷲井先生、入試対策有り難うございました。頑張ってきます!」と

 

僕だけでなく、多くの先生へ同じように

 

「有り難う」を言って入試へ向かっていきました。


 

素敵じゃないですか?


僕には、

 

「今まで受けた授業は当たり前ではない。だから今度は自分自身が頑張る番です」

 

「行ってきます!」と決意表明に聞こえました。


 

僕も

 

「有り難う、行ってらっしゃい!」と答えました。



「有り難う」


ありふれた言葉ですが、

 

言葉の共通理解を持っている者同士、

 

より深い繋がりが持てることを

 

今年も生徒たちが教えてくれました。


合格発表は来週です。

 

「お帰り!」と少し自立した彼らを向かえてあげるつもりです。


 


鷲井


 

2 コメント

2015年

2月

12日

今しか出会えないから


いましか出会えない

自分がいる

いましか乗り越えられない

壁がある

だから、いま

向き合おうよ

いま向かい合わないと

一生消せない

大嫌いな自分が居座り続けるから


大好きな自分に

いまなろう

なりたい自分に

いまなろう


淡楽雅遊





必要に迫られたとき、

人は普段向き合う必要がなかった自分と、

否応なしに向き合うことになります。

そんなときは、

不安や緊張など、

よくもまぁ、こんな自分もいるんだと驚くことがあるものです。


僕は、そんな自分自身に驚かさせれる毎日です。



必要に迫られることは幸せですね。

自分の真面目さに気づきます。

適当な人は向き合うこともしません。


必要に迫られることで、

それまで自分が避け続けていた自分に出会えます。

誰のせいでもありません。

自分にもともといた自分に出会うだけですから。

必要に迫れたとき、ひょっこり顔を出した自分が、

自分にとって嫌いな自分なら、

二度と出てこないように全力で退治するだけです。

嫌いな自分なのだから…。



自分にとって嫌いな自分が二度と出てこないほどの努力をすること、

自分にとって嫌いな自分が“必ず死ぬ”ほどの努力のことを

「必死」になることと僕個人は考えています。



そりゃそうです。

悩んだって、考えたって状況は少しも変わりません。

自分のできることをやり続ける。

自分のできることをやり続けるしか術はないのです。

自分ができる目の前のことに専念し、

変えることを変え続けることしかないのです。



自分が大嫌いな自分が、

自分の中からいなくなるほど

目の前のことに没頭し、変え続ける。


それこそが、必要に向き合うこと。


受験生よ、いまの自分と向き合おう!



まだ変えられる時間と、

変えられることがある。


それは幸せなことです。


受験は、人と競い、蹴落とすことではなく、

大嫌いな自分と向き合い、

それを自らの手で

自分のなかから消し去る術を身につけるためには欠かせない通過点。


だから、

僕は受験を乗り越えたあとの聡明舎生の顔が大好きです。


聡明舎の先生たちは、最後まで応援を続けます。


心配せず、最後まで一緒に変えられることを変え続けましょう。



鷲井

 

 

2 コメント

2015年

1月

29日

OUR TREASURE



お陰様で、


今年も無事に誕生日を迎えることができました。



「お守りとして持っておいて」


そういって妻と子どもたちから手渡されたのはプレゼントは、


1㎝ちょっとの小さなペンダントヘッド。



表面には子どもたちの名前が彫られ、


それぞれの誕生石が埋め込まれていました。


裏面には、


「OUR TREASURE」と彫られた文字。



僕にとって誕生日とは、


家族はもちろん、

心から大切にしなければならない人を


大切にできているかを自分に問いかける日でもあります。


有り難うございます。



鷲井


4 コメント

2015年

1月

01日

謹賀新年

 

 

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

旧年は皆様にいろんな局面で支えていただきました。

この場を使い、厚く御礼申し上げます。


各講師が、通塾いただいている保護者の方、通塾生はもちろんのこと、

このブログを読んでいただいている皆様の応援により、

励まされ、成長することができた一年でした。


これからも、驕ることなくみなさんの御期待を越えられる一年となるよう。

「笑顔を優しさ、そして挑戦する勇気を育てる場」であり

社会に本当に必要とされ続ける学習機関であり続けるよう、

講師一同精進して参ります。

これからも変わらぬご支援のほど、よろしくお願いします。


聡明舎 講師一同


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


元旦。

1月1日。

一年の始まりの日。


世界中の多くの人が

これからはじまる一年を良い年にしたいと願う日。


僕はこの日が大好きです。


この一年を良い一年にしようと願うことではじまる日。

瞬間的に、この日、この時を悪くしようと願う人が

少なくなる日。


365日のなかで、
もっとも多くの人が

これからの希望を願う日です。

素敵じゃないですか?



2015年が、みなさんにとって、

人生のなかで振り返りたくなるような

心の支えとなる一年となりますよう、

お祈り申し上げます。


鷲井

4 コメント

2014年

11月

27日

自由

人生を楽しみたいという人ほど

人より大変になることを当たり前だと知っている

大変は自由がはじまる合図

大変は自分の道を

歩きはじめる

最初の扉


淡楽雅遊




人生は選択の連続です。

自分で選んで、

しっかり前を向いて歩くためには

ときには人より
“大変”な選択をしなければならない

ことが多くなります。


それは自分の人生にとって必要なことが、

必ずしも他人の人生から見て


必要だったり、魅力的に見えることの方が少ないからですね…。



自ら気づいて、行動するような

自分の人生を築いていく人ほど

そのときやったらよいことを「全力で」取り組んでいます。


例え、そのときに人から理解されなくとも、

ひたむきに、全力で取り組んでいます。



僕にはそんな人ほど

輝いて見えます。

そんな人ほど

魅力的に見えます。



僕の周りには、

年齢関係なくそんな魅力的人たちで溢れてます。



「やろう!!」と思う起点が自分であり、

人が評価しはじめたとき

それは過去の出来事と感じられるくらい

周囲よりも早い達成感を感じられる人。


自分の行動の最初と最後を常に実感できることの連続を

僕は
「本当の自由」だと考えてます。

その楽しみを十分知っている人ほど

常に選択するときに“大変”な方を選択しているのかもしれません。


そんな
「自由」の連鎖と共創が

これまでの素晴らしい世の中の礎を築き上げてきたのだと

聡明舎の日常のなかで実感します…。

僕自身たくさんの影響を受けて生きていることを実感します…。


今週は思ったままに書いてしまいました。

最後まで読んでいただいて、本当に有難うございます。

 

