心を亡くしちゃいけないぜ

Yeah Man!

 

 

 

 

最近、時間の使い方が上手くないです。

やろうと思っていることや

やりたいことをする時間が上手に作れていません。

それぞれ期限のあることでもあるので、

期限が迫ってくればそれなりにストレスです。

そんなとき、目の前のやらねばならない緊急なことに対して

雑になりそうな自分が現れます。

 

 

 

 

「忙しい」とは、

心を亡くすと書きます。

目の前の事象に雑になるとは

心を亡くした状態で取り組むことではないでしょうか?

 

心を亡くして取り組んでもプラスなことは何一つありません。

むしろ、それによるミスが出て、

フォローするなど余計にやることが増えることもあります。

そうならないためにも、心が在る状態で取り組みつつ、

しかも、やりたいことをやる時間も作らなければなりません。

 

以上を踏まえ、それができていないとき「忙しい」ではなく、

「時間の使い方が上手くない」と考えるようにしています。

 

 

 

 

世の中には、時間の使い方が上手い人が五万といて、

その人たちはきっと、同じ状況でもやりたいことをやるはずです。

それを一つの能力と捉えるなら、その能力が向上することは

人生においてやりたいことをやれる可能性が増えるということ。

それはより充実して、楽しくて、豊かな人生になるということです。

潤沢な時間がないことに対して

嘆いても、あたっても、愚痴を言ってもやりたいことは叶いません。

なんとかやりくり工夫して、やれる方法を考えたほうが人生は楽しい。

 

お金もまったく同じだと考えています。

余るほどのお金があればあれこれ考える必要もないでしょうが、

そんなに潤沢なお金がある人はごく少数です。

時間と同様に、お金がないことを嘆いても愚痴っても解決しません。

あるお金をなんとかやりくり工夫して

やりたいことをやる方法を考えたほうが楽しい。

 

もちろん、時間もお金も余剰を作る努力もするのは前提としてです。

 

 

 

 

いずれにせよ、嘆く、あたる、愚痴るは心を亡くした状態な気がします。

どうせならその時間を「どうすれば上手くできるか」を考える時間にしたほうがいい。

「貧乏暇なし(忙しい)」っていうのも

お金の使い方が上手くない人は時間の使い方も上手くない

って意味なのかな?なんて思ったりします。

勝手な推測です。

 

 

 

 

「忙しい」って言いそうになっている今、考えてることです。

 

 

 

 

 

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