授業のすき間の時間を使って、他の先生の授業を見学しています。

 

 

神様というのはきっと

 

ものすごく優秀なスポーツのコーチのような一面をもっていて

 

人生のそれぞれのタイミングで

 

その人に必要なトレーニングメニューを考案し

 

 

 

「次の課題はこれ」

 

 

 

と、どこか見えない所から

 

私たちに与えているのではなかろうか。

 

 

 

 

きっとそのときの神様は

 

 

 

「君にできるかな?」

 

 

 

という試すような表情をしながらも、

 

 

 

「乗り越えられるから、この課題を出しているんだよ」

 

 

 

と内面は自信満々なのではなかろうか(神様だから)。

 

 

 

 

 

また、ときに優秀な演出家のように

 

 

 

「あなたが次に会うべき人はこの人」

 

 

 

と、偶然とも運命とも思える出会いを用意しているのではなかろうか。

 

(「あなたが今手に取るべき本はこれ」とか「あなたが見るべき映画はこれ」なんていうものも含む)

 

 

 

 

 

試練を乗り越えながら仲間を得て、

 

あとから振返ったときに

 

 

 

「あのときの大変なことがあったから今がある」

 

「あの人とで会えたから今がある」

 

「人生で大切な仲間を手に入れました」

 

「おかげさまで◯◯」

 

という思いを抱くのではなかろうか。

 

 

 

 

勉強でも仕事でも大きく人生でも

 

何かにぶつかったときにこそこんなことを考えてみると

 

何か違った視点が持てるかもしれない

 

 

 

 

 

最近、聡明舎の先生たちの授業が、以前にも増して面白い。

 

私の個人的な感想です。

瀬谷と大和近隣に住んでいるならば、聡明舎に来たら良いのに。

 

 

 

 

 

まつを