鷲井

0 コメント

2014年

11月

20日

「時間」と「衝動」の世界

休日に家にいると、


子どもたちに捕まります。



うちの子たちは、


とにかく気づいたこと


頭に浮かんだことをその場で伝えたがる衝動型。


こちらの時間や状況はお構いなしです。




お風呂に入っていても


お風呂の外から


「パパあのね!」




トイレに入っていても


トイレの外から


「パパあのね!」




ときにはトイレの扉をたたいて


「パパ開けて!」なんてこともあります。




車を運転しているときに


「パパ、こっち(後ろ)見て!」なんてざらです。




大人と子ども。




大人は「理屈と時間に支配されたの世界」に、


子どもは「気持ちと衝動の世界」に住んでいる。



どうやら同じ場所にいながら


住んでいる世界は違うようです。



子どもたちからしてみたら


「いま伝えたい!」という衝動。


「これは面白い!」など抑えられない気持ち。


いまこの時、


この場所で、


一緒に感動や感情を共有したい。


例え大人の理屈はわかっても、


気持ちと衝動が許さなければ決して動いてはくれません。




大人からしてみたら


「○時までに■■をやらねば…」などの時間的制約のなかでの行動し、


そのなかで


理屈といえば大げさですが、


「いまそれは必要?不必要?」などの優先順位を決めます。




いまそれは必要なこと?


いまそれじゃないといけない?




お互いがかみ合わないと、


大人 :「あとにして!」


子ども:「もういい…」



伝えたいという気持ちや衝動を、


理屈と時間で押さえつけることがないよう


子どもと接する際には


あらかじめ相手の伝えたい気持ちと衝動を


受け止められる関係と時間を設けておく。




親になる前に、


聡明舎の仕事を通じて学んでおいて良かったことの一つです。

 


今後も継続して分析してみます。




鷲井



2 コメント

2014年

11月

13日

幸せの源

先日、うちの子どもたちが通う小学校で運動会がありました。


運動会の楽しみの一つにお弁当がありますよね。


ここ数年、うちのお弁当の定番は「くまモンのおにぎり」です。


今年はくまモンおにぎりはひと味違います。



福岡親学塾で知り合った吉岡さんが、


僕に子どもがいることを聞いて


「くまモンのおにぎりキット」プレゼントしてくださいました。



これまでは、


ラップの上からシールをはってほっぺたを作っていました。


このキットを使うと、


簡単に食材をくり抜き、ほっぺたにして食べられます。


表情も簡単に変えられます。


子どもたちも、妻も、もちろん僕も大喜びです。



吉岡さんのお陰で、我が家にまた一つ素敵な思い出が増えました。


誰かを喜ばせようとした行為が、


結果、その誰か以上に多くの人の喜びと素敵な思い出のきっかけとなる。




忙しいと、


どうしても目の前をこなすことに追われて


こなすだけで精一杯になってしまうことってありますよね。


僕も誰かの喜びと素敵な思い出を残せるよう、


常に対象を思い浮かべながら

仕事を行うこと忘れないようにしたいです。




鷲井


4 コメント

2014年

11月

06日

与える人

悪意も善意も

あなたのなかに


どちらを取り出すかは

あなたしだい


淡楽雅遊


ぼくは、

昔、気づきを得たことが、

ふと違うタイミングでまったく同じ気づきをすることがあります。

以下は以前ブログにも書いたことがあることですが、

最近まったく同じ気づきをしましたので書きますね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「仕事とは世の中や人の役に立つこと」

いろんなところで触れることができる言葉です。


聡明舎の先生やボランティアをしていると

もう一歩踏み込んだことを僕に学ばせてくれる。


「人の役にたつこと」=「人に今より多くの可能性を感じさせること」


そのとき、その場で、自分が提供するものを通じて

相手にどれだけ希望や可能性を与えることができるか…。

毎回試されていることを感じる。


仕事をするということは

人に未来への希望や

可能性を感じさせることなのかもしれない。


だから所属をするためだけの

職業や場所、または方法を目指すと、どこかで必ずしっくりこなくなる。


自分に携わる人々の今を知り

その人たちが

活き活きと動きたくなる直接・間接的な言葉・思考を身につけ、発信する。

それらが自分の経験なら、なおさら相手に伝わる。


相手に希望や可能性を感じさせるために必要なものは

常に変わり続ける。

変わり続けるからこそ自分には常に変化が求められる。

その結果が成長。


周囲の人々が好転していく姿を見て、

ほんの少しでも自分が裏側・表側から携われたという実感が

自分で自分の存在を認める回数となる。

その結果が自信や幸福感。


そのような結果を感じられる人なら

人から何を言われようと

最後まで自分を信じることができるような気がします。


「希望と可能性を与える人」

そんな人に一歩でも近づけるように明日もまた一歩。


鷲井

2 コメント

2014年

10月

30日

無意識の選択を意識的に。

 

「ヒマだな…」と感じたときに何をするだろう?


あなたは何をしますか?



そこにサッカーボールがあれば、


「リフティングでもしようかな…」と思うのでしょうか?



そこにファゴットがあれば、


「ファゴットでも吹こうかな…」と思うのでしょうか?



