合否をこえて

 

勉強を通じ、知識や問題を解く技能を手にすることができます。

 

でも、それがただの丸暗記やパターン学習だと、受験や定期試験だけに通用するものなってしまいます(ただ最近の試験問題は、丸暗記やパターン学習だけの人は得点が取れないような問題に変化している気がします)。

 

だから今後のことも考えると、思考力や判断力に繋がる勉強をした方がいいですね。

 

例えば速さや距離の計算などを、例の「は・じ・き」と円を描き、数字を当てはめる方法で答えを自動的に出すのではなく、割合の問題として本質から理解できれば、「は・じ・き」の円を描かなくても答えは出せるし、「は・じ・き」では対応の効かない問題も解ける、ということです。

 

ちょっとここで、思考力・判断力の理解のために料理好きの人の例を考えてみます。

 

料理好きな人は、調味料の組み合わせや煮込む順番や、隠し味を何にするか、などを思考します。そして、ある料理を美味しく作る目的を持ったら、何らかの仮説を立て、実験、検証します。そして、上手くいってもいかなくても、その検証結果を新たな知識、技能として獲得していきます。

 

能力が上がってくると、レストランに行っておいしい料理を食したときなど、「これには◯◯という材料が使われているに違いない」とか「△△という方法を用いているに違いない」あるいは「今までの私の記憶にはない調理法だ」とか、思考し、判断をすることができます。

 

 

この料理好きの例にあるような思考力・判断力の源には、「料理をしたい」「料理を上手になりたい」という思い、主体性があります。

 

 

この主体性が、知識・技能、思考力・判断力に至るすべての「学ぶ力」の源になります。

 

 

勉強においては、本人の内側にある「勉強を出来るようになりたい」だったり「勉強が楽しい」だったり、内側の主体性を育てていくことがとても大切です。

 

 

この主体性の育て方にこそ、各学習機関の工夫や、創意が凝らされます。聡明舎もここに一番力を入れています。

 

 

最終的に手に入れる知識や技能は、どこで勉強をしても似たようなものです。教科書、試験が共通なのですから。

 

 

でも、そのプロセスとその過程で得られるものは、学ぶ場所、環境によって大きく異なります。

 

 

さて、今週末には、大和校、高校部で聡明舎の保護者会がございます。聡明舎に興味がある方には、絶対に聞いていただきたい内容です。

 

 

聡明舎の考える学習についてのお話となります。

 

 

 

 

ところで、余談ですが、私が生徒たちにに勉強を通じて手に入れて欲しいもの、が他にもあります。

 

主体性の先に、手にいれて欲しいものです。

 

 

 

それは「他の誰かのため」という感覚、「感謝」という感覚です。あるいは「人としての器を大きくする」というプロセス、です。

 

 

 

日本はとても物質的に恵まれた国だと思います。…なんて書くと、話が壮大になりすぎな感じもしますが、本当にそう思います。

 

でも、そんな日本で、普通に学校に通い、卒業し、別段に不自由のない生活をしていても、何となく満足感を得られずに人生を送っている人が多くいることも、様々なデータをみると事実のようです。

 

これは、人生の中で自己実現ばかりを優先し過ぎた結果なのではないか、と考えることがあります。

 

 

公立高校の入試が終わり、大学入試も大詰めを迎えていますが、合否を超え、生徒たちには「よく自分と向き合ってがんばった」と、自分をほめて欲しいと思います。

 

そして同時に、両親や仲間に対する感謝、ありがとう、という気持ちがわいてきたらいいなと思っています。

 

 

生徒たちの主体性は「自分のため」を超え、「他の誰かのため」にまで広がった、大きな「器」として育って欲しいと思っています。

 

 

卒業した後のことを考えると、器の大きな主体性の方が、生徒たちを支えてくれると信じています。そしてもちろんそれは、私自身の課題でもあると思っています。

 

 

 

 

まつを

 

 

 

コメントをお書きください

コメント: 1
  • #1

    KKベスト (木曜日, 23 2月 2017 13:10)

    は・じ・き のお話全く同感です。昔からそうですが、受験勉強は手続きをやっているようなものです。型に合わせて答えを出せるようにするだけのような気がします。それでは何も残りませんね。

    3本で210円のアイス、一本いくらと聞かれて公式使う人いませんからね。速さも全く同じ。定義をきちっと教えれば誰にでもわかることです。そういうことか、と生徒をうならせる授業を引き続きお願いします。