質と量

Yeah Man!

 

 

 

 

二学期の通常授業が今週で終わります。

中3も高3もいよいよ入試対策です。

 

 

 

明日が入試。

そう言われて大丈夫なくらい準備が整っている生徒は現状ほとんどいません。

つまり、合格するためには今よりもさらに実力をつける必要があります。

これに関してはほとんどすべての生徒が同条件です。

しかし、現状の実力や教科による得意・不得意は各々異なります。

これに関しては全く同じ条件の生徒は一組としていません。

そのような状況を考えれば、

残された回数の授業の中だけで

全員の準備を完璧に整えることなどできないことがわかります。

 

では残された授業で何を伝えることができるのか?

 

それは家庭での勉強の仕方、時間の使い方といったことです。

それを授業の中で扱う問題や知識を通じて伝えていくのです。

 

問題演習を1問とりあつかったとして、

その問題で確認できる知識はたかがしれてます。

要はその1問に登場する知識のみです。

10問解けば10問分の知識が確認できるだけです。

しかし、その1問を解くための知識だけでなく、

付随する周辺知識や関連する知識、その使い方まで確認し、

類似問題の演習まで広がりを見せるのなら、

その1問の価値は1問では終わりません。

10問解いた時に身につく力は30問分にも50問分にも変えることができます。

このような演習で、演習量を増やしていくのなら効果は高いでしょう。

ただ闇雲に量をこなしていてもなかなか実力は上がらないものです。

 

そしてもう一つ大事なことは、

演習量をこなすには時間が必要ということです。

授業の時間だけで量をこなすのには限界があります。

生徒たちは、その授業で取り扱った1問を通じて得た学びの方法を

家庭で10問の演習に活かす必要があります。

つまり、家庭での時間の使い方が明暗を分けることになります。

 

 

 

 

時間というのはみな同条件です。

1日24時間で、受験までの日数は決まっています。

受験は、時間の使い方を学ぶための類稀なる機会だと思います。

何に対して、どのように投資して、どうやって利益を生み出すのか。

限られた資源を使って、なるべく最大限の効果を生み出したい。

それは経済観念、つまりお金の使い方を学ぶのにも似ていると思います。

日本ではお金に関する教育は義務教育でほとんで受けません。

けれど、受験を通じて時間の使い方を学ぶことで

その一部を学ぶことはできるかもしれません。

話がそれたので戻します。

 

繰り返しになりますが、入試対策がはじまります。

そこに座っていれば自動的に合格に近づけてくれる、

そんな受動的な参加の仕方では合格は近づいてきません。

合格とは近づいてきてくれるものではありません。

自分に必要な実力をつけて自ら近づいていくものです。

その方法を学ぶために授業を活用する。

そんな能動的で主体的な参加にしてもらうために

最初の授業はその意識を植え付ける話から入るつもりです。

 

だいぶ気持ちが盛り上がってきました笑。

空回りしないようにしなきゃです笑。

 

 

 

 

 

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