リフティングをしたことがない人は、


おもむろにリフティングをはじめることを選びません。


ファゴットを吹いたことがない人は、


おもむろに吹きじめることを選びませんね。



私たちは無意識のうちに、


そのとき自分が「できること」を選んで生活をします。


いまの私たちは、


生まれてからきょうまで自分が選択したことの集まりです。



意識していないと、


そのとき「できないこと」は無意識に選択はしない。

 


無意識に選択していることは、


そのときの自分が「できること」を選択する。


私たちは無意識に自分の行動を選択していることの方が多いような気がします。



わたしたちは、


そのとき、できたかもしれないことを、


そのとき、できないのことが理由で選べなくなってしまうことがあります。

 


はじめていれば、できるようになったかもしれないことを


自分の未来から除外してしまうことがあります。



自分の未来は、いまよりもさらに素晴らしいものにしたい。


いまを変えていきたい。


同じことの連続の毎日から外れたい。



その望みが本当の気持ちなら、


いまはできないけれど、


できるようになりたいことを


意識してはじめる選択をすることが必要ですね。



その意識した小さな些細な選択も、


わたしは「挑戦する勇気」の一つだと考えます。



「知らなかったことを知るだけで、選択は変わる」


「できるようになりたいことをはじめる選択する」




勉強という、


いまできないことを、できるようにする作業の連続を通じて、


「いまできないことは、いつかできるようになるものだ」


そんな自覚を養うことができます。




「小さな意識的な選択は、自分により広い世界を見せてくれる」


勉強という道具は、


未来を切り拓ける力と楽しみをも、


私たちにもたらしてくれるから最高です!





鷲井


2 コメント

2014年

10月

23日

挑戦する勇気



聡明舎へ体験生の問い合わせが来ると、

 

校舎関係なく、すべての先生たちが大喜びします。

 

 

同時にすべての先生たちが思うことがあります。

 

それは

 

「はじめて塾に来るということは、すごいことだ」ということ。

 

 

 

はじめて聡明舎へ来る体験生は、

 

それぞれの不安を抱えながら、

 

緊張の面持ちでやってきます。

 

 

そりゃそうです。

はじめてですから、

 

なかはどんな場所で、

 

どんな人がいるのか分かりません。

 

当然、何をしてよいのかすらも分かりません。

 

中身がわからないから、

 

とにかく行くしかない…。

 

すべて相手に預けて飛び込むしかない…。

 

 

これはとても勇気がある行動だと思いませんか?

 

 

大人ですら、

 

はじめての場所へ一人で飛び込むことは、

 

それなりの覚悟と勇気が必要です。

 

 

はじめてへの不安と緊張を乗り越えてやってくる。

 

その勇気たるや、すごいことだと思うわけです。

 

 

緊張と不安に負けて、

 

「やっぱ行きたくない!」と体験をキャンセルすれば、

 

体験当日、僕たち先生は体験生に出会うこともありません。

 

 

体験に来る。

 

ただそれだけで、その人が挑戦する勇気があることを表します。

 

 

 

学校と名がつく場所を卒業すると、

 

「やったことがないことをやる」

 

「はじめて出会う人に出会う」など、

 

はじめての連続が当たり前の世界へ進みます。

 

 

自分が「はじめて」に直面したとき、

 

歓迎したくない不安や緊張はおこるもの。

 

その不安や緊張は、

 

いつもと同じ繰り返しの毎日から外れる合図。

 

避けるものではなく、歓迎するものであってほしい。

 

 

誰だって今を変えようと思うことはありますね。

 

そのためには、

 

初めてのことへ飛び込む不安と緊張を乗り越える勇気が必要となります。

 

 

はじめて聡明舎に来たとき、

 

自分はその不安と緊張を乗り越える勇気があった。

 

だからこそ聡明舎へ来られた。

 

 

どれだけ長く通おうと、

 

聡明舎を卒業した後であっても、

 

かつての自分は、

 

初めてに飛び込む勇気ある経験をした人間だっだことを

 

忘れて欲しくない。

 

 

聡明舎の先生たちが、

 

はじめて来た体験生を大歓迎するのは、

 

その勇気を讃え、またその勇気を本人の記憶に残そうとする

 

気持ちのあらわれかもしれません。

 

 

 

鷲井

 

2 コメント

2014年

10月

16日

正しいを脇に置く

 

 

成長に欠かせない物は何だろう?


何が正しいかは置いておいて、

今できることを続けていくしかないと思う。

 

何が正しいかを脇に置いておいて、


がむしゃらに動く。


僕の場合、


何が正しいかを考えだすと、


頭の中で考えすぎて、そこから動けなくなる。



考えすぎると、


何もしていないのに何かを成し遂げた気になる。



その都度


「いかん、いかん…」と自分を諭す。


何が正しいかを考えだすと、


正しいを奪い合って


誰かと争うようになってしまう。



やっぱり


その都度


「いかん、いかん…」と自分を諭す。

 


僕の場合、考えすぎてもあまり良いことがないようです。

 


争うのが目的ではないから、


立ち止まるのが目的ではないから、


いまできることを


一所懸命続けていく。

 

 

正しいを脇に置くことは、成長に必要な一部だと思います。

 

 

でも、

正しいを脇に置くこと。

 

これが僕には難しいようです…。

 

 

 

鷲井

 
2 コメント

2014年

10月

09日

船酔いしないために…。

 

 

 

先日の研修旅行でみんなでヨットに乗り、海洋実習を行いました。

 

出港時の先生たちは、誰もが興奮のなかテンションマックス。

 

どこからともなくワンピースや海賊コントがはじまります。

 

 

しかし…。

 

数分たつと、どこからともなく 

 

ふ~~っ…。 ふ~~っ…。 ふ~~っ…と

 

美木良介さんのようなロングブレスが聞こえてきます。

 

声の先に目を向けると、 

 

青ざめた表情で、

 

海のある一点を無言で鳥羽一郎さんのような渋い表情見つめている先生が数名…。 

 

そう船酔いをする人が出始めるわけです。

 

 

ヨットという非日常の乗り物に乗るわけですから、

 

船酔いして当たりまえです。

 

表情から全力SOSが伝わってきます。

 

 

