情報を精査する

誰かのではなく


自分の言葉で話し


自分の耳で聞く


それだけで


幸せになれるときがある


    淡楽雅遊


最近、ちょっとした誤解に困っている人と話をしました。

話の内容は、誰にでも起こりえることでした。


わたしたちのまわりに、多種多様の情報であふれていますね。

触れるトピックスは

人それぞれ違うといってよいくらいです。

そのあふれた情報を、

わたしたちは多種多様な媒体や、

ときに誰かから受け取りながら日々をすごしています。


何かを通して受け取った情報。

それらのなかには、「~らしい」という伝聞の情報すらあります。

その情報がどこまで正しいものなのか?

場合によっては本人しか本当のことを知り得ないことでさえ、

誰かの推測・臆測をもとに

さも真実かのように受け取ってしまうことがあります。


だれかの推測・臆測が、真実かのように伝わり広がっていく。

誤解が誤解を生み、真実となる。

とて怖いことです。

自分が受信した情報を、一度自分なりに精査する。

当たり前のことですが、

ぼくは自分の人生を豊かにするには大切な要素の一つと考えます。

自分が受信した情報を、一度自分なりに精査する。

精査した情報が、噂や臆測ならそれまでのこととして捉え、それ以上立ち入らない。

それだけ気をつけるだけでも、

自分の人生を自分で創る大切な習慣のひとつとなると

ぼくは考えます。

 

鷲井