なんのため?

Yeah Man!

 

 

 

 

聡明舎では一人一人の先生に名前をつけて挨拶をしてもらってます。

講師も生徒一人一人の名前をつけて挨拶します。

いつからかは忘れましたが、いつの間にか伝統になってるこの挨拶。

初めて聡明舎に体験に来た生徒がちょっと驚く挨拶ですが、

通っているうちになんだかそれが自然になっていきます。

 

聡明舎には現在、三つ子の子たちが通っているのですが、

今日もいつものように三つ子一人一人に名前をつけて挨拶です。

三つ子のうちの二人は見た目が非常によく似ています。

今日はその二人がメガネを交換して入ってきました。

もちろん、僕に対する問題提起です。

難なく見抜きそれぞれの名前を呼んで挨拶すると、

「あ、ばれた!」と悔し嬉しそう。かわいいです。

 

 

 

 

さて、つい数ヶ月前に受験を終えた高校1年生たちは

各学校で文系・理系の選択を迫られている時期です。

聡明舎でも高1対象に説明会を開き、

文理選択に関するアドバイスをしています。

やりたいことや得意教科がはっきりしている生徒はいいのですが、

決め手のない生徒も結構います。

就職難や、不景気が続くと文系離れの理系人気になると言われています。

確かに、多くの企業にしてみれば、

仕事に必要になる専門知識や技術を身につけてきた即戦力から採用していく

というのも当たり前のことなのでしょうし、

それを起点に受験生の潮流が作られるのも当然と言えば当然です。

とはいえ、文系教科が本当に好きな生徒が、

この潮流だけを理由に文系を切って理系を選択するというのは…

なんだかちょっと残念な気がします。

 

そんな中、ネットで少し話題になっているニュースが目に留まりました。

阪大の文学部の文学学部長・文学研究科長の金水敏先生が

卒業生に贈った式辞です。

とても素敵な式辞なので一部抜粋して紹介します。

 

 

みなさま、本日はご卒業・修了まことにおめでとうございます。

 

 ……

 

ここ数年間の文学部・文学研究科をめぐる社会の動向をふり返ってみますと、人文学への風当たりが一段と厳しさを増した時期であったとみることが出来るでしょう。

 

 ……

 

「なんで文学部に行くの」「文学部って何の役に立つの」等々と言った問いを、友人、親戚、場合によってはご両親というような身近な人々から受けた経験を持つ方は、ここにいらっしゃる皆さんの中にも決して少なくないのではないでしょうか。

 

 ……

 

この問題について、私は今のところ次のように考えています。文学部で学んだことがらは、皆さんお一人お一人の生活の質と直接関係している、ということです。私たちは、生きている限り、なぜ、何のために生きているのかという問いに直面する時間がかならずやってきます。

 

 ……

 

文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったときではないか、と私は考えます。今のこのおめでたい席ではふさわしくない話題かもしれませんが、人生には様々な苦難が必ずやってきます。恋人にふられたとき、仕事に行き詰まったとき、親と意見が合わなかったとき、配偶者と不和になったとき、自分の子供が言うことを聞かなかったとき、親しい人々と死別したとき、長く単調な老後を迎えたとき、自らの死に直面したとき、等々です。その時、文学部で学んだ事柄が、その問題に考える手がかりをきっと与えてくれます。しかも簡単な答えは与えてくれません。ただ、これらの問題を考えている間は、その問題を対象化し、客観的に捉えることができる。それは、その問題から自由でいられる、ということでもあるのです。これは、人間に与えられた究極の自由である、という言い方もできるでしょう。人間が人間として自由であるためには、直面した問題について考え抜くしかない。その考える手がかりを与えてくれるのが、文学部で学ぶさまざまな学問であったというわけです。

 

 ……

 

文学部の学問は、例え企業に就職しても、家庭に入ったとしても、一生続けることができます。お金はあまり要りません。エネルギーもさほど使わないので、エコであるとも言えます。少しの書籍と、考える頭さえあれば、たいてい間に合います。皆様どうぞ、大阪大学文学部・文学研究科で学んだことに誇りを持ち、今後ともすばらしい人生をお過ごしいただきますよう、心からお祈り申し上げます。

 

うん、ご自身の学部・学科に対する愛情が伝わってくる素敵な式辞です。

全文を印刷して高校部の教室に貼ろうと思います。

全文のリンクもこちらに貼っておきます。

 

 

 

 

現在、聡明舎高校部で日本史を指導しているのは赤間という講師です。

文学部の史学科を卒業し、政治学の大学院にも進学しました。

その赤間がいつだかこんなことを言っていたのを思い出しました。

 

歴史を勉強すると現在の社会を見渡したり、

国際問題などに対する自分の考えを持つことができる。

歴史を勉強するとは暗記することを指すのではなく、

手に入れた知識を使って、現在を考えることなんです。

日本史を通じてそんなことを伝えたいです。

 

うん、聡明舎にもなかなか素敵な講師がいるもんです。

 

 

 

大人になった今、

仕事においては理系・文系では割り切れないことばかりです。

どちらの能力も、考え方も必要です。

高1の生徒たちが文系・理系を決めるとき

就職率とまったく絡めずに考えることはできないにしても、

なるべくフラットな目線で自分の心と対話しながら

決められるといいと思います。

 

 

もりすえ