教育について考える

初めてお会いする方とご挨拶する時


お仕事は何をされているんですか?


と聞かれます。


堀金「塾の講師をしています。」


と答えます。


そのあとのリアクションは、十中八九


「えー、じゃあ頭いいんですねー」


堀金「そうなんですよー」


…なんて言えたら、いいのですが(笑)


悪いつもりは、ございません。


しかし、謙遜でなく、卑下でもなく


「そんなことないですよ。」というのが、常です。


教えるために、準備をしています。


準備をすれば、できない人はいないと思うからです。



そして、このリアクションも結構多いな、と思うのが


「人に教えるって、すごいですよね」

「教えるのなんて私には無理ですー」的なもの。


向き、不向きはあると想います。

(ちなみに、自分が「教育に向いているか」と聞かれれば…答えに窮するのが正直なところです。)


しかし、無理なわけはない、と思ってしまいます。


僕は勉強を教えることが仕事の一つですが…


勉強に限らず、仕事であれ、なんであれ


誰かに何かを伝える、教える、ということを全くしない会社・職場など存在するでしょうか。


新人への教育や、勝手が変わったことに関する報告、共有etc...


その時、「相手に伝わるように、自分にできる努力をする」


これが、教育に必要なことのうちの、一つであるような気がします。

(書きながら、無論それだけではないけども、と思いつつ。)





そう考えるとですね、不思議な矛盾を覚えるんです。


少し昔に、「派遣バイト」というものをやったことがあります。


今、思い返してみても辛かった記憶が強いです。


不満を持ちながら働いていたからだと思います。


「誰にでもできる仕事でなく、自分にしかできないような仕事がしたい。」


そんな、わかった風で何もわかっちゃいないことを思いつつ、仕事をしていました。




時は流れ現在に至り、僕は自分の希望に沿って「教育」の仕事をしています。


そして、その「教育」を、昨今の僕は


「誰にでもできる、誰もができるべき仕事」と感じています。




ふふふ。堀金、いと青し。

現在進行形で…否、きっと死ぬまでそうなんでしょう(笑)


誰にでもできるからこそ


誰もができるべきであるからこそ


「この人がすごい」と思われるところまで、己を高める。昇華させる。


変わるべきはいつだって己なのだ、と。


そんなことを考えた、ここ二週間でした。


本日はこの辺で。


更新が遅くなり、申し訳ありませんでした。


堀金