過去は変えられる。(その2)

過去の出来事は


変えられない


でも

過去の出来事への


受け取り方は

変えられる


よい思い出はそのままに

そうでないことは

受け取り方なら変えられる

ならば

過去はいつでも変えられる

いいものにね

そうしていつも心は穏やかに


淡楽雅遊



いまの私たちは、

これまでの過去が集まってできています。


思い出して思わずニヤついてしまうことや、

思い出すことをためらうことまで、

これまで起きた


たくさんの過去の出来事と同時にわき起こった


過去の気持ち(感情)の集まりといっても良いと思うのです。



過去の出来事と、気持ちの集まりを


 “思い出” と呼ぶのだと僕は考えます。



この過去の集まりである “思い出” を通して、


日常の出来事をとらえ、


また、これからの未来を予想している。


これまでの “思い出” が


今と未来を作っているといっても良いと思うのです。



「かつてあんだけつらかった出来事が、今は当時ほどには感じない…」


そんなことってありませんか?


僕はあります。



『時間が解決する』という言葉があります。


時間自体が忘れさせてくれるのではなく、


自分自身が成長することで、


当時とは違った受け取り方ができるようになるからなんですね…。



自分自身が成長しなければ、


過去のつらい出来事はそのまま自分のなかに居座り続けます。


しょっちゅう顔を出してきて苦しめてくれます。


自分の成長とともに


「過去への受け取り方は変わるもの」とわかれば、


状況に捕らわれ続け、


苦しみ続けることを避けることができます。


自分の努力の方向を


いまできることへと目を向けることができます。


その思考の変化を希望と呼ぶのでしょう。


起きた出来事だけにとらわれず、


出来事への受け取り方を変えるために


いまできることを考え動き続ける。



のちに


ある過去への受け取り方が変わっていることを感じたとき、


一つ自分の成長を確かめられる。



その日に向けて、 “今” という時間は大切です。


過去の出来事は変えられなくとも、


過去に対する受け止め方は変えることができる。

 


だから先人は、


目の前の出来事は「必要なこと」と受け止める。


変えられることを変え続けることを大切にするために、


「今を生きる」と言ったのかも知れません。



ときに全力で逃げることも必要ですね。


ただ、現実逃避をし続けるのではなく、


例え些細なことであっても


変えられるのであれば


変え続ける。


そのために “今” という時間を使い続ける経験は、


どんな過去をも


「そんなときもあったね…」と


笑顔へと変える大切な材料になることを


忘れてはいけないですね。



もう少し自分を使って、


この課題と向き合ってみます。


最後まで呼んでくださって、有り難うございます。



鷲井



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コメント: 2
  • #1

    D・Kuroda (火曜日, 16 6月 2015 23:18)


    過去の出来事の捉え方が変わっているのは、自分の成長の証っていいっすね。

  • #2

    washii (水曜日, 24 6月 2015 23:49)

    D・Kurodaさんへ

    自分が感じたことを書き残し続けることは面白いです。
    過去の自分を見て笑うことができます。
    いつもコメント有り難うございます。
    みんなで楽しみにしてます。