ちょいと今回は苛烈かも

どうもこんにちは、今週も書かせてもらっています、堀金です。

 

ブラック企業、なんていう表現が社会に浸透して久しい昨今ですが・・・

 

みなさんは「社畜」という言葉を聞いたことがありますか。

 

以下、Wikipediaより転載

 

社畜(しゃちく)とは、主に日本で、勤めている会社に飼い慣らされてしまい自分の意思良心を放棄し奴隷(家畜)化したサラリーマンの状態を揶揄したものである。「 会社+家畜」から来た造語で、「会社人間」や「企業戦士」などよりも外部から馬鹿にされる意味合いを持つ。 

 

 

堀金としては、あまり好きになれない言葉のひとつです。

 

要するに、会社の言いなりになって、辛い仕事でも文句を言わずに働いている会社員のことを、皮肉って言う表現なのですが…

 

この言葉には使い方が2つあります。

 

ひとつは、他者に向けて使う場合。

 

もうひとつは、自分自身に使う場合。

 

僕が特に気になるのは、後者…自分に向けて使う場合です。

 

「自分は社畜だ」なんて言いながら(もしくは思いながら)働くのは、きっと楽しくないんじゃなかろうか、と思うのです。

 

そこまで深い意味を込めず、気軽につかっているのかもしれません。

 

でも、言葉には力があります。良くも、悪くも。

 

冗談でも、自分自身のことを「飼いならされている」とか「意思がない」なんて認めてしまうことは、そういう自分を形作る、小さくない要因になると僕は思います。

 

 

と、言いますか…

 

「言いなりになって働いている」という表現が、こう…受け入れがたいです。

 

「意思がない」「辛い仕事」という表現も、同様。

 

100%辛くない仕事なんてあるわけがない。

 

あるとしたら、それは本気で取り組んでないだけじゃなかろうか。

 

意思がない・・・言いなりになっている、なんてことはありえない。

 

さまざまな葛藤の末、人それぞれ理由があって、守るべきもののために歯をくいしばってがんばるだけ。

 

それは家族の存在かもしれないし、自分の居場所かもしれないし、人生における己が使命かもしれない。

 

多かれ少なかれ、働く大人とは誰しもそのようであるはず。

 

その姿を、がんばりを

 

「自分は家畜だ」なんていう皮肉めいた照れ隠し、もしくはへりくだりで誤魔化したりしないで欲しい。

 

負けずに頑張っている、懸命に励んでいる自分を、認めてあげて欲しい。

 

その先で味わえる、成長した自分に出会える喜びは、何にも代え難いものなのだから。

 

いい会社なんですよ、聡明舎(笑)

 

 

 

・・・まぁ、前述の通り、そこまで深い意味で用いている人はそういない。

 

そのことはわかっているつもりなんですけど、ね^^;

 

マイナスな言葉は、マイナスな自分を作る。

 

前向きな言葉で自分を満たしたいものです。

 

本日はこの辺で失礼します。

 

堀金