主役

Yeah Man!

 

 

 

 

小学校5年生のとき、

今でも良い先生だったな~と思う先生が担任でした。

よく褒めてくれる先生でした。

僕もよく褒めてもらいました。

もちろん、特定の誰かだけでなく万遍なく褒めていました。

褒め方も秀逸で、個人の長所をよく見てくれているのがわかりました。

なので、自分が認められていることに満足していたこともあり

周りの誰かが褒められているとき、

素直に「あいつはすごいな~」と思って見ることができました。

 

 

 

 

そのクラスに、忘れ物が一向になくならない、

また課題もまったくやってこれない生徒が一人いて、

他にも様々なことでクラスの和を乱してしまう存在でした。

担任の先生はその彼についても、もちろん褒めていました。

ただ、同年代の中にあっては、

その彼には特に親しい友達もできず、

周りも問題児扱いをして浮いていました。

問題児扱いどころか、

問題としてすら捉えていない無干渉な状態とも言えました。

 

ある時、担任の先生が話をする機会がありました。

それは、このクラスは個性豊かな人が揃っていて

みんなそれぞれ違った長所を持っている本当に良いクラスなのに、

クラス全員が達成するということに対して、

関心が持てないことがあるのが唯一残念だ。

そんな話でした。

その彼のこと、あるいはその彼に対する周りの対応、

それらを指して話していたのかまでは分からなかったのですが、

その時自分には、となりの席に座っていたその彼のことが頭に浮かびました。

帰りのホームルームの時、翌日の持ち物や課題を言われ自分のメモ帳に書いた後、

いつものように何もしないでボーッとしているその彼に

メモ帳を持っているか聞き、カバンから出させ、

自分なりにメモの取り方を指示してメモを取るよう促しました。

きっと無視するだろうな~と思っていたのですが、

その彼は意外にも素直にメモっていました。

ホームルームが終わり、

その彼を呼び出しすことが日課になっていた担任の先生が、

いつも通り教卓にその彼を呼び出したのを横目に見ながら友達と教室を出ました。

 

翌日のホームルームで担任の先生が

みんなに話したいことがあると言い始めました。

すごいことが起こった。

今まで何度注意しても一度もメモを取らなかったその彼が初めてメモを取った。

しかも、持ち物も課題も忘れなかった。

ものすごい成長だ。

こんな話でした。ものすごく嬉しそうに話していました。

そのあと、それができたのは僕のおかげだという話になりました。

昨日、メモを取っていたことにびっくりして、どうして取ったの?と聞くと、

僕にメモを取るように言われた、と話してくれたというのです。

担任の先生は紅潮した顔を向けて本当にありがとう、素晴らしいことだ、

と大きな声で言ってくれました。

クラスの問題を自分の問題としてとらえてくれた出来事が本当に嬉しい。

そんな風に全体に興奮気味に話していました。

 

 

 

 

ちなみに、非常に残念なことに、

この出来事で僕に正義感が特別育ったわけではなく、

こんなことをした記憶は後にも先にもこれ以外に特にありません。

ただ、この時の、この出来事の記憶はものすごく鮮明で、

こんな歳になった今でもよく覚えています。

おそらく、全体の問題を自分の問題としてとらえられた初めての記憶です。

ひょっとするとこれが初めてではないのかもしれません。

そして、自分の問題としてとらえたなんていう

大げさな意識でしたことでもなかったと思います。

しかし、担任の先生がここまでドラマチックに演出してくれたおかげで

そうだと自覚して思い出せる一番古い記憶にしてもらうことができました。

 

 

 

 

同じようなアプローチで、

さまざまなことを聡明舎の生徒達にも伝えていきたいと思う自分がいます。

こんな連鎖につながるなんて、

あの時の担任の先生はどう思ってくれるでしょう笑?

 

子供達自身にやらせる方法を考えなければいけません。

子供達の記憶に鮮明に残るような演出をしてあげなければいけません。

主役は子供達です。

 

 

 

 

 

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