都合の悪い話

人は

見たい物を見

聞きたいこと聞く

同時に

多くの宝は

目をそらしていること

聞き流していることのなかにあることも

よく知っている



淡楽雅遊




やろうと思っていて、ほったらかしていたこと…。

なおさなきゃ…と思っていたが、そのままにしていたこと…。

そういった自分にとって、

都合の悪いことを

他人から指摘されることは

いくつになっても耳が痛いものですね。



ときに感情が先に顔を出して、

受け入れられないようなこともしばしば…。

そういうときは、

僕も修行がたりないなぁ…と感じることが多いです。



自分にとって都合の悪い耳の痛い話は、

自分自身が

以前からなんとなく気づいていたことが

含まれていることが多いものです。



自分ではないからこそ、

よく見えること、気づくことがある。



耳の痛い話に触れるたびに感じることがあります。



相手にとって都合の悪い話を伝える行為は、

大切な人にしかできないことだと思いませんか?


どうでもよい存在なら伝えなくて良い。

放置です。

無視です。



伝える側は、

伝えた後、どんな空気になるかも承知したうえで

それでも伝えた方がよいと考え

伝えようとしてくれた。



相手の自分対しての気遣いや勇気に気づくことができます。


自分自身へ改めて課題を自覚する機会を与えてくれる

有り難さに気づけます。



自分へ関心を持っていてくれていたことを知る

喜びを感じることができます。



都合の悪い話を受け入れる際に

少しだけ

自分の内側に心の広さが手に入る。



都合の悪い話に触れるとき、

得ること方が多いですね。


見たい物

聞きたいことにばかりふれていては

もったいないですね。



「先生」という存在である以上、

勘違いしないよう、

自分を見失わないよう、

忘れてはいけないなぁと最近強く思います。




いや〜、まだまだです。



鷲井

コメントをお書きください

コメント: 2
  • #1

    D・Kuroda (日曜日, 13 9月 2015 21:39)

    自分にとって耳の痛い話を聞く時、相手の真意がどこにあるのかわからないこともありますが、自分が試されている時であり、自分を磨くときであることは間違いないことだと思います。
    いきなりそんな場面に遭遇しても対処が難しいので
    日頃からの心構えが大切だよなと思わされます。

  • #2

    washii (金曜日, 18 9月 2015 12:30)

    自分以外からの目線は大切ですね。
    「良く見せよう」とすることと、「良くしよう」というのでは大きく違ってきます。
    僕も日頃からの心構えはとても大切だと思います。
    いつも素敵なコメント、有り難うございます。