できるできる。

 

 

 

 

人は一日に60,000回、意識的、無意識的を問わず思考をするらしい。

 

 

 

なるほど。

 

 

1日の睡眠時間を6時間とすると、起きている時間が18時間。

 

 

18時間×60分×60秒=64,800秒。

 

 

つまり、一秒に一回は思考をしていることになる。

 

 

 

ふむふむ…ところで人によって差はあるのだろうか?思考スピードが速い人は、300,000回くらい(5倍)思考してたりして…なんてことをふと思うが、今はそれは問題ではない。

 

 

 

 

 

思考回数が相対的に多くても少なくても、60,000思考という大きな数字の内訳が重要である、ということを考えてみたい。

 

 

 

 

人は思考する生き物である。

 

 

 

 

良い過程が良い結果を生み出すように、

 

野村監督(ぼやきのノムさん/元プロ野球の監督)が言っていた「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」ように、

 

良い思考(何考えているか)が良い結果(さまざまな要素を含む人生に対して、幸せですか?、という問に対するYesの答え)を生むのだろうと思う。

 

 

 

 

60,000思考のうち80%を使って、つまり48,000回、理想をありありと思い浮かべられたらそれは実現するともいわれている。

 

 

 

上記のことが正解・不正解はさておき(正しい気がする、というだけで書いています)、

 

 

例えばイチロー選手や本田選手や錦織選手やジョコビッチ選手が

 

「俺なんかダメだ、打てない、情けない、出来ない、つまらない、どうせ無理」なんて思ってるわけがない、というのは分かる。

 

 

 

仕事や勉強のできる人もきっと同じだろう。

 

 

 

例えば、立ち上がり初めの赤ん坊を想像してみよう。

 

何度も尻餅をついても、結局立ち上がる。

 

これは同じ思考の原理から解釈できそう。

 

たしかに、赤ちゃんの体重(質量)とお尻の高さ(位置エネルギー)とお尻のぷにぷに具合を加味しても、大人よりはるかに尻餅の衝撃は柔らかいだろうけど、あんなに尻餅をついて、立ち上がるのはすばらしい、って思う。(大人になってからの尻餅は肉体的にも精神的にもダメージがでかいもんね)

 

 

 

「赤ん坊はあきらめずに立ち上がる」なんて書こうと思ったけれど、そんなかっこいいことではない気がする。

 

 

ただ、生まれたばかりで知識が少ないから、ほぼ全思考を「立ち上がろう」に使うことができている結果、だと思う。

 

 

「痛いかもしれない」「出来ないかもしれない」「みんな見てるからやりにくい」「がんばってー、なんて励まされるから逆にやりにくい」「上から目線で応援されるとやる気なくす」なんてまったく考えてないから、ただ立ち上がる、という願望が実現するんだと思う。

 

 

 

思考の増えた大人の私たちね、問題は。

 

 

 

雑念多し。

 

 

 

考えてみると、夢を邪魔するのはいつも雑念のような気がする。

 

 

 

無理かも、できないかも、とか。他人の目線、評価とか。自分なんてこんなもん。どうせ無理。

 

 

 

 

こんな雑念を何万回も頭の中で唱えてても上手くいく可能性ほぼ0だよね。ノムさんのいう、不思議の勝ち、がたまにあるのかもしれないけど。

 

 

 

 

さて、お金に投資があるように、60,000思考をより良い未来に投資してみないか?

 

 

 

かつての立ち上がる前の赤ん坊の気持ちを取り戻して。

 

 

 

できる、できる。I can do it.

 

 

 

 

まつを