車や、船などに乗ると乗り物酔いをすることがありますね。

 

乗り物酔いをしたとき、

 

少しでも症状をよくするためには

 

動かない遠くのものを見るとよいといいます。

 

 

 

船酔いをした先生たちも、

 

船長についてもらいながら、

 

舵を握り、遠くにある目標物を目指しながら操舵に集中すると

 

不思議なもので、 船酔いが少しずつ良くなってきます。

 

 

操舵は、慣れてくると舵が風をしっかり受けて進んでいるときは

 

ブルブルとしっかり手応えを感じるようになります。

 

 

その手応えを外さないよう目線は遠くへ、

 

意識は手元に集中するようになるわけです。

 

 

 

「遠くを見据え、手元のことに集中しつづける」

 

「自分が舵をとることで、自分の進路を把握しながら進む」

 

これが船酔い改善の応急処置。

 

 

 

日常生活で

 

私たちは近くに目線を合わせる生活に慣れすぎているのかもしれませんね。

 

 

身近な事柄ばかりに目をむけ、

 

未来への舵取りを他人にまかせて、

 

どこへ進むか分からないまま日常の荒波に揉まれていれば、

 

私たちは日常に船酔いをしてしまいます。

 

これを漠然とした不安と呼びます。

 

 

遠くを見据えながら、

 

進路を外さないよう手元の舵に集中する。

 

動かない目標を持ちながら、日々のできごとに集中する。

 

とても大切なことを教わった気がします。


自分の進むべき進路は自分が決める。

 

 

大きな目標や、やりたいことがある人は

 

その目標に向かって進めばよいです。

 

 

目標がない人・まだ目標がはっきりしていない人は

 

「自分の近未来をこうはなりたくない」

 

「大切な人をこうはしたくない」と

 

なりたくないものしっかり持ち続けることが、

 

日常の“船酔い”=「漠然とした不安」を改善する方法のひとつだと

 

ぼくは考えています。

 

 

導く先生という立場にある自分としては、

 

目標をこちらから相手へ与えるのではなく、

 

相手と一緒に目標を決め、

 

常に相手と同じ目線でいまに集中しながら

 

船酔いしない日常を送る大切さを再確認した海洋実習でした。

 

 

それにしても楽しかったな〜。

 

 

 

鷲井


 

 

4 コメント

2014年

10月

02日

常識

 

 

 

常識とは、


「目玉焼きに何をかけるか…」みたいなものです。

 

 

その人や、その場の常識は、


慣れ親しんだ習慣や


過去の失敗からの教訓から


できていることが多いようです。

 

 

誰かの常識は、


その人やその場所の


思い出からできあがっているもの。

 

 

そう考えると


とても大切なものだと思えるから不思議です。


だからやたらと邪険にできないし、


自分の常識だけが正しいとは言い切れない。

 

 

人の数だけ常識がある。

 

 

常識とは、


押しつけるものでも、


従うものでもない。

 

受け入れ、


取り入れ、


一緒に創りあげるものですね。

 

 

人が集まって共同作業するならなおさらです。

 

 

ことあるごとに、

 

自分に言い聞かせる言葉です。

 

 

鷲井

2 コメント

2014年

9月

25日

幸せの一つ。

 

ふと、

 

あたまに笑顔が浮かぶ人がいる…。


ふと、

 

あたまに浮かべて笑顔になる人がいる…。

 

その人へできることがある。


それができることもまた、

 

幸せのひとつ…。

 

 

最近そう思う機会が多くあります。

 

 

鷲井

 

 

 

 

2 コメント

2014年

9月

18日

教育の語源を調べて思う

 

educe   = 能力を引き出す

派生して

education = 教育

 

英語で「教育」とは、その人の持つ能力を引き出すこと。

 

「教」:教える者と習う者との相互関係から、習う・教えるの意味

「育」:ひとり立ちできるように助け導く

 

漢字で「教育」とは、

教えられる者が、

その教える者の行為やその内容を受け入れ、

独り立ちできるようになること。

 

L.educatio = e-(=out)+doctus = 子供の資質を引き出す行為

 

ある分野で未知の経験をしている人にとって、

経験の「先」を「生」きている存在はみんな「先生」です。

 

先生や親に限らず、

人を育てる立場にある人はみんな教育者ですね。

 

教えを必要とされ続けることをよしとせず、

教えるを与えることだけに終始せず、

相手の資質を引き出し

最後は独りで生きていけるようにすること。

 

語源的には「教育」とは、そういうことでしょうか。

 

だいぶ割愛して書きましたが、

たまには本気で語源を調べてみるのもよいですね。

 

身が引き締まりました。

 

 

 

鷲井

 

2 コメント

2014年

9月

11日

相手にプレゼント選ぶように…。

 

多くの選択肢のなかから

相手が課題や仕事を依頼してくるとき、

そこには理由が存在します。

 

目の前の人が

何を望んでいるのか?

何を伝えようとしているのか?

 

しっかり知ってからでないと、

相手が仕事を通して

自分に求めていることは実行できません。

 

相手が何を望んでいるのかを知ると、

本当に必要な

するべき事が見えてくる。

 

「仕事をこなす」のではなく

「相手に応える」こと。

 

相手の予想を超えるはじめの一歩は、

目の前の相手を知ろうとすることからはじまります。

 

相手にプレゼントを選ぶように働く。

 

これがとてもむずかしい…。

勉強勉強の毎日です…。

 

 

鷲井

 

 

2 コメント

2014年

9月

04日

言葉と行動のプレゼント

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ガンバレ”という言葉は、

 

ときに頑張っている人を追い詰めてしまう力があります。

 

 

“ガンバレ”という言葉を使わずに人を励ます。

 

 

“ガンバレ”という言葉を使わずに人を励まそうとすると、

 

相手側にすべてを託しておしまいではなく、

 

自分がこれまで相手へしてこなかった

 

まだできることを考えるきっかけになります。

 

 

その意識から生まれた言葉や行動こそ

 

心から応援したい人を励ます

 

言葉や行動のプレゼントになりますね。

 

 

そのプレゼントは、

 

のちに相手だけでなく、自分をも救ってくれることがあります。

 

 

 

 

 

鷲井

 

 

4 コメント

2014年

8月

28日

発掘

 

 

先日、うちの子どもたちと恐竜展へ行ってきました。

 

一通り会場を回ると、

 

子どもたちが出口付近の土産物屋のわきに発掘体験コーナーを発見。

 

参加をせがむ子どもたち…。

 

 

¥1,600 の発掘キッドを購入しないと参加できない…。

 

親としては参加を迷うところです…。

 

 

知らないうちに向上した子どもたちの交渉力に押し負けし、参加することに…。

 

 

 

しかし、じつにこれが面白い!

