関心・意欲・態度

Yeah Man!

 

 

 

 

中学校の内申には

各教科に「関心・意欲・態度」という項目があり

A→A→B→B→C、と言う5段階で評価されます。

これは1998年告示の学習指導要領に掲げられた「自ら学び自ら考える力」

(2008年告示の学習指導要領の「確かな学力」に引き継がれる)

その中でも特に「自ら学ぶ」のに不可欠なものです。

 

これは本来、

点数や内申につながるなら積極的に耳を傾けるとか、

授業とは関係ない冗談に対しては身を乗り出すとかいうことではありません。

また、指示されたことは真面目にやるが

指示されないことは一切やらないという、

従順だけど受動的な学習態度を示しているのでもありません。

 

新しい知識が身につくことに興味や喜びや達成感を感じたり、

心の中からわき起こってくる

内発的動機づけによって主体的に学習に取り組む

といった興味や関心や意欲のはずです。

 

 

 

 

しかし、実際の現場では

そういった高次元の評価はできていないように感じます。

実際には、授業中に喋ったり、寝たり、立ち歩いたりしていないか、

あるいは課せられた提出物を期限以内に提出できているかなど、

関心・意欲・態度というよりも最低限のマナーを守れているかという

評価になっているようにも感じます。

いつしか生徒たちも、「関心・意欲・態度」の評価を上げたいから

授業中は喋ったり寝たりせず、提出物も期限だけは守るといった

およそ本来の関心・意欲・態度とは

似ても似つかない努力を始めることになります。

これは「関心・意欲・態度」という非常に重要な語彙を

誤解して認識することにもつながります。

 

 

 

 

自分でも授業をやっていて感じることは

本来の「関心・意欲・態度」は

やっぱり講師(教師)や保護者が担う部分は大きいということです。

子供達はこれらを持って生まれてきています。

一言で言えばそれは好奇心です。

だから持っているものを引き出すだけなんです。

 

 

しかし、それは決して簡単なことでないことも事実です。

最近では、それらを引き出すためにはその日の授業を考えるだけでなく、

その前段階での、

ある程度の学習習慣づけや語彙力の強化、

あるいは小学校内容の定着など、準備段階の必要性も強く感じます。

いずれにせよ、それらを引き出すための授業の準備や

前段階の準備を日々粛々と行うといった努力がいつしか結実したとき

子供達の中にチラチラと本来の「関心・意欲・態度」が見え隠れします。

それを続けることで彼らの中でそれを出すことが当たり前になったとき

表情や行動に現れるほどに引き出されることになります。

 

大変なことですが、

これを見ることほど講師(教師)にとっての

大きな喜びはなかなかありません。

いわゆる授業や話を「欲しがる」状態であり、自ら学ぼうとする状態です。

 

 

 

 

と、ここまで考えていて、

全く同じことが仕事でも言えるよな~と思いました。

 

関心・意欲・態度のない仕事って仕事じゃないし、

それは最低限のマナーみたいなもので測るものではないし、

本来、上司あるいは保護者が引き出すべきものだし

前段階としての準備段階も必要なこともあるし、

決して簡単なことではありません。

 

そして、それが引き出せたら働く人も引き出す人もハッピーな所も同じです。

 

 

 

 

 

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