グランツーリスモSPORTS

Yeah Man!





最近のTVゲームの進歩はすごいです。

PS4の映像を見ると実写かと勘違いします。

しかもオンラインで友達や世界の人々とつながることもできるのですから

そりゃハマるのもわかります。





ゲームなんかしてないで勉強しろ。


本当に言うのかどうかはわかりませんが、

親が子供に言うっぽいセリフの一つです。


僕はゲームをやらないくせにゲームの楽しさには肯定的です。

やらないくせに能書きを書かせてもらえれば、

ゲームの楽しさって技術が向上したり、謎を解き明かしたり、

経験値を積んでレベルを上げることでさらなる難問・難敵を攻略できたり、

仲間と協力したり競争して

ミッションを達成するってところにあるんだと思います。

やればやるほどそのゲームの世界観を見る視野が広がり、

色々と繋がりが見えてくるようになり、

目の前を閉ざしていた霧が晴れるような感覚を得ることができます。

ほとんどのソフトに共通点があるんじゃないのかな?


良くないと思うのは惰性でゲームをやること。

ダラダラやること。

面白いと思っていないのにやり続けること。

付き合いとかで義務感ですることじゃないかと思います。


そう考えるとゲームの本来の楽しさって、

成長欲求と知る欲求に支えられて

世界観を視界良好にしていくってことです。

ん?

それって勉強の楽しさと一緒じゃね?

大きな括りでまとめすぎかな?





勉強は本来すんごい楽しいものです。

人間には成長欲求と知る欲求が必ず備わっているからです。

その欲求に従って勉強すれば

世界を見る視野が広がり、

いろんなことがつながって見えるようになり、

目の前を閉ざす霧が晴れていくような感覚になります。

そして、あらゆることで応用が利くように感じ、

それを試してみたくなります。

こんなに楽しいものはないんです。


つまらなくしてしまうのは

惰性でやること。

ダラダラやること。

義務感でやること。

本来の欲求に従ってやらないことです。

ん?

これってやっぱりゲームと同じじゃね?





というわけで、

ゲームに熱中できる子は

勉強に没頭できる子であるということの証だと言えると思います。

問題なのはゲームは、あれほど楽しさを子供達に伝えられているのに

現状、多くの学生にとって勉強にはそれができていないこと。

その原因を考えることが、勉強離れを止める鍵なるかもしれません。





ちなみに、それでも僕はゲームではなく勉強をしたら?と思います。

勉強とゲームには決定的な違いがあると考えてます。

勉強で広がる世界、深まる世界、繋がって見えてくる世界は世界そのもの。

ゲームで広がる世界、深まる世界、繋がって見えてくる世界は

そのゲーム独自の世界観。

世界そのものと世界観の違いには埋めようのない溝があるように思います。

神が創ったものと、人が造った違いですから当然と思います。

ゲームに熱中できる才能と時間と根気を持っているなら

リアルの世界で楽しみが見出せるように

歯車を合わせる努力はしてもいいのかな?と思います。

もはや言葉の流行りは過ぎ去ったようですが

「リア充」ってやつが大切だと思います。

よくわかっていないのに使ってみました。

使い方あってるかな?





最後に、

PS4で「グランツーリスモSPORTS」というソフトが発売になるそうです。

前から気になっていたのですが、

PS4でシリーズ初の発売ということですごく気になります。

っていうか、単純にほしい。やりたい。

でも高すぎる…。

ここまで書いといてあんたゲームやるの?って話です(笑)





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