 

一見粘土の塊のように見える

 

縦10センチ、横20センチ、高さ5センチくらいの石膏のなかに

 

化石(プラモデル)が十数パーツ埋まっています。

 

 

それらを付属のハンマーとノミ、そしてブラシを使い、

 

ひとつ一つ掘り出し、洗浄し、くみ上げるというもの。

 

 

真剣な眼差しで作業を行う子どもたち。

 

1時間ちょっとかけて発掘、洗浄、くみ上げを行っていきます。

 

 

最後の方は息子が発掘班、娘は洗浄班と二手に分かれ、

 

コツをつかんだのか、手慣れたように作業をしていました。

 

真剣度合いに比例して子どもたちの口数が減っていきます。

 

 

途中、思った通りに部品がはまらず、

 

力の加減を間違え足が折れるというハプニングもありましたが、

 

折れた箇所は接着剤で固定しなんとか完成。

 

 

 

完成品を見て自慢げに見せてくる子どもたち。

 

展示物を見て回るだけでなく、

 

発掘体験が子どもたちは一番楽しかったそうです。

 

 

足を接着剤で固定した不安定な状態だったため、

 

息子は袋に入れられた完成品を家に着くまで一度も地面に置かず、

 

ずっと大事そうに運んでいました。

 

 

お土産としてすでに完成したレプリカを購入するよりも、

 

経験つきの手製のお土産は、

 

子どもたちをとても満足させたようです。

 

 

自分の実体験は、心のどこかに必ず残ります。

 

 

未知の経験という塊を、

 

こらまでの経験というハンマーとノミを使って根気と想像力で取り出す。

 

塊の中に完成品を求めず、

 

さらに取り出したかけらを、

 

これまた想像力と根気でくみ上げる。

 

 

一度経験したことは、さらなる未知からの発掘力を鍛え上げる。

 

だから誰もが同じものを見ても、違うものを感じる。

 

 

大げさだけれども、

 

日々の生活は発掘に似てますね。

 

 

そんなことを学ばせてくれた子どもたちに感謝です。

 

 

鷲井

 

 

2 コメント

2014年

8月

21日

そのときの一番を目指す。

 

 

自分ができる一番を増やそう。

 

あいさつで一番に。

片付けで一番に。

準備で一番に。

 

いますぐできる一番を増やし続けることが、

自信と成長を実感させてくれます。

それは些細なことでかまいません。

 

多くの人が、

やっても、やらなくてもよいと思っていることほど一番を心がける。

 

人と争うのではなく、

自分のなかでの一番を心がける。

 

その途中で感じた「自分にもできる!」という自覚は、

「変わりたい…」という自分の背中を常に押し続けてくれます。

 

人への理解を求める作業ではなく、

自分ができる一番を追求してみる。

 

いまできる一番を追求し続けていくと、

次のやりたいことも見えてくる。

 

やる気と自信があるように見える人、

自分にしかできないことを手にした人は、

日常のなかでそのときの一番を心がける重要さを知っています。

 

 

鷲井

 

 

 

 

 

3 コメント

2014年

8月

14日

自分から出るものすべてが自己紹介

 

自分から生まれるものすべてが自己紹介。

 

言葉・仕事・作ったもの…。

それらは普段の何気ないものも含め、

自分を離れたとたん

会ったことがない人の元にも

届くことがある。

 

その言葉、その仕事は

そのままで大丈夫?

 

出会ったことのない人が

あなたの言葉、

仕事っぷりを聞いたり、

制作物を見て、

一度出会ってみたい。

話をしてみたい。

仕事を頼みたい。

そう思われるものだといいね。

 

自分から出るものすべてが自己紹介。

 

そんな意識を持っておくのも

ありじゃない?

 

世界には約70億人の人がいます。

ひとり一人と自己紹介をし合うことはできないけど、

何かを通じて知り合うことはできる。

 

自分が残したものは、未来の人も見ることができる。

 

自分の何気ない言動は、

世界にも、未来へもつながっている。

そんな意識を持って日常をおくるだけで、

目の前の世界は大きく開けていく気がします。

 

 

鷲井

3 コメント

2014年

8月

07日

角が取れて丸くなる。

 

 

川の上流にあるゴツゴツした大きな岩は、

 

川のなかで石同士がぶつかって、丸い石になる。

 

石は海にたどり着いたときには砂になる。

 

砂は、岩にも石にできないどんな形にも形を変えられるようになる。

 

砂は、岩にも石にもできない、多くのことを吸収できるようになる。

 

 

あなたのまわりに、

 

「嫌な人」

 

「苦手な人」はいますか?

