戦術

Yeah Man!

 

 

 

 

個人的な好みの問題かもしれませんが、

授業をするとき最初に、

「なぜこのような授業をするのか」

「みんなにどうなって欲しいのか」

「どういった勘違いをして欲しくないのか」

「そこにどんな値打ちがあるのか」

といったことを生徒に伝えます。

 

 

生徒にとって親切で、

授業が受けやすくなると思いますし、

そのようにしてみたいという主体性も湧きやすいと思うのです。

 

 

 

 

もちろん、全てがそれでうまくいくとは限りません。

道徳的な内容を伝える上で、

なぜ?とか、どうして?とか

理由なんか考えずにひとまずやってみることで

後からなんでそうするのかという理由がわかることもあります。

形から入るというのも大切な手段の一つですし、

あまり理屈を伝えすぎると、

理屈がないと動けない人間を育てかねないという負の側面もあります。

 

 

けれど、授業においては

それを準備する講師がいるわけで、

そこになんの意図もないというのは、それはそれで問題だと思います。

そして、なんらかの意図・目的があることを前提とするのなら、

それは生徒と共有した方が授業がうまくいくことは間違いないと思うのです。

 

 

 

 

なので、僕の授業は導入に結構時間を使います。

あまり端的に説明しようとも考えていません。

聴く人によってはクドクドとくどい言い回しに聞こえるかもしれませんが、

なるほどね、と納得した上で授業を一緒に作って欲しいと考えているのです。

試合前に戦術を説明しないサッカー監督っていないと思うのです。

僕は導入をそのようなものだと思って話しています。

1授業1授業が公式戦の1試合1試合と同じですから当然です。

プレイヤーが主体的に活き活きと活躍して

しかも試合で良い結果が残せたら、これは監督冥利につきるのです。

明日の試合も、いや授業も楽しみです。

 

 

 

 

 

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