本当に教えるべきこと

Yeah Man!

 

 

 

 

昨日は神奈川県の公立高校入試の日でした。

スタッフは職場に待機し、中3を待ちます。

受験から帰ってきた生徒たちのなかには

安堵の表情を浮かべる生徒がいる一方で、

表情が曇る生徒もいます。

 

どの生徒にも共通して言えるのは

試験は最後まで諦めずにやり切ってきたということ。

そして、翌日以降に行われる面接や特色検査にむけて

一歩踏み出すように聡明舎を後にしたことです。

 

そうです。

安堵も不安も、結果がどう化けるかはまだ誰にもわからない。

筆記試験が終わった今、

やれることは面接と特色検査で準備してきたことを出し切るのみ。

まだ試合は終わってない。

彼らには準備してきたことをやり切るプレーヤーであって欲しい。

 

 

 

 

それにしても、受験前、誰もが頑張っているのを目にしました。

それなのに、丸がつく生徒とそうでない生徒に分かれてしまう。

もちろんそれが実力の差なのだけれど、

その両者は同じクラスで同じ授業を受けています。

受け取っている技術や知識は同じものなのです。

つまり、丸をつけるには必要な知識や技術を身につけるのは当然として、

それだけでは何かが足りないということです。

過去数十年にわたって通用してきた

過去問丸暗記作戦が通用しなくなってきているということです。

 

勉強とは「勉めて強くなる」と書きます。

つまり、できないことをできるように変えていく時間こそが勉強時間です。

知識や技術を知ること、問題を解くこと、答え合わせをすること、暗記すること、

これらは本当の勉強をするための準備時間と言えるのかもしれません。

勉強のための準備は勉強に必要だけれど、準備だけでは実力は上がりません。

知識や技術をどう使うのか、使いこなすためにどんな練習をしていくのか、

さらに知識や技術があるはずなのに丸がつかないのはなぜなのか、

そして着実に力をつけていく方法とはどんな方法なのか…。

 

僕たちが授業で伝えるべきメインはこちらであるべきです。

思考力(考える力)であり試行力(試しに行う力)を養成するのです。

それらを駆使して生徒達が自分にフィットするやり方を見つけたら

さらに彼らは実行力と持続力を発揮して力をつけることになります。

つまり本当の勉強とは、そのやり方とは何かを教えるということです。

 

伝えるのには、生徒にも講師にもそうとうの労力と根気が必要です。

それをやらねばなりません。

この一年もそのつもりでやってきましたが、

これからも今まで以上にそれを実行に移す必要があります。

 

 

 

 

Just Do It

聡明舎は講師と生徒でともに困難に対峙し、やっていきます。

 

 

 

 

 

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