 

その人はあなたにとって大切な人ですよ。

 

 

あなたを成長させてくれる人です。

 

避け続けてはもったいない人。

 

 

あなたも人とぶつかって丸くなる。

 

円熟した人の穏やかさはそうやって、できるものです。

 

人とぶつかったことがある人ほど、

 

砂のようにどんな形にも形を変えることができます。

 

砂のようにどんなものでも吸収できるようになります。

 

 

人に合わせるのではなく、いかようにも変われる人。

 

 

そんな人はどんな時代にも幸せに生きていける人。

 

 

いろんな価値観のなかで踏ん張る、あなたを応援してます。

 
 
鷲井
 
 
3 コメント

2014年

7月

31日

おもてなし三カ条

「おもてなし三カ条」

 

1.相手を驚かす用意。

      (Surprised)

2.その人へ特別に用意する。

      (Especially)

3.相手の手に渡るまでの物語を作る。

      (Story)

 

大切な人を大切にするためには

欠かせない三つ。

 

どんなことでも、対象を思い浮かべずに行ってしまえば

ただの作業となってしまいます。

 

どうせやるなら対象を思い浮かべながら行いたいものですね。

 

夏期講習という連日、毎回の授業準備と授業でこれらの三つを試せる。

ときに厳しく、ときに楽しく、

これらを心の真ん中に置いて伝えることができる。

 

毎日こんな経験ができる聡明舎の夏期講習は、

とても有り難いです。

 

毎日、時間や課題に

押しつぶされそうになるほど忙しいなか、

生徒、講師に関係なく、

昨日できなかったことをできるようにし続ける聡明舎ファミリーを見ていたら、自分だけ準備を怠けるわけにはいきません。

 

対象をうかべながら「おもてなし三カ条」をたくらむ。

僕の経験上、そこからの学びは成功だろうと、失敗だろうと、

とてもつもなく大きなものを引き寄せます。

 

いくつになっても成長をうながしてくれる、

すべての聡明舎ファミリーに感謝です。

 

 

鷲井

 

3 コメント

2014年

7月

24日

強くなれ!

 

誰かがあなたに「強くなれ」という。

 

 

強さとは耐える力ではありません。

 

世の中は我慢大会をしてるわけではないからね。

 

 

誰かや何かに

 

されるがまま受け続けても、

 

心や体はボロボロになって

 

無力感を感じるだけ…。

 

 

僕は本当の強さとは

 

「問題を解決する力」のことだと思う。

 

 

目の前の出来事にたいして、

 

自分は何ができるか?

 

 

失敗して、失敗して、微調整を続けることで

 

本当の強さは身についていく。

 

 

いま出来ることの多くは、

 

たいてい昔は出来なかったことだらけ。

 

 

問題がおきたときに

 

自分は何が出来るかを考える。

 

 

何をして、

 

何を学んだかをノートや手帳に残しておく。

 

 

その動き続け、残し続けてことだけが、

 

自分の強さの証になる。

 

 

 

現在、聡明舎は夏期講習真っ只中。

 

出来事に試されるのではなく、

 

出来事をつかって自分の試したいことを試し、

 

学びを残し、

 

また学びを試す。

 

「この夏、みんな強くなれ!」

 

 

鷲井

 

2 コメント

2014年

7月

17日

勉強が好きになる!

 

先週の続きです。

 

昨日の森末がお伝えした通り、

 

勉強はいろいろ学べて面白いです。

 

 

先週お伝えしたのは、

 

「自信を自分自信で創り出すため」には、

 

「小さな達成の積み重ね」が必要でした。

 

だから目の前の出来事が

 

「小さなこと」

 

「面倒なこと」であってもバカにしていけません。

 

 

目の前の小さな達成を続けていくと、

 

「自信」と同時に手に入るものがあります。

 

 

それは「喜び」です。

 

 

みなさんも経験したことがあると思います。

 

できなかったことが、できるようなったり、

 

わからなかったことが、わかるようになる。

 

 

できなかった期間が長ければ長いほど、

 

わからなかった期間が長ければ長いほど、

 

その喜びは大きいものです。

 

 

分かった後には、

 

なぜできなかったのか?

 

なぜわからなかったのか?

 

その方が不思議に感じることがあります。

 

 

できるようになったり、

 

わかった「喜び」は

 

もっと知りたい、

 

もっとやりたいという意欲を呼びます。

 

 

この「喜び」をたくさん経験するとを

 

「勉強が好きになる」ということです。

 

 

好きになってしまうと、やめられません。

 

やめられない・止まらない…状態になります。

 

まわりから

 

「そこまでやらなくてもいいんじゃない?」と言われてもやめません。

 

「そんなのテストに出ないよ」と関係ありません。

 

なぜなら…

 

好きだからです。

 

 

好きだからこそ、やり過ぎてしまうのです。

 

これは素晴らしいことです。

 

これこそ学びの原点であり、

 

よいところであり、

 

楽しいところです。

 

 

好きになったからこそ、

 

時間を忘れてやめられなくなったという体験は、

 

学校というものを終えた後、

 

「やりたいこと」に出会ったときに

 

トコトンやり込めるという自信と原動力となります。

 

 

そういう体験を、聡明舎にいる間にしてほしいと考えています。

 

これが聡明舎の勉強や受験にたいする考え方の一つです。

 

聡明舎ブログを読む卒業生はどう思いますか?

 

 

いよいよ7月20日から夏期講習がはじまります。

 

みんなの新しい歴史に立ち会えることが聡明舎講師の特権です。

 

今から楽しみでなりません!

 

 

 

鷲井

 

 

2 コメント

2014年

7月

10日

自信の作り方

生まれてから今日まで、

 

私たちはいろんなことができるようになりましたね。

 

 

朝、自分で起きれた。

 

一人でお遣いに行けた。

 

自転車の補助輪なしで乗れるようになった。

 

待ち合わせの時間よりも早く着くことができた。

 

単語テストで満点を取れるくらいの準備をして、満点を取れた。

 

仕事や課題の期限を守れた。

 

 

 

 

もちろん、できたことばかりではありません。

 

失敗だってたくさんしてきました。

 

むしろ失敗の方が多いかも知れません。

 

 

これら些細で当たり前のことの積み重ねで「自信」は手に入ります。

 

些細なことを積み重ねることで、

 

できることが増えていく。

 

 

そうやってどれだけたくさんの

 

「以前あれができたのだから、今回のこれだってできるはず」と

 

思うことができるかが重要です。

 

小さな達成が少しずつ大きな達成につながっていきます。

 

