たまに思い出すことの大切さ

 

 

 

「英語は何のために勉強をしているんだろう?」

 

 

 

という質問が

 

入試対策の英語の授業をしているときにふと思い浮かび、生徒に聞いてみました。

 

 

 

当てられた数名の生徒は、上手く答えることができずに、視線が宙を泳ぐようでした。

 

 

 

 

 

「何のため?」

 

 

 

 

 

「入試のため。合格するため」のつもりで、英語を勉強をしているのだけれど、あるいは「理由なんているんですか?やらなきゃならないからですよ」という感覚で勉強をしているけれど、言葉出して、何のための英語の勉強なのか、の「答え」として答えるにはが何か違うような気がしてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

英語は本来、人とコミュニケーションするため、にあるもです。

 

 

 

言語なのだから当然です。だから学生の間に学んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

将来的に英語で仕事をする人もいます。

 

 

 

 

仕事までは行かなくとも、英語があれば、英語を知っている人どおし、ヨーロッパでもアジアでも世界中、人と人の意思の疎通が出来ます。もちろん、私自身は外国に行ったら「その国の言葉を使いたい派」ではありますが、なかなか現地の言葉は難しいです。

 

 

 

 

 

英語でのコミュニケーションは、瞬発力の必要な会話だけでなされるものではありません。

 

 

 

読むことを通じても、相手の言いたいことを理解することができます。

 

書くことを通しても、こちらの言いたいことを伝えることができます。

 

 

 

 

メールでのやりとりに英語を使う機会だってあります。

 

 

 

 

英語という語学を通じて、医学の勉強をすることだってある。心理や建築の勉強をすることだってあります。

 

 

 

 

 

入試に向けての勉強に真剣になればなるほど、合格するため、という思いが強くなてきますが、ときおりなぜ勉強するのか、を思い出したいです。(ただ、誤解なくいうと、僕は受験勉強は好きです。単純に面白いから、なのだけれど)

 

 

 

 

 

 

働き始めてからも、努力に意味を感じられなくなる時は、なぜそれを自分がやるのか、の答えを持てていない時です。

 

 

 

 

 

逆に、努力に意味を感じられるのは、なぜそれを自分がやるのか、の答えを明確に持てている時です。

 

 

 

 

 

今やっていることが、将来のどこに通じ、何に通じ、誰に通じているのか、イメージの中で「見えている」ことは、自分を強くしてくれます。

 

 

 

 

 

 

「何のため」を、自分の「使命」という言葉で言い換えることができるかもしれません。

 

 

 

 

 

「使命」を感じながら生きられることは、きっと幸せなことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、2015年も終わりが近づいてきました。

 

 

2016年も、聡明舎が生徒にとってよい場所となるよう、また私という先生が生徒にとってよい存在になるよう、大きく化けていきたいと決意しています。聡明舎は他にはない、子供たちにとって経験する価値の高い、教育機関だと思っています。実際に通ってくれる生徒たちのためにも、これから通ってくれる生徒たちのためにも、よりいっそう成長していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今年も昨年に続き、一日一通のハガキを生徒に、ときに保護者の方に書き続けることができました。これで四年間、ずっと書き続けることができている事実は、「継続」を語る時の私の密かな自信となっています。

 

 

 

もちろん、本当に喜ばしいのは私に、書ける相手がいることだ、ということはいつも忘れていません。

 

 

 

 

 

 

今年も本当にありがとうございました。

 

 

また来年もよろしくお願いします。

 

 

 

 

まつを