No Border!!

 

太古の昔、南アフリカに誕生した人類の祖先は、国境がなかったので、世界中のあらゆるところに好きに渡り歩き、住み着きました。

 

 

当時の人々の住所は不定、または地球です。

 

 

現在、ボーダーラインを引くことは当然のこととなり、人間には壁がないのに行き止まりになる場所がたくさんあります。陸だけではなく空にも海にもあります。

 

 

 

現代ではパスポートという許可証がなければ国境の小さなゲートを通り抜けることができません。そのパスポートには日本、◯◯県××市などと、住所が書き込まれています。

 

 

 

地理的なボーダーだけではなく、さまざまな場面でも私たちにはボーダーラインがあるような気がします。ボーダーを超えることができたなら、もっとすばらしいものが出来るのに、という場面があります。

 

 

 

 

次のことは聡明舎の生徒たちとともに勉強の中で学びたいことです。

 

 

 

他の人の話をよく聞くということ。知識を話すということ。よく聞きよく伝えるために、学び考えるということ。結果手にした知識を、ときに記録するということ。分からないときには解決のために動くということ。

 

 

 

決まった場所に座ってたり、座らせていたりするだけじゃなく。

 

 

 

 

 

例えば、私が一万円札を持っていて、あなたも一万円札を持っていて、お互いに交換しても何の変化も生まれませんが、私がアイディアや知識を持っていて、あなたもアイディアや知識を持っていて互いに交換すれば、アイディアも知識もお互いに二倍になります。

 

 

 

 

 

ボーダーを超えることができれば、いっきに豊かになることがたくさんあります。

 

 

人と人の繋がりの中でのボーダー。昔のやり方と新しいやり方のボーダー。常識と非常識いうボーダー。限界というボーダー。

 

 

超えられたらいっきに豊かになります。

 

 

 

教科書には、人類の祖先たちが世界中に散らばっていったのは、「食料を求めて」などと書かれていることがありますが、私の超個人的意見では最初にくるのはそれではありません。

 

 

胸の内側からの沸き起こる好奇心と、自ら行動にうつす主体性。

 

 

これが最大の理由だと思っています。

 

 

「あの海の向こうはどうなっているんだろう?あの山の向こうはどうなっているんだろう?行ってみたいから行ってみちゃおう」

 

 

そういう好奇心と主体性が人を前に進めた、と勝手に思っています。

 

 

「行ってみようぜ」

 

 

きっと仲間の誰かが自分の意見として言って、「いいね」と仲間が提案にノリましたね。

 

 

 

勉強もまずは、それぞれに大きな目標があって、みんなでアイディアを交換しながら進んで行くならば、大きな成果や達成感が得られるんじゃないかと思うのです。

 

 

 

100点とるとか、志望校や難関大学に合格するとか。

 

 

 

聡明舎での勉強が、いろんな種類のボーダーを超え、互いが主体的に協力し合い、それぞれの能力を上げることにつながる場所になればいい、と思うんですよね。

 

 

主体性とボーダーレスな協力による測り知れないパワー。

 

 

 

映像学習じゃ出来ない、勉強を通じて学ぶ大切なことのひとつです。

 

 

大人になって働く現場でも同じことは言えますからね。

 

 

 

 

 

まつを

 

 

 

11月12日(土)10:00 - 12:00 

 

親 学 塾

 

このブログを読んだ人は、ほぼ来てくださいね~

 

 

 

 

おまけ

 

ラップとロックなギターの、ジャンルを超えたコラボ映像。ボリュームMAXで聴きましょう。