 

自分がやろうと思った些細なことを達成をし続けることで、

 

自分のなかに

 

これまで以上の大きな達成ができるような予感を感じることができる。

 

それが「自信」を生む要素になるのです。

 

 

だから目の前ことが

 

「小さいこと」「面倒だと感じること」でもバカにしてはいけませんね。

 

 

高校・大学受験は

 

勉強という一見魅力的に見えづらいものを使って、

 

小さな達成を積み上げながら「自信」を手に入れる絶好の機会です。

 

 

行きたい高校・大学へ行きたい。

 

そこで部活をしたい。

 

大学へ行ってみたい。

 

こんな仕事をしてみたい。

 

など

 

 

みなさんは、

 

これから「やりたいこと」は何でもできます。

 

その「やりたいこと」は自分で見つけ出さなければなりません。

 

 

わたしたちは意識していないと

 

「大きな目標」がみつからないことを

 

「やりたいこと」がみつからないと勘違いしてしまうことがあります。

 

 

「大きな目標」が見つからないという理由で、

 

すぐにできる小さなことを疎かにしていると

 

「自信」も「やりたいこと」も手に入りません。

 

 

これまで積み上げてきた小さな達成があるからこそ、

 

それ以上の大きな達成ができる予感を感じる。

 

次の達成にむけて「やりたいこと」が浮かぶのです。

 

 

自立した人は、

 

やりたいことを持ち、

 

それを明確に宣言し、行動できる人。

 

 

そんな自立した人が共通に持っているものは「自信」でした。

 

自信は持ち物ではありません。

 

自分で育て、作り上げていくものです。

 

 

 

目の前の小さな達成が

 

未来の自分に「自信」もたらしてくれることを知っている人は

 

小さな達成と失敗を大切にします。

 

 

 

小さな達成の積み重ねは

 

「自信を自分で作り出す力」をもたらします。

 

 

鷲井

2 コメント

2014年

7月

03日

自立の第一歩

 

みなさん、有り難うの反対をご存じですか?

 

 

ご存じの方も多いかと思いますが、

 

ありがとうの反対は「当たり前です」

 

「ありがとう」とは漢字で「有り難う」と書きますね。

 

 

 

「難い」とは辞書を引くと

 

『その動作の実現が困難なことを表す言葉です。』

 

難しいですよね…。

 

 

簡単に言うと「~しにくい」というときに使います。

 

「信じがたい」「忘れがたい」の「難い」です。

 

つまり「ありがとう」とは「有るのが当たり前ではない」という意味。

 

 

わたしたちは人の厚意にふれたときや、

 

日常の「当たり前でないこと」に出会ったとき、

 

自然と「ありがとう」という言葉を使っています。

 

有り難うという言葉を口にするとき、

 

それが当たり前ではないと気づいているときです。

 

当たり前のことではないから、

 

相手にまた同じ事をしてもらうことを期待しませんね。

 

 

だから有り難うと口にしたとき、

 

本来なら自分がやるべき事を自覚できます。

 

自分でやるべき事を自分で行える人。

 

つまり自立した人になる。

 

「有り難う」とは、本来自立した人が使う言葉です。

 

 

聡明舎ではできる限り「ありがとう」と言うように伝えています。

 

自分がしてもらって当たり前でないと感じたら

 

すぐに表現する人間であってほしい。

 

それは、はじめ言葉ありきでも良いと考えています。

 

 

ありがとうを口にするたびに、

 

人にしてもらって当たり前でないこと気づいていく。

 

そのなかから本来自分でやるべき事を見つけ出して

 

ひとつ一つこなしていける。

 

ありがとうの数だけ自立した人になれると考えています。

 

 

まずは、有り難うと口にしたときのなかに

 

本来なら、自分がすべきことにがあることに気づくこと。

 

次回は「自分でやるぞ!」と意識することから、

 

自立は始まると思うのです。

 

 

鷲井

 

更新が遅くなってすいません…。

2 コメント

2014年

6月

26日

成長の種

 

 

 

 

 

 

サッカー日本代表のグループリーグ敗退は残念でしたね…。

 

誰よりも悔しい思いをしたのは選手たち…。

 

長友選手が「いろんな思いが出てきて…。この4年間、この大会にかけてきたのに、こんな一瞬で終わるのかと…」と答えていたのは、とても印象的でした…。

 

4年という歳月を、すべてサッカーに捧げてきた選手たち。

 

それは何度もできることでもありません。

 

 

先日の日本対コロンビア戦ご覧になりましたか?

 

もし試合を録画された方は以下のシーンを見てみてください。

 

僕にはこんな感じに見えました…。

 

 

 

前半 8:47

自分の足が10㎝前に出ていれば…

 

香川選手は思ったのだろうか?

 

前半 13:53

相手DFにシュートが当たらなければ…

 

内田選手は思ったのだろうか?

 

前半 15:35

ボールに足が少しでも触れていれば…。

 

近野選手は思ったのだろうか?

 

前半 16:50

左に飛んでいれば…。

 

川島選手は思ったのだろうか?

 

前半 25:22

アウトでの切り返しが10㎝前だったら…。

 

香川選手は思ったのだろうか?

 

前半 32:32

ボール1個分左にバウンドさせていれば…。

 

本田選手は思ったのだろうか?

 

後半 9:28

ハメス・ロドリゲス選手のシュートブロックに行かず、

マルティネス選手へマークに付いていれば…。

 

内田選手は思ったのだろうか?

 

後半 12:01

DFに足を払われずに半歩早く切り替えして、

内田選手の前にボールを出せたら…。

 

大久保選手は思ったのだろうか?

 

後半 13:27

アルメロ選手よりも一歩早く前に出られていれば…。

 

大久保選手は思ったのだろうか?

 

後半 19:52

3㎝上からかぶせて合わせられていれば…。

 

大久保選手は思ったのだろうか?

 

後半 26:16

右にフリーでいた大久保選手に出していれば…。

 

香川選手は思ったのだろうか?

