本当は自然とそうなるがよし

Yeah Man!

 

 

 

 

春から新人講師が働いてくれています。

一部情報では…

聡明舎は新人講師に対してかなり手厚く研修を施します。

それは、考え方の違う人にとっては、

やりすぎ、迷惑なくらいに細かく研修します。

 

塾講師の新人研修というと、

内容について主に行われるように思われるかもしれませんが、

実際には伝え方がメインです。

 

日本人は…

というくくりにすると誤解が生じるかもしれませんが、

学生時代から人前に立って話すということが多くの人にとって非日常です。

「人の話を聞く時はしっかり目を見て聞きなさい。」とは、

学生時代にかなりの回数言われてきているのですが、

「人前で話をする時は、誰かと目を合わせて話しなさい」とは、

指導されてきている人はほとんどいません。

だって、そんな機会ほとんどないんだから。

 

欧米の小学校では「My Favorite(私の好きなこと)」という感じで

人前でスピーチをする機会を与えられて育ちます。

結果として、スピーチに慣れて大人になることができます。

慣れるだけでなく、どうしたらより人に考えを伝えられるかと工夫したり、

そのコツをつかんで大人になるチャンスが多いということです。

 

 

 

 

講師という立場になって子供達の前に立つ時、

うまく伝えられない一番の原因は

目を見て話ができないということだったりします。

同じ内容でも、

目を見て伝えられるのと、そうでないのとでは伝わり方は雲泥の差です。

だから、

聡明舎新人講師の最初の課題は九分九厘「目線」ということになります。

 

 

 

 

しかし「目線」というのは技術論です。

つまりそれはあくまで手段にすぎないのです。

そのことが理解できていない「目線」は

目線を合わせることそれ自体が目的となり、

それでも目線がないよりは伝わるのですが、

本来の手段としての目線とはやはり違ってきます。

 

技術としての目線云々は置いといて、

どうしても伝えたいことがある講師は自ずと身体は前のめり、

これでもか!という眼力で目の前の人に思いや考えを伝えていきます。

その時される評価は、「目線いいね」ということになります。

でも、この時講師は目線に気を使っていたというよりは、

単に伝えたいことがあったという方が正しいのです。

 

 

 

 

だから、新人の先生には技術としての目線は頭の片隅に置きつつも、

とにかく伝えたいことをちゃんと持って前に立とうね、

どうしても伝えたいと思えるようなことを準備しようね、

というアドバイスになります。

 

聞いてる新人講師にとっては抽象的すぎるかもしれないと思いつつも…。

 

 

 

 

子供たちの指導を振り返ると、

同じようなことが無数にあります。

宿題の指導、挨拶の指導、机などを大切に扱う指導…

どれを取っても、手段のはずが目的になってはもったいない。

 

指導する側が

「それってなんのため?」っていう疑問を常に持ってなければと思います。

 

 

 

 

 

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