本日より「人生の助走」と名付けます。

 

 

「マグロはどのような生き物でしょうか?説明してみよう」

 

という問いかけを、先日の授業でしたんですね。

 

 

みなさんなら何と説明しますか?

 

 

 

WikiPedia によると

 

サバ科マグロ属に分類される軟骨魚類の総称で、暖海性で外洋性、回遊性の大型肉食魚で、日本を初めとする世界各地で重要な食用魚として(人間により)漁獲されている。


とありました。

 

 

 

「じゃぁ、ハトはどのような生き物でしょうか?」

 

 

これもまた質問してみたんですね。様々な意見が出ました。

 

 

 

こちらもWikiPedia によると

 

ハト目・ハト科に属する鳥類の総称で、体に比べて頭が小さく、胸骨、胸筋が発達してずんぐりとした体型が特徴である。ハト目には世界で約42属290種ある。


とありました。

 

 

 

「では、マグロやハト、キリンなどと同じ生物として考えたとき、人間はどんな生き物ですか?」

 

 

 

こちらはWikiPediaでは端的には書いてはありませんでした。

 

 

 

そこで昔の賢人・アリストテレスの言葉をあたると

 

「人間は社会的動物である」

 

ということなんですね。

 

 

 

人間は社会をつくりその中で生きる動物である、というわけです。

 

 

 

宇宙の視点から地球を眺めると、マグロの生活形態、ハトの生活形態、アフリカでのキリンの生活形態が確認できるのと同様、地球上には人間の生活形態が見えます。

 

 

人間は社会を形成し、ルールや法律を作り共有し、それを犯したものは処罰され、それぞれに義務を背負いながら生きている、ということが分かります。

 

 

陸地にあるそれぞれの群れが有するルールは様々です。

 

 

それぞれの社会が強く形成された結果、人間には壁もなにもないのに、自由に通り抜けることができない場所が生まれました。その一つは「国境」ですね。国境という見えない「壁」は陸地だけではなく、空にも海にもあります。

 

 

また、個人が勝手に住み着いていい場所は基本的にはないようです。ある社会から出たり、入ったりするためには様々な手続きが必要なようです。

 

 

 

 

マグロ、ハト、人間。

 

 

すべて同じ地球上の生き物として横に並べて比べてみると面白いですね。

 

 

 

 

 … … … … … … … … … … … …

 

 

 

さて、人間の社会には、ルールと同時にさまざまな常識があります。

 

 

生まれた社会により、常識が異なります。また「家族は社会の最少単位」とも言われます。学校も社会で、地域も社会です。

 

 

生まれた場所の常識が、私たちそれぞれの常識となり、生きる指針になっていきます。

 

 

たまに、他の誰かや本の言葉により、常識で凝り固まったものの見方が変わることがあります。

 

 

 

その一つを紹介します。

 

「道を歩いていて、前に小川が流れています。先に進みたいので、周りに橋を探しますが見つかりません。なので、歩いて来た道を何十mか後戻りし、走って飛び越えることに成功しました。

 

 

では、この後戻りしたのは無駄な距離だったのでしょうか?

 

 

そんなことありませんね。確かに後戻りはしましたが、結果的には戻った距離を取り戻しただけではなく、小川を飛び越えることができました。

 

 

このようなことが人生ではたくさん起こります」

 

 

 

きっと失敗や挫折にあたるものは、この後戻りに相当するでしょう。

 

 

本日より、それらを「人生の助走」と名付けてみてはどうでしょうか。なんだか力強い気分になってきます。

 

 

 

まつを