 

後半 35:53

ダイレクトで長友選手の前にボールを出していれば…。

 

本田選手は思ったのだろうか?

 

後半 38:04

シュートが枠へ飛んでいれば…。

 

香川選手は思ったのだろうか?

 

後半 43:25

出したスルーパスが裏に抜けていたら…。

 

山口選手は思ったのだろうか?

 

後半 48:00

nearポストを狙っていれば…。

 

柿谷選手は思ったのだろうか?

 

 

もしそうだったら、13-2で日本の勝利だった…。

 

そうもいかないのがサッカー…。

 


スポーツの世界に「~たら・~れば」はもちろんありません。

 

選手たちも「結果がすべてです。」とインタビューに答えています。

 

 

真剣にスポーツをしたことがある人なら試合後に内容を振り返り、「あそこでは、あれができたはず!」と思ったことがあるはずですね…。

 

僕は何度もあります。

 

その瞬間は、何年たっても鮮明に思い出せるから不思議です。

 

「自分ができるはずだったことが、そのときはできなかった…」

 

その悔しさは記憶の鮮明さに比例します。

 

きっと日本代表の選手たちも、それぞれが違った場面をこれから何度も鮮明に思い出すことでしょう。

 

 

4年後、日本のサッカーはさらに強くなる。

 

 

なぜなら、試合に出場していた選手はもちろん、試合を応援していたサッカー少年たちが悔しい思いをしたから。

 

これから「今度は自分が!」と動き出すことでしょう。

 

試合を見て、悔しい思いをしたサッカー指導者たちが、これからの選手へ必要なことを伝えようと動き出すから。

 

試合を見て、悔しい思いをしたすべてのサッカー関係者が新たな決意を持って動き出す。

 

だから日本代表はこれからさらに強くなりますよ。

 

 

できたはずのことが、できなかった悔しさは、新しい課題と決意を与え、人をさらに成長させます。

 

 

 

ワールドカップの真っ只中、橋戸校では定期試験が終わりました。

 

できることを出し切って、満点で終わった子。

 

できたはずのことができなくて、

悔しい思いを抱えて次に向けて動き出した子。

 

いろんな子がいます。

 

定期試験という機会は、自分にとって大切な場面で実力を十分発揮できるような方法を身につける機会と、新たな成長の機会を与えてくれます。

 

橋戸校の子たちは、定期試験を通じて確実に成長しています。

 

ワールドカップを越える身近な感動を目にしながら、心から彼らを支えていきたいと感じました。

 

橋戸校の生徒たちには、定期試験を通じてワールドカップ以上の感動を周りに与えていることを伝えてあげたいです。

 

 

あなたが最後に、本気で取り組み、

心から悔しい思いをしたのは、いつですか?

 

 

 

鷲井

 

 

 

 

3 コメント

2014年

6月

19日

誰かでなく、自分が起源になれ。

 

 

 

 

 

 

 

すべてが必要に生まれ



すべてが必要に育ち



すべてが必要になくなっていく…




淡楽雅遊

 

 

 

 

缶コーヒーの側面に名言が書いてありました。

これに気づく人もいれば、

 

気づきもしない人もいると思うのです。

 

 

気づいた人のなかには、

 

何かしらの行動のきっかけとなることもあるのでしょうね。

 

面白い企画だなと思い、写真を撮りました。

 

 

 


地球が生まれてから始まった循環。

   生まれ、

   育ち、

   なくなる。

地球が生まれてから今日までこの循環は行われています。


私たちの周りにあるものは、

「あったらいいな」

 

「いたらいいな」という必要がきっかけから生まれたものばかり。


必要から生まれたものをはじまりに

 

それを進化させ、

 

改良し、

よりよいもの、

よりよい仕組み、

よりよい考え方が生まれる。


起源となったものから、

さらによいものが育ち、

爆発的に見た目だけが違うものがあふれ出します。

 

そういったものが世の中にあふれだすと、

一気にそれらはなくなっていく…。



ある必要が、役割を終えたことの表れです。

 

 

今あるもの、

 

常識、

 

価値観は、

 

なくなることがある。

 

だから一つのものに頼りすぎてはいけない。

 

 

「変わり続けることが一番の安定だ」とよく聞きます。

 

 

今あるものが、

 

一気に目の前からなくなる前に

あるものを追うのではなく、

 

常に自分自身が

 

自身の行動の起源で在り続けることが必要な気がします。

 

 

その起源を生み出すために、

 

「あなたが自分自身や、大切な人へ残したいことは何?」と聞いてみる。

 

 

この問は、

 

自分のなかにたくさんの行動のきっかけを生みだしてくれます。

 

 

自分の行動の起源を生み出し、動き続けること。

 

そのことを変わり続けることというのかもしれないと

 

最近よく考えます。

 

 

 

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

 

みなさんに良いことがありますように…。

 

 

鷲井

 

 

 

1 コメント

2014年

6月

12日

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

私事で恐縮です…。

 

World Cup開幕日 

 

6月13日(金)

 

午前3時53分

 

我が家に2622グラムの女の子が生まれました。

 

「生まれてきてくれて、ありがとう」と言わせてくれた彼女に、

 

「生まれてきて、よかった」といってもらえるように頑張ります。

 

 

人が一人この世に生まれることは、

 

まわりの人生を変えるだけの影響力がありますね。

 

 

僕は、病院を出るときの決意と

 

目の前に見えた大きな朝日を一生忘れません。

 

 

 

 

 

 

鷲井

2 コメント

2014年

6月

05日

伝わってるよ…

 

 

 

 

 

 

伝わってるよ

 

たとえあなたが意図したことではなくてもね

 

 

あなたの言葉は伝わっているよ

 

 

相手があなたを大切に

 

思っているぶんだけね

 

 

淡楽雅遊

 

 

「好き」

 

「嫌い」

 

「それ、いいね!」

 

「くだらない」

 

…………。

 

 

言葉って不思議なもので、