時間について

聡明舎に通う生徒たちは、授業や宿題を通じて、高い学力を身につけようと努力している。

 

もっと勉強が好きになって、テストでいい点数が取れるようになって、好循環の中に身を置いて欲しい。

 

ただ、「勉強ができるようになって欲しい」という言葉が、私が生徒たちに望んでいることのすべてを表しているわけではない。

 

生徒たちには学力以外にも、楽しく生きる「コツ」や「考え方」のようなものを学んでほしいと思っている。勉強はそれらを学ぶための手段の一つだと思っている。

 

 

今日のコラムでは、よく言われる「時間を守りましょう」ということについて考えていきたいと思う。

 

 

先日、ある生徒が冬休みに「ディズニーランドに行く」という話をしてくれた。友達と一緒に行く予定らしい。ディズニーランドは夢の国、私も大好きだ。

 

さて、ここからは私の話になるんだけど、例えば君が、ディズニーランドへ行き、その中のとあるレストランで食事をしたいと思っていたとする。

 

そこで友達にこんな風に声をかけてみる。

 

「私、ディズニーランドの中で、どうしても行きたいレストランがあるだ。そこでミッキーのショーがあってどうしても見たい。だから、一緒にそこに行かないか?」

友達は「いいよ」と言ってくれる。

 

君は嬉しくなって、感謝をしながら続ける。

 

「ただそのレストランは人気があるから、早めに予約をしないと、席が取れなくなるんだ。だからディズニーに行くときの集合時間を早くしたいんだけど、いいかな?」

 

友達は「いいよ」と賛同してくれる。

「集合は何時くらいがいいだろう?」「じゃ、大和駅に朝の6時ね」

 

こんな約束をかわす。君は楽しくて眠れないほどになる。

 

さて当日、君は駅に5時50分に到着する。

 

早く来ないかな、と思って待っているけれど、なぜか友達は現れない。「あれ、どうしたのかな?」って不安になる。時計を見ると、もう6時をすぎて、6時10分になってる。携帯電話に連絡をしてみるけど繋がらない。

 

「どうしたんだろう?」と不安な気持ちで思案していると、友達から折り返しの電話がかかってくる。

 

「寝坊してしまい到着が7時近くになりそうだ」という。

 

 

さて、その友達に対して君がどんな言葉をかけ、どういう対応をとるかということは、少し置いておくことにする

 

ここで考えて欲しいのは、もし友達が約束の時間通りに来てくれるなら、とても幸せだろう、ということだ。

 

時間通りだったら「楽しみだねー」なんて言いながら、そのままスムーズに電車に乗って、ウキウキした気分でディズニーランドに向かうことができる。

 

時間を守る。

 

実はそれだけで誰かの幸せの役に立っている

 

聡明舎でもそうで、授業の開始にみんながそろって、教室できちんと待ってくれているだけで、どれだけ嬉しいか。みんなが時間通りに席について待っているというのは、先生としてとてもいい気持ちがするものだ。

 

 

さて、考えてみると、私たちの毎日は誰かが時間を守ってくれるおかげで成り立っている。

 

朝起きると、いつも登校に間に合うようにご飯が用意してある。お弁当もある。洗濯した練習着もある。おかげでいつものように登校できる。時間通りにバスが来る。学校の門がちゃんと開いている。みんなが教室に集まる。おかげで普通に勉強ができる。

 

 

「いつも通り」も「普通に」も実は、いろんな人が時間を守ることによって出来上がっている。

 

 

私たちの生活は繋がりの中にある。その繋がりの一人に、当然、君もいる。聡明舎でも「時間を守る」を大切にしているのはそのためだ。

 

 

 

ただ最後に一つ。先に上げたディズニーランドの待ち合わせの例で、もし本当に友達が遅れてきたらどうするか。

 

 

私は「しょうがないか」「いいじゃないか」切り替えてその日一日を楽しむことをおススメする。

 

きっとそっちの方が、一日の残りが楽しくなるからね。

 

ま、難しいときもあるかもしれないけど、心がけたいね。そっちの方がね、絶対楽しいから。

 

 

まつを