まずは自分からです

Yeah Man!

 

 

 

 

中学校では定期試験が終わり、結果が出る時期です。

 

生徒の能動性を引き出さすことを第一目的に据え、

自ら、あるいは仲間との協力を通じて問題解決を図る。

そんな学習環境のクラス(あるいは教科)では、

彼ら自身の過去との絶対的な比較の中で結果に違いが生まれています。

点数という変化も出ていますが、

それ以上に、

結果そのものに対する関心や興味が彼らの中で強くなっています。

 

「これはテストに出るから覚えておくんだよ」と講師に言われ、

言われるままに覚えようとしたが空覚え(うろおぼえ)で取れなかった。

『難しかったけど、

  友達のやり方を見て(聞いて)できるようになって嬉しかった』

そう思っていたけど、

本番でちょっとした勘違いをしたり、空覚えで取れなかった。

この二つはその問題を取れなかった点で共通していますが、

子供たちの結果に対する興味の向き方が全く違います。

前者は間違えてもそれほど興味がなく、

後者はとてつもなく悔しがります。

講師の立場からみても、

前者には次の定期試験で似たような問題が出たとしても不安が残ります。

後者には次はきっと取ってくるだろうという期待が残ります。

この違いはどこから来るのでしょう?

それは、問題に対する興味・関心あるいは能動性です。

テストに出るらしいから覚えるという消極性、

できるようになりたいからやり方を見る(聞く)という積極性、

この2点で大きく異なるのです。

 

どのような方法論であれ、

授業で一番大切なのはこの積極性・能動性・主体性を引き出すことです。

 

 

 

 

最近、授業は舞台のようなものだと捉えることも

一つの方法論だと考えています。

その考えの中では、舞台の主役は講師ではありません。

生徒たちです。

講師は舞台に上がるべきではないのでは、と考えます。

講師の役割は、

アクターである生徒たちが

活き活きと自分の役割を果たせるように舞台環境を整えることです。

中でも最も重要なのは脚本をしっかり描き、明確に示すこと。

この物語(本日の内容)のエンディングはどこか。

物語を通じてどのようなメッセージを発信することが目的か。

(本日の内容を通じてどのような能力を獲得することが目的か)

それらは舞台にいるアクター全員の共通の目標と目的であり、

誰か一人の活躍で達成できるものではないし、

誰か一人の手抜きで達成されないこともある。

そんなことを全員に明確に示すのです。

 

きちんと伝わったとき、

そこに向けたアクターである生徒たちの責任感の強さは驚くべきものです。

一人一人が舞台の中で自分の役割を見つけ、それを果たしにいきます。

その中では脚本には載っていないような

舞台をより良くするアドリブや展開がなされることもあり、

見守る脚本家である講師も驚かされます。

素晴らしいと思うのは、脚本家の舞台ではなく、

アクター自身の舞台なのだと思って動いている点です。

 

そのような授業においては、

一つの授業の中で、それぞれの生徒が様々な役割を担います。

教えることも、教わることもあります。

そのどちらに回っても、彼らはやりながら、失敗を繰り返して、

ときには何度も同じことを周りに聞き返して、できるようになっていきます。

身近な生徒とのやりとりで問題を解決できなかったとき、

できた生徒に前に立って発表してもらうと、

できるようになりたいので話の聞き方が違います。

前に立つ生徒も失敗しながらですが、だんだん説明が上手になっていきます。

 

積極性・能動性・主体性の素晴らしいところです。

 

 

 

 

考えてみれば、全て同じです。

能動性が大事なのは勉強だけではありません。

 

何か新しい試みをすること、

やったことのない趣味に挑戦をすること、

起業したりお店を開いてみること。

あるいは、既成概念にとらわれない授業にトライすることも、

生徒たちの勉強と同じです。

最初はわからないことばかり。

最低限、幾つかの知識はあるにせよ、

知識だけを持っていてもうまくいくとは限りません。

知識を使いこなすことのほうが大事です。

どのような場面でどの知識を使うか、

どう使えばうまく問題が解決できるのか?

それは問題に直面したときに試しながらやってみるしかありません。

あるいは経験者に聞くことも一つの手です。

何度も何度も繰り返し聞き返して吸収していけばいいだけです。

やってみると、

やる前に不安に思っていた点は全く問題がなく、

やる前には考えもしなかったような

問題やハプニングが起こることもあるでしょう。

というか、それが普通です。思考と現実とはそんなものです。

それらに対処し、修正しながらできるようになっていくのです。

そして、そうしていくのに必要なのはやはり能動性です。

 

 

 

 

まとまりのない文になりましたが、

生徒の能動性を引き出すためにも、

僕自身が自分の能動性を全開に発揮していく必要がありそうです。

 

 

